3-2
「「わんわん探索部」始動に当たり、一考するに値する事柄がある」
「イッコウスルニ??」
「アタイスル??」
シストの言葉にバルドとルキーノがぽかんとする。
「やってみたいことがある、っていう意味だよ」
「ルーベン、さすがはカタブツ君といっしょにいるだけあるな!」
「通訳すげえ! ずっとコンビでいてください!」
かみ砕いて説明するルーベンにバルドとルキーノがやんやと喝采する。ルーベンはさすがにこのノリに慣れてきた様子で笑って流す。
言外に用いる言葉が難解であることをおちょくられた態のシストが眉をひそめる。しかし、ここでこだわっていては話は進まない。
「アーテルはリエトと離れていても呼ばれれば分かるか?」
『おれ、リエトといっしょ! 離れない!』
シストの問いに、こちらは真面目に答えるも、やはりずれている。
「例えばの話だよ。もし、アーテルがこないだみたいにネズミとかなにかを追いかけているとき、僕が呼んだら分かる?」
『分かる!』
こちらはリエトがかみ砕いて話してやると、すんなり答える。
「どのくらい離れていても分かるものなのか?」
『ううーん』
シストの続く問いに、アーテルは困った風にリエトを見上げた。
「どうかなあ。僕、本当にアーテルと離れたことって、学院に通っていたときくらいだから」
ああ、それで、入学早々リエトは遅刻常習者の不名誉な地位に甘んじていたのか、とみなは得心が行く。それまでは本当に声が届く位置にいたのが、遠く離れて行動するのだ。力ある存在であるアーテルからしてみれば、リエトなど脆弱であり、離れていれば守ることも出来ずに、さぞかしやきもきしたことであろう。リエトもそんなアーテルの心情が分かるからこそ、冷たく突き放すことができず、結局時間を取られて家を出るのが遅くなっていたのだ。
「そうだなあ、あ、声が届かない距離でも分かる?」
「聴覚にも優れていそうだが、騒がしい中でもリエトの呼ぶ声は聞き取れるのか?」
リエトの言葉に、シストが詳細を付け加える。
『分かるよ!』
自信満々でアーテルが答える。
「アーテルは魔物が襲って来たとき、リエトを守ろうとして学院までやって来たくらいだからな」
「お、じゃあ、アーテルがリエトんちにいて、学院でリエトが「アーテルぅ」って叫んだら分かるか?」
シストがひとつ頷き、バルドがリエトの声音を真似る。
「僕はそんな風じゃないって」
リエトがきゅむっと唇を尖らせる。
『分かるよ!』
「「「「「「え?!」」」」」」
分かるのか、と少年たちは色めき立った。
興奮が落ち着いた後、シストがこほんと喉の調子を整えて続ける。いつものことながら、彼らの相談事はなかなか前へ進まない。
「リエトは良いとして、ほかのメンバーは?」
なんのことか、とアーテルがこてんと頭を傾げる。
「アーテルはこのクラブの仲間だろう? 僕じゃないほかの仲間たちが呼んだら、姿が見えなくても分かる?」
『ううーん』
アーテルは困った顔をした。
「分からないか。おそらく、考えたこともないのだろうな」
それはそうだ。アーテルはリエトが第一であり、その周辺はリエトが大切にするからそれなりに尊重するのだ。
「でも、確かに、アーテルと連絡が取れたら、リエトとも離れていても合図を送れるってことだよね?」
「そういうことだ」
ルーベンにシストが首肯する。
「まあなあ。魔装通信機を背負って歩き回るって無理そうだもんなあ」
「その前に、魔装通信機なんてどうやって手に入れるんだよ」
魔装通信機はその名の通り、魔力で動く通信機であり、離れた場所にいても情報のやり取りができる魔装器具だ。便利なだけあって高い技術が使われており、それだけに高価な代物だ。一介の生徒が持てるものではない。そんなものにお金を出すくらいなら腹ペコ学院生は食べ物を買う。なにより、重い。
「ならば、犬笛を作るのはどうだ?」
「犬笛?!」
アルフォンソの提案に、みなが興味を持つ。
「犬笛は訓練やしつけのために使われるものだが、人には聞き取れない高音を発するのだという。だから、遠く離れていても、犬はその音を聞き分ける」
