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ハルはバケモノ。  作者: 門田代々木
8/15

AM12:46〜PM1:03

カシュン。

それはとても安っぽい金属音だった。本当に撃ったのかミチルには半信半疑だったが、目の前にいるフルキの体からは血が流れ続けていた。彼は空いた穴を押さえながら血を吐き苦しんでいるが、アキは心配する様子もなく、フードを深く被って槍を構えたままだ。


「実はさ、私鉄砲撃つの上手いんだ」


ハルはさらに口角を釣り上げて悪魔のように意地悪く笑った。


「えっ!いつから持ってたんですか!?」

「最初から。あのビルでの銃声6回中5回が私の」


ハルは『粉砕王』を振り回しているが実は銃を常に携帯している。基本的に使うことはないが、ビルでの時のように、予想外の反撃で追い詰められた時の切り札や、今のように不意打ちを仕掛けるときに使う。

少し得意げに笑いながら、もう1発撃とうとするハルを見ても、フルキは逆上するわけでもなく落ち着いていた。


「スーツが汚れちまったじゃねえか」


フルキは静かにそう言った。怒りがこもっていたわけでも、脅しの意味が含まれているわけではなかった。なんの感情も存在しない。しかしその異質さ故に、ハルの背中にゾクっと悪寒が走った。

銃を持った男達に囲まれても恐怖を感じなかったハルが、圧倒的不利な状況に陥っているだけの男のただの言葉に恐怖した。

傷付けられたのならば苦しんでいたり、相手に怒っていたりと感情がこもるのが当たり前なのだが、それが無い。自分のことなのにまるで他人事のようで、自分の体をまるで心配していない。

ミチルがミチルのようなモノに対して感じた恐怖が「有る」恐怖とするならばハルが感じたそれは「無い」恐怖ーーより根源的な恐怖になる。それは深い穴を覗く時に感じる恐怖。静かな夜道を歩いている時に感じる恐怖。理由も意味もない、純粋な恐怖だ。

ハルは生唾を飲み込んだ。自然と『粉砕王』を握りしめる力が強くなる。深く息を吸って、すぐにでも動き出しそうな体をコントロールする。久々の恐怖に怯えることを自嘲気味に笑った。


「アキ、ミチルからやれ」


フルキは落ち着いてその場にあぐらをかいて座った。

アキはその「やれ」という言葉を合図に、手に持った黒い槍を力を込めて投げた。


「危ねえっ!」


次の瞬間にはハルが銃を捨て、手を伸ばしてミチルの目の前で槍の刃を掴んでいた。

狙われているミチルには槍の軌道が追いきれず、アキの手からハルの手へ瞬間移動したようにしか見えなかった。しかし狙いは正確で、もしハルの行動がもしコンマ1秒でも遅れていたら今頃ミチルの頭に大きな穴ができていただろう。

陸上競技を嗜んでいたものとして、ミチルはアキの槍投げの動作がどこをとっても洗練され尽くしていたことに気がついた。

大学に入ってから運動しなくなったとは言え、オリンピックの時は陸上競技と分類されるものはテレビで必ず見ていた。細部は違うが、槍を投げるという単純にそれだけのことならば、アキがオリンピックに出場したら優勝は確実と分かった。

その時、アキは槍を指さして短く言った。


「それ、罠」

「私と同じ声ーーって痛ってえええ!」

「ハルさん!」


刃から無数の細長い棘が発生し、ハルの手を貫いた。鮮血がほとばしり、白いドレスとそばにいたミチルの顔を朱に染めた。

ミチルは口の中に一度味わった鉄の味を感じた。


「クソッタレ!ドレスが血みどろじゃねえか!」

「服の心配、してる暇ない」

「読めてんだ、よおっ!」


拳を振り上げて飛びかかったアキの胴体を蹴り、フルキの元まで弾き飛ばした。しかし、アキは蹴られる瞬間に結んだ拳を開いて槍を掴んだ。そしてそのまま吹き飛ばされることで、ハルの腕ごと槍を引き抜いた。

じゅぽん、とクセになりそうな音がして、骨ごと綺麗に撮れた。

蹴り飛ばされたというのに、痛がる素振りもない上、フードがずれないように手で押さえていた。その余裕もあり、アキはすぐに立ち上がった。


「けっ!ノーダメージですってか。ふざけやがって。顔見せろやカス!」


ハルは悪態をついて『粉砕王』を向けた。アキはそれを無視して槍の棘を引っ込めてハルの腕を取り除き、槍をハルに向けた。

隻腕の状態では、ミチルを守るために相手の攻撃を受けるしかなく、攻撃に転ずることはできない。


「アキ、顔見せてやれよ」

「嫌だ。あいつ、バカにする。それは、イライラする」

「ハハハッ。そうかいそうかい。まあいい、一旦ストップだ。俺もやろう」


ストップと言われ、アキは槍をハルに向けたままフルキの隣に移動した。

攻撃が止んだ隙に、ハルは自分の腕の再生に集中した。

小さな肉芽が一つでき、一瞬で大きく膨らんで弾け、血と何かよく分からない変な臭いの液体を撒き散らした。一瞬にして腕が元に戻った。

ハルは手をグーパーして動きを確かめ、『粉砕王』を中段の構えで構えた。


「もう生えてきやがった。バケモンかよ」

「そういうお前こそ遺物でも使ってんのか?」


ハルは傷に指を突っ込んで体内に残った弾丸を探しているフルキを見て言った。

奴は生きた遺物ではない、彼女の直感はそう確信していた。どちらかと言えば自分と同じ声のアキ。あれはおそらく遺物だと感じていた。


「正解。遺物『生命破棄装置(セーフティレッド)』っつー簡単に言えば死なない遺物だ」

「『粉砕王』の方が分かりやすくてかっこいいな」

「ネーミングセンスの違いだよ」

「私の方がネーミングセンスがあるってわけだ」

「バカ、逆だよ」


まるでずっと昔からのライバルのようだな、とミチルは思った。互いに軽く悪態をつく姿は旧知のようだった。また、会話から察するに、遺物に名前が最初からついているわけでは無いということをミチルは知った。

