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3-7

 

「今日はリエトの学院での様子を見られて良かったよ」

「急にいらっしゃるからびっくりしました」

 リエトはきゅむっと唇を尖らせるが、どこか甘えがある。

「驚かせることができたのなら、成功だな」

 そう言って笑うライネーリ伯爵は壮年の男前で、実に爽やかだった。小柄なリエトとは違い、すらりと背が高い。

「夕食までには帰って来るんだよ」

 そして、やはり過保護だった。


 伯爵を見送るというリエトとアーテルに、「わんわん探索部」の部員たちもついてきた。

 伯爵は気さくに少年たちに部室の内装はどんなものが良いかなど尋ねた。


 馬車の停留所に行く道すがら、機を窺っていたシストがそっと伯爵にささやく。

 実は自分も学院長の思惑はなんとなく読めていたが、アーテルが目立たない方が得策なのではないかと思ったのだと。

 少し上半身をかがめてシストをのぞき込んだ伯爵の目がきらりと光る。


「勝手な判断をしてしまい申し訳ありません」

「いいや。賢明な判断だ。リエトから聞いていた通りだね。君は非常に聡明だ。そして、学院長とは違って純粋で友だち思いだ。君がリエトと仲良くしていてくれてとてもうれしい」

 伯爵の笑みは爽やかななかになにか凄みのような色合いが混じっていた。これが場数を踏んできたものの腹の据わり具合か、とシストは思う。そんな伯爵からの称賛に喜ぶ。


 歩みを緩める伯爵は言う。リエトは「幸運」の持ち主なのだと。

「わたしの息子は本当に特別な存在なんだ。もちろん、可愛いということもある。それだけじゃなく、彼は周囲に不可思議な力を与えることができるんだよ」

 伯爵につられて、みなから少し遅れて歩きながら、シストは整った顔を見上げる。不思議な事柄だが、おとぎ話じみているとか、ばかばかしいという感想からはほど遠かった。


「度合いの違いがありさえすれど、なにかしらの「良いこと」をもたらしてくれるんだ。みんなを笑顔にする力を持っているんだよ」

 シストは息をのんだ。まるでそれはカリスマを持つ人間のようではないか。カリスマを持つ者は強烈な吸引力を持つ指導者のようがに思われちだが、歴史を紐解けば、特段優れた点があるような記録は見られないのに、なぜかすばらしい部下に恵まれ順風満帆な人生を送った者が確かに存在する。今の伯爵の話はそんな者を髣髴ほうふつとさせた。


 リエトはそういう者と同じ類の人間なのだろうか。確かに、アーテルという不可思議な力を持つ者に非常に好かれている。

「それは、アーテルに好かれているからですか?」

「うん、それもあるかもしれないね」

 伯爵はあまりにあっさり認めるから拍子抜けした。そんなシストの心情を読み取ったかのようにかすかに伯爵が笑ったのであわてて気を引き締める。


「もちろん、アーテルに好かれる要素がリエトにあったというのもある。けれど、リエトがアーテルを強く望み、とても好きでいるというのも大きな要因だとわたしは思っているよ」

 すとん、と「ああ、なるほど」と心の奥に落ちてきた。アーテルはとてもリエトが好きだ。そして、リエトもアーテルがとても好きだ。その光景はまばゆいもので、侵しがたい気にさせた。明確にどうということは説明しがたいが、シストはなんだか得心が行った。


「わたしも、リエトとアーテルがいっしょにいられるようにしたいと思います」

 そう言うと、伯爵はため息交じりに笑った。

「そうやってね、リエトとアーテルは味方を増やしているんだよ。わたしやわたしの家族みたいなね」

 言って、伯爵はさらに声を潜めてシストにささやいた。聞くうち、シストは目を見開いた。伯爵は会心の笑顔を見せた。

 唐突に伯爵が歩を速めた。気が付けば、すでに停留所に着いている。


 伯爵はリエトの友人たちひとりひとりに声を掛けた後、馬車に乗った。

 颯爽。伯爵をひと言で表すならそんな言葉だろう。


「ずいぶん伯爵と長く話していたんだね」

「うん。伯爵は本当にリエトとアーテルのことを思われていた」

 ルーベンにどこか夢見心地のままシストは返す。


「だよなあ。俺も前々から思っていた!」

「俺も! 伯爵さまに会う前から分かっていた!」

「伯爵は素晴らしい貴族だな」

「本当。とても格好良かった」

 バルドとルキーノが賛同し、アルフォンソとルーベンが伯爵を称賛する。

 リエトが嬉しそうに口元をゆるませる。そんなリエトを、アーテルも楽し気に見上げる。


 彼らを眺めながら、シストはつい先ほど聞いた言葉を反芻する。

 伯爵は最後にシストにこうささやいた。

「そんな風に彼らが共に在ることに味方してくれる者に、「幸運」が訪れるんだよ。もちろん、わたしはそんな「幸運」が欲しくて尽力しているんじゃない。けれど、「幸運」がリエトとアーテルが共に在ることを後押ししているんだ」

 伯爵は冗談めかしてそう言った。その瞳は真剣だった。


 なんだかそれではまるで、人知を超えた力がリエトとアーテルが共に在ることを望んでいるかのようではないか。




 さて、伯爵はやはり迅速に行動した。

 やって来た翌日には隠し部屋に絨毯が敷かれ、窓にカーテンがかかり、書架に棚、テーブルにソファといった家具が設置される。そして。


「わーお、これ、魔装器具?」

 ルキーノが目を輝かせる。

「うん、湯沸かし器だって」

「これで温かいお茶が飲めるね」

 少年たちは魔装器具をどうやって扱うか、ああでもないこうでもないと言い合う。

 伯爵は本当にリエトが風邪をひかないようにするための器具を手配していた。もちろん、棚にはティーセットが置かれている。


「リ、リエト、これ……」

 バルドの言葉が途切れる。

「あ、これ、魔装冷蔵庫だよ」

「「「「「魔装冷蔵庫!!」」」」」

 リエト以外の少年たちの声が揃った。


「これが!」

「俺、初めて見た!」

「僕もだよ」

「たぶん、侯爵家にはあるんだろうが、俺も初めてだ」

 沸き立つ少年たちを他所に、シストが困ったような顔する。

「リエト、さすがにこれはちょっとやりすぎというか、高価すぎるものだ」

「うん、僕もそう思った。でも、ライネーリ家で扱っているものだからって押し切られてしまって」

 眉尻を下げるリエトに、シストはそれ以上はなにも言えなかった。伯爵家のこれらの設備は必需品だという主張がひしひしと伝わる。

 ライネーリ伯爵家はそういった人の暮らしを便利にする魔装器具を取り扱っている。


「あ、ちゃんと魔石を内蔵しているから、動くって聞いているよ」

「おー、本当だ。冷たい風が!」

 リエトの言葉に、ルキーノがさっそく扉を開けてみる。

「おい、ちょっと、見てみろよ!」

 バルドの未だかつてない真剣な声に、少年たちの間に緊張感が走った。


 ルキーノが開けた扉の向こう、冷蔵機能の何段かの棚になっているところに、ぎっしりと料理やお菓子が詰め込まれている。

「「「「「「うわーお!!」」」」」」




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