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『リエト、疲れていない? おれの背に乗る?』
「ううん、大丈夫だよ。ありがとう、アーテル」
『ドウイシタマシテ!』
「どういたしまして」がどうしてそうなった。リエトは吹き出すのを堪えた。隣を歩くアーテルが得意げに顎を上げて見せたからだ。
「なあ、おい、あれ、」
「魔物襲撃のときの、」
「アビス神殿の、」
大きな黒い犬を連れて学院の敷地内を歩いていると、目立つ。そして、先日の魔物襲撃に神殿の偉い人という事柄も加わって、ちょっとばかり知られる存在になっているのだ。
リュケイオンはアカデメイアと異なり、下位貴族だけでなく庶民も通う学院だ。身分社会に明るくない者がいることから、自由闊達な雰囲気があるが、それが裏目に出て、遠慮なく視線を向けて来ては好き勝手言う。これがキュノサルゲスならば、細かいことは気にしない。気に入らないことがあればストレートにぶつかっていく。
声量を抑えずに勝手な憶測で噂されるものの、アーテルが常に傍にいるのでちょっかいをかけてくる者はいない。
「君、君、ちょっとそのデカブツの素材をくれないかい?」
いや、いた。
らんらんと目を光らせてアーテルを凝視する上級生に、リエトは思わず後ずさる。
「どちらさまですか?」
「わたしは「錬金術研究部」の者だ。これが噂の魔物を退けた狼だろう? 聞けば、神殿の者も平伏させたとか。そんなすごい獣であれば、幻獣に違いない。ぜひとも、錬金術の素材にしたい!」
息継ぎせずに一気に言い切った「錬金術研究部」の部員と名乗る者はリエトの方を一切見ず、アーテルに目が釘付けだ。
「お断りします」
「そんな! なにも血肉を寄越せと言うのではない。毛や爪、唾液などで良い。我々は錬金術省を目指す一流の———」
「急ぐので失礼します」
リエトはアーテルが妙な研究の素材にされてはかなわないと、慌ててその場を立ち去った。後ろで話を聞けとか逃げるのか、という声が追いかけてきたが、より一層足を速めた。
急いでいたのは本当のことで、授業が始まるギリギリに教室にたどり着いた。
「アーテルの引き留めがなくなったのに、遅刻か?」
「別の引き留めがあったんだよ」
階段状になった教室内は席は固定されていない。バルドたちが確保してくれていた席に着くとすぐに教師が入って来たため、理由を聞きたそうにするも、話はいったん中止となった。
「ああ、「錬金術研究部」か。あそこはあそこで錬金術省に入るために実績がほしいんだろうな」
「「魔装器具研究部」や「神秘植物研究部」みたいなマッドな感じじゃないんじゃなかったっけ?」
「いや、将来が絡んでいるから同じだ。家門を挙げて錬金術省に入省させようとするだけ、タチが悪いかもな」
バルドは貴族の子弟だけあって詳しい。バルドに質問したルキーノは商家の四男坊だ。
アルフォンソが無言でそっとリエトをいたわるように肩を叩く。彼は高位貴族の子弟だが、学院に入学する少し前までは庶民の母親と暮らしていたため、貴族社会に明るくない。
「ああ、「武術部」みたいなのかあ」
「武術部」は騎士団入団希望者が集うクラブだ。
家柄が幅を利かせる「武術部」のことを思い出し、くしゃりと顔を歪ませたルキーノは気を取り直したようにへらりと笑う。
「「武術研究部」と言い、リュケイオンのクラブってなんで妙ちくりんなのが多いんだろうな?」
「そう言えば、みんな、どのクラブに入部するか決めた?」
そう問うリエトはまだ決まっていない。つい先だってまではアーテルが待っているかと思えばクラブ活動などしている余裕もなく、帰宅部の選択肢しかなかった。けれど、アーテルが学院を自由に出入りできるようになった今、クラブ活動ができるかもしれない。そう思っていた矢先、今朝の「錬金術研究部」のとんでもない申し出があった。
「やっぱり、アーテルといっしょに入部できるクラブなんてないかなあ」
『おれ、リエトといっしょ!』
「うん、いっしょだよ」
伏せをしていた格好のまま、無邪気に見上げて来るアーテルの頭をわしわしと撫でると、むふーっと満足げな息を吐きながら、はたはたと尾を左右に振る。
「じゃあ、アーテルが入れるクラブを作るとか?」
ルキーノがへらりと笑いながら適当に言う。そう、彼は適当に言っただけだった。
「「「それだ!」」」
『どれ?! どれ?!』
リエトたちのそろった声に、アーテルがぴょいんと跳ね起きた。
「それで、なんのクラブを作る?」
「うーん」
すばらしい提案は、いきなり暗礁に乗り上げた。
「ノープランかよ」
「君、なにかある?」
「ない!」
「ないのかよ!」
バルドとルキーノがわきゃわきゃと喚く傍らで、アルフォンソがリエトに問う。
「リエトは、なにかしたいことがあるのか?」
「え、僕? うーん?」
『おれ、リエトと遊ぶ!』
アーテルが期待に満ちた表情でリエトを見つめる。
「お、じゃあ、どんなものがいいか、考えようぜ!」
「よし、これだ! 「食べ歩き研究会」!」
「どこをほっつき回るというんだ」
「だったら、「早食い競争研究会」!」
「時間よりも量が必要なのではないのか」
「えー、「美食研究会」?」
「部費をすぐに使い果たしそうだな」
「って言うか、なんでカタブツ君がいるんだよ。なんだよ、さっきから反対ばかりして」
通りすがったシストをアルフォンソが引き留め、クラブ新設に関する要綱を質問したのだ。バルドとルキーノが次々に挙げて行く偏った研究会にことごとく却下していく。
シストのすらりとした身体の影から首だけをのぞかせて、ルーベンが言う。
「「わんわん探検隊」は?」
ぽっちゃりのクラスメイトは初め、アーテルを怖がったものの、リエトを無邪気に慕う姿にしだいに慣れて行った。
「リュケイオンはひみつがいっぱい詰まっていそうだからなあ」
「表立って学校を探検すると言ったら止められそうだから、失せ物探しをするということにして役に立つことを前面に押し出すのはどうかな」
ルキーノがリュケイオン七不思議をひとつずつ挙げ始め、アルフォンソがなかなか穿ったことを言う。
「ああ、アーテルなら失せ物探しが得意そうだ」
「問題は、アーテルが興味を持つかどうかだな」
バルドの言葉に頷きつつ、シストが首を傾げる。
「そりゃあ、大丈夫だろう。リエトが「さがしてえ」って言ったら、一目散に走って行くさ」
バルドが裏声を出して両手をクロスさせて逆側の二の腕を掴んでしなを作る。
「僕、そんな間延びした言い方も変な格好もしないよ!」
リエトがきゅむっと唇を尖らせる。
『リエト、可愛い! リエト、すばらしい!』
機嫌を損ねたのを敏感に察知したアーテルがわんわんと騒ぎ出す。
「おー、目一杯の賛辞!」
目を見開いたルキーノがなぜか拍手する。
「完全な味方というのも、考えものだな。リエトはアーテルが間違ったことを言うことにならないように、自身を律しなければならない」
「けっ、硬い! 言うことがガッチガチなんだよ」
シストにバルドが悪態をつき、険悪なムードになりそうになって、双方をアルフォンソとルーベンがとりなす。
ともあれ、シストとルーベンも巻き込まれて新しいクラブを作ろうとなった。
部名は未定であり、活動内容も決まっていない。
どこまでも、まっさらなのである。