「なるほど。高音だからこそ、雑踏の中でも際立つということか」
アルフォンソが説明し、シストが感心する。リエトがどんなだろうね、とアーテルに話しかけると、分からないままどんなだろうね、と楽しそうに繰り返す。
「お、じゃあさ、トレントから枝を貰えないかな?」
「おー、トクベツな素材っぽい!」
「だよな!」
ルーベンの発案にバルドとルキーノが浮き浮きと乗る。しかし、これにはリエトが難色を示した。
「この間、「錬金術研究部」ってクラブの部員にアーテルの毛や爪、唾を素材にしたいからくれって言われたんだよ」
「うへえ」
「毛は抜けたやつにしても、爪や唾!」
バルドとルキーノはリエトが嫌がる理由に賛同する。
「爪は先をちょっと切るのか、抜けというのか」
アルフォンソが恐ろしいことを言ってルーベンを震え上がらせた。
「ま、まあ、犬笛ならそれこそ、トレントから自然に落ちた枝をもらえば良いんじゃないか?」
「それに、ふつうの犬笛は金属で作らないと高音が出ない」
特別な木質素材ならばこそ、犬笛に利用できるのではないかとアルフォンソが言う。
アルフォンソは最初からトレントから枝をもらうことを視野に入れていたのか、と察したルーベンは後で謝った。「ごめんね、僕が発言しちゃって」「そんなの、気にすることはない」
人は集団を作るとその中での発言権を気にするようになる。少年たちはそういった些末な出来事には囚われなかった。
さて、とにかく、トレント当人に聞いてみようとなった。
『構わんよ。落ちている枝で良いのかの』
なんなら、枝を一本やろうかと言われたが、これは先ほど「錬金術研究部」の話を聞いたばかりの少年たちが固辞した。
枝を削りだしたのは言い出したアルフォンソだ。形状を知っているのも彼だから順当だ。器用に削ってあっという間に掌に隠れるほどの細長い円筒状の笛を作り出した。
新しいおもちゃに、少年たちは目の色を変える。
「「吹きたい!」」
いの一番にバルドとルキーノが手を挙げ、リエトやアルフォンソも加わる。ルーベンもおずおずと手を掲げ、最後にシストが無言で挙手した。
カタブツ君も?というように、バルドがにやにやした。この場合、からかっているのではなく、付き合いがよくなったことが嬉しいのだ。
一番に笛を吹く栄誉を賭けて、こういうときの定番、ジャンケンをすることになった。
「勝利!」
バルドが仁王立ちし両手を高く空へ突きあげる。その背後でルキーノが四つん這いになって悔しがっている。全力で楽しんでいる。
アルフォンソがバルドへ犬笛をわたす。製作者であるアルフォンソが試し吹きをしてみれば良いものだが、「初めて見るものを一番に試す」という特権は少年たちにとってはわりに重大なことなのだ。
「あ、待って。せっかくだから、僕、アーテルと離れた場所に行っておくよ」
「そうだな。姿が見えない上に遮蔽物があるという状態が良いだろう」
リエトの提案にシストが同意する。
そこで、リエトとアーテルが校舎内にスタンバイした後、それを見届けたアルフォンソが戻って来てから犬笛を使うという徹底的な手法を取ることになった。
アルフォンソの戻って来る姿が見えたとたん、待ちきれないとばかりにバルドは力いっぱい犬笛を吹いた。胸を張り、片手を腰に当て、大きく息を吸い込んで吹く。ここまでは格好良かった。
「ぽへー!」
沈黙が下りた。
「き、気が抜けるぅ」
少年たちはへなへなとその場に座り込む。
「人には聞き取れない高音を、というのなら、この笛は趣旨に反するな」
ところが、アーテルとリエトが駆けてきた。
「お、聞こえたのか!」
「僕は分からなかったけれど、アーテルが聞こえたって!」
ね、とリエトに振られて、『うん!』と元気いっぱいにアーテルが答える。
「さすがは、アーテル! アビス神殿の偉い人やトレントさんに認められるだけあるな!」
ルキーノの称賛にアーテルはリエトに『おれ、褒められた!』と自慢げに顎を上げて見せた。リエトが笑って良かったねと撫でたから、アーテルは大満足であった。