『粉砕王』、『不可逆不可視不完全立体』、『生命破棄装置(セーフティレッド)』等、この世全ての遺物は使用者が名前を付ける。名前をつける理由は皆同じで、名前がある方が使いやすいのだ。

例えばハルの『粉砕王』も、金属バットと呼ぶよりは『粉砕王』と呼んだ方がなぜか使いやすい。名前は使用者が直感的につける場合がほとんどだが、効果を隠すためにわざとなんの関連性もない名前をつける者もいる。


「んじゃま、やるか!」


フルキは体から取り出した銃弾を弾いて、ハルの足元に落ちていた銃を弾き飛ばした。


「ちょわっ!酷えな!」

「いきなりぶっ放すお前の方が酷えだろ」

「だいたい5m離れてるのに正確に弾くたぁすげえな。でも不死身なのは兄者の方じゃなかったか?」

「お前漫画好きか!こんな出会いじゃなければもっと語り合えたろうに」

「ちげえねえな!」


ハルはそう言ってフルキに向かって飛び後ろ回し蹴りを放った。

ミチルはその美しい蹴りに魅了された。敵であるフルキですら、これを受けてみたいと思った。

ドレスのスリットの隙間から見える細く美しい足。そしてそれの美しさを引き立てる蹴りのフォームの完成度。風を受けて膨らむドレスまでもが完璧だった。

無骨な軍靴を脱がして裸足にしてみたい、とフルキはそう思った。


「アキっ」

「分かった」


すぐに我に帰ったフルキは、紙一重のところで後ろに跳んで避け、入れ替わるようにして前に出たアキが槍を突き出し、着地したハルの脳天を狙った。

迫ってくる刃を避けようと、咄嗟に首を傾けて脳天を貫かれることは避けたが、完璧に避けきれずに頬を掠めた。その上着地したばかりでバランスがうまく取れずに尻餅をついてしまった。

頬の傷は時間差でカマイタチに切り裂かれたかのように皮膚がぱっくりと裂けて大量の血が噴き出た。


「まだ、終わらない」

「ちいっ!」


アキはハルに反撃の隙を与えないように連続で突きを繰り出した。それを右に左にと避けるが、避けきれずに刃が掠めてどんどん血が噴き出る量が増えていく。

フルキはその隙に血が染み込んだネクタイを外して鞭のように持ち、ミチルの元まで歩いて行った。


「うっ、うわあっ!」

「逃げるなよ」


すぐに逃げようと背を向けたが、フルキのその一言でミチルの足は動かなくなった。

フルキは歩いているだけ、でも、まるで、それは、大きな化け物に首筋を掴まれている気がした。少しでもその場を動けば死んでしまいそうで。ちょっと抵抗してみれば殺されそうで。フルキが、なんの武器も持っていないあの男が、怖い。

殺し合いをしたことのない素人が強烈な殺気をぶつけられてしまったのだ。怖い。恐ろしい。そんな感情しか出てこない。

常に死と隣り合わせの日々を送っている野生の生物とは違って、普通の人間は、本能的に、逃げ出そうとすることなんて、できない。

ガクガクと足が震える。何か叫ぼうにも酸素を求める金魚のように口を動かすことしかできず、声が出ない。体を動かすことなどできそうもない。涙が止まらない。気付くと、下半身が濡れていた。


「うっあっ、うあっ」

「おいおい泣くなよ漏らすなよ汚ねえな」


フルキはそこでミチルの肩に手を置いた。

全身に鳥肌が立つ。呼吸のやり方が分からない。視界が涙でぼやけてくる。立っているのか倒れているのか分からない。そんなミチルをハルは助けに来られない。たとえ再生するからといってフルキとアキは傷ついた体で勝てるような相手ではない。

その時、ふと思った。

自分は最期まで誰かに期待するだけなのだろうか。期待はしていても信用しない生き方で、いや、死に方で死ぬのだろうか。

ハルが叫ぶ声も聞こえない。自分に何か言っているのに、まるで聞こえない。

フルキが頭に手をかけた。このまま死ぬのか?いや。嫌。否。

死んでたまるか。


「うわあああ!」

「うおい!逃げんな!」


フルキの手を振り払い、全力でアキにタックルをかました。

アキにとってまさかミチルが動くわけがないとたかを括っていた上、ハルに集中していたので背後からの攻撃に気付いて避けたり踏ん張ったりすることなどできずに姿勢を崩してしまった。

攻撃が一瞬止む、そんな絶好の機会を逃すハルではない。

すぐさま立ち上がり、アキをフルキの元まで全力で蹴り飛ばした。

限界まで膨らませた風船に針を突き刺したときのような破裂音と共にアキの内臓が破裂した。フルキは、吐血して苦しむアキを気にもかけずに彼女が握っている槍を取った。


「ダーハッハッ!命乞いなら聞いてやんよ!」

「そりゃあ助けて欲しいなあ」

「嫌に決まってんだろ、バーカ!」


ハルはさらに大きな声をあげて笑った。完全敗北とも言えるそんな状況の中でも、フルキは焦っていないし、口角が少し上がっていた。ミチルはただただそれが不安でならなかった。






5ヶ月近く更新してませんでした。生きてます。ウマ娘のイベント、モンハン等々色々と忙しかったのです。許してください。特に後書きに書かなきゃ行けないことはないのでこのくらいで。ブクマ、レビュー、感想、待ってます。

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