AM10:12~AM11:23
自分が死んでいる。ミチルはそんな不可解な状況に追いつけていなかった。まだ誘拐された時の方が状況を理解できていた。この場にしっかりと地に足つけて立っている。足もあるし物に触れもする。幽霊のようなものでは断じてない。
「う、嘘じゃないんですか?」
「うん、本当」
「いや私生きてるんですけど」
「私が嘘ついてるとでも?」
「い、いやそうじゃないですけど……」
自分の死体が見つかった。まるで意味が分からないが、ハルの顔を見ると悩むミチルを楽しんでニヤニヤと笑っているので、ハルの中で何かこの矛盾した二つの事象を成り立たせる明確な答えが出ているのだと気がついた。2分ほど考え、ミチルは一つの結論を導き出した。
「私は2人います。誘拐を依頼した私です」
「大当たり〜」
ハルは小さく乾いた拍手をした。
そう、ミチルは2人いる。誘拐を依頼したミチル——と同じ顔をした人間——と誘拐されたミチル。どちらも見分けなんてつくはずがない。
「そう、もう片方のあんたが死ねばいい。動機は分かんねえけど。そこでSSRの方だ」
ハルはそこでミチルを真剣な目で見据えた。飲み込まれそうなぐらい大きく黒い瞳に見つめられ、ミチルは少し後ずさりした。
その瞳はまだ見た目は幼いというのに、何もかも経験してきた老人のように深く、この世のものとは思えないほど黒かった。
「あんた、本物か?」
「え……?す、すいません。ど、どう言う意味ですか?」
「実はあんたが偽物で、本物を殺したあとに誘拐されたんじゃないか、って聞いてるんだよ。本物かどうかの確証がない」
「そ、そんなわけ……」
ミチルも心のどこかでそれが分かっていた。ただ、自分が偽物だと認めてしまいそうで、その事実から目を背けていた。証明方法がないのだ。
確かに追われていた記憶も証拠もある。しかし、自分が誘拐を依頼して、もう1人の自分を殺したあとにその記憶を失って、本物のように振る舞っているなんてことがあり得ないわけではない。
恐ろしい。ミチルは自分が自分でないような、自分が偽物であるような気分になった。狂いそうだった。
その時、唐突に背後から喋りかけられた。
「ヒガノヤマ、ミチル、だな?」
「モシャスでも使われたのかあんたは」
それは自分の声だった。背後からのその声だけでミチルは動けなくなった。
認めたくないが、後ろに自分がいる。
今まで味わったことのない悪寒。心臓を直接撫でられているかのような気持ち悪さ。全身に鳥肌が立つ。背後で何かおぞましいものが蠢いている気がした。膝がガクガクと震える。何故こんなにも恐ろしいのかは分からないが、ミチルの本能が大声で逃げろと叫んでいた。克己して後ろを振り返ると自分と全てのパーツが同じ顔があった。
吐き気を催すほどの精密さ。忌々しいほどに緻密に再現された体。憎しみすら湧く程度にそれは自分であった。
「ヒガノヤマ、ミチル、だな?」
「やべ!」
「ぐえっ!」
ハルは焦ったような声を出してミチルの襟元を掴み、自らの元へと引き寄せた。
0.1秒もしないうちにミチルがいたところを中心に砂埃が舞い上がり、振動でブランコがギイギイギイと激しく吠えた。
目を凝らして見ると、地面にミチルのようなモノの右腕が伸び、手が突き刺さっていた。ハルが引き寄せなかったら今頃あの手が直撃して本当に死んでいた。そんなことが起ころうものなら、同一人物の死体が2つ見つかったとかでニュースを騒がし、週刊誌が面白おかしく書き立てただろう。
「生きた遺物は私以外にもいたのか!まさか悪魔の実を食べたってわけでもねえだろ!」
同族を見つけた喜びから歓喜の声を上げるハルとは対照的に、恐怖で漏らしそうなミチルがいた。
殺す気だ。この遺物は自分を殺す気だ。
形容し難い殺意を向けられていることに加え、自分と同じ顔をしたモノに殺されそうになっているのもミチルの恐怖を加速させた。
「なんだお前海賊王でも目指してんのか?ほら、早くギアセカンドにでもしてみろよ!」
「ヒガノヤマ、ミチル、だな?」
ハルは嬉しそうな笑みを浮かべたまま『粉砕王』を相手から目を離さないようにしながら取り出し、予告ホームランのようにして構えた。
ミチルのようなモノは手を地面から抜き、壊れた機械のように同じ質問ばかりを繰り返して、ハルを見ずにミチルのみを感情のない目で見ている。伸びた腕はだらんと垂れて戻る気配がない。
ミチルは引きつったような笑みを浮かべているが、恐怖で泣いていた。
「ヒガノヤマ、ミチル、だな?」
「無視すんじゃねえよ!」
ハルは『粉砕王』でミチルのようなモノの横腹を力任せに殴った。
ミチルのようなモノは無抵抗にその攻撃をモロにくらって公園の端まで吹っ飛び、小腸が飛び出た。出血が激しく、傷口からだらりと垂れて、吐血している。それでもゆっくりと立ち上がり、また同じ質問をした。
「ヒガノヤマ、ミチル、だな?」
その時、小腸が意思を持ったように腹の中へとスルスルと戻り傷口が綺麗に塞がった。
「再生、能力……」
「クソッタレめ。それで不死とかドチートな能力持ってたらしばき倒すぞ」
「いや、多分、死にます」
「その心は?」
「えっと、死体があるってことは死にます」
「なるほどな、違えねえ」
ハルは肩をすくめて、余裕綽綽として『粉砕王』を肩に担ぎ、ミチルのようなモノに歩いて近づいていった。
「ヒガノヤマ、ミチル、だな?」
「違うわ、ボケ。私はもっと可愛いだろ」
「ヒガノヤマ、ミチル、だな?」
「だから違うって言ってぶふぁっ!」
ハルが頭を叩き潰そうと『粉砕王』を振りかぶった瞬間、ミチルのようなモノは殴る予備動作をせずに、人体には到底できないめちゃくちゃな動かし方で左腕を動かして、ハルの顔に拳を叩き込んだ。いや、叩き込んだと言うよりも埋めたの方が正しい表現と言えるだろう。その拳はハルの鼻の骨とその周辺の骨を折り、クレーターのように顔を凹ませた。ハルからは鼻血がぼたぼたと垂れている。
ミチルのようなものはそれを見ても攻撃の手を緩めない。
「クソッタレ!何すんだばふぁあー!」
「ハルさん!」
ハルは髪の毛を掴まれ、公園の端から端へと投げられた。『粉砕王』を持っているので相当重いはずなのだが、ミチルのようなモノは顔色一つ変えていないし、息も乱れていない。そのままハルへ追撃を加えようとゆっくりと歩いてくる。
ハルの元にミチルが駆け寄ると、投げられて傷だらけになるもその間に顔の傷が修復され、ハルは鼻血が止まり元どおり可愛らしい顔になっていた。しかし、治ってもハルの機嫌は治らず、怒りが頂点に達していた。
ハルは自分が可愛いといことを理解している。さらに自分以上に可愛い顔などいないと信じており、その顔に傷をつけられ、無視されたことも合わさって、元から短い堪忍袋の尾が切れた。
「絶対にぶっ殺す!やりたい放題しやがって!絶対に絶対にぜーったいにぶっ殺す!」
ミチルがそばにいることも気にせずに、ハルは怒りをあらわにして、八つ当たりのように『粉砕王』を垂直に空高く放り投げ、身軽になった身体で走って距離を詰めた。ミチルのようなモノの目の前で飛び上がって固めた右拳を振り上げた。そして自分がされたように拳を顔面に埋めた。
ミチルのようなモノは呻き声も悲鳴も上げずにすぐさま右腕を叩きつけようと鞭のようにハルに叩きつけた。しかしハルはそれを読んでいて、左腕と体で挟み込むようにしてそれを固定し、顔面から抜いた右手で肘を掴み、そしてミチルのようなモノをハンマー投げのようにして後ろへと投げた。
「ヒガノヤマさん、ガード!」
「が、ガード?って嘘っ!ぐぼぶぁっ!」
力任せなやり方だったのでミチルのようなモノの腕がもげて右腕以外の部分が飛んでいく。
ミチルの体に当たって地面に落ちる。幸いボクサーのようにして腕でガードしたため内臓へのダメージはなかったが、尻餅をついてしまい、腕と腰がジンジンとした痛みで痺れている。
ミチルのようなモノの腕の断面は、ぐちゃぐちゃと筋肉が音を立てながら腕を形成している。そのグロテスクさに、そばにいたミチルは思わず悲鳴を上げてしまった。
「ぎゃあああああああ!」
「すぐに後ろに!」
悲鳴を上げて泣きながらもハルのいうことに従って後ろに這うようにして動いた。
ミチルのようなモノが腕の再生を終えて立ち上がった次の瞬間、その頭にハルが放り投げた『粉砕王』が重力での加速を受けながら落ちてきた。
ミチルのようなモノの頭がぐしゃりと潰れて、体がフラフラと前後に揺れ、地面にうつ伏せになって倒れた。
それを見て、ミチルは、キュウが言いかけていたハルの「厄介なところ」が何か分かった。ハルは短気で短絡的な思考をしているように思えるが、実は先読みの力が強い。
放り投げた『粉砕王』がちゃんと頭を潰したことはもちろん、それを頭が潰せる速度まで達する高度へと放り投げて、なおかつそれが落ちてくるタイミングまで時間を稼いだのだ。さらに、腕を力に任せてもぎ取ってミチルに重傷を与えないために重さを減らしている。そして再生の時間を取らせることによって立ち上がるためにかかる時間を長くした。ただやり返しただけのように見える顔面へのパンチも落ちてくるまでのタイミング調整に過ぎない。
何も考えていないようで深くまで考えられているハルの戦闘に、ミチルは驚きを隠しきれなかった。
そんなミチルをよそに、ハルは嬉しそうな顔をして叫んだ。
「私の勝ちい!私の、勝ちいいいい!」
ミチルは高笑いするハルを見ながらも、首を失った自分の死体が本当に死んでいるか気になってつま先で突いて反応がないのを確かめた。
「死んでますかね……?」
「多分。でもダメ押ししとく」
ハルは、頭を失い動かなくなったミチルのようなモノの体を『粉砕王』で執拗に殴った。何度も何度も何度も殴り付けて死体が原型を留めずにミンチ状になってようやくその手を止めた。辺りは真っ赤な血溜まりが広がり、ハルがせっかく切って綺麗にした髪も、買ったばかりの古着も朱に染まった。
叩きつぶして疲れ果てたハルは地面に寝転びながらミチルに話しかけた。
「はあ、疲れた。ねえ、ヒガノヤマさん。あんたはなんか狙われててさ、それで帰るとこもないときた。そこでさ、考えたんだ」
ハルは血に染まった笑顔で尋ねた。
「あんた、うち来る?」
どーも門田です。アクションタグが付いてるのになかなかアクションしなかったこの作品はじめてのアクションではないでしょうか。ハルちゃん頑張ってましたね。ミチルは終始怖がってましたね。ミチルが2人(死体含めれば3人)ってどう言う事なんだ!?その答えはそのうち。coming soon!
ワンピースはそれなりに好きです