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ハルはバケモノ。  作者: 門田代々木
13/15

PM4:05~PM4:49

キュウは子分たちの死体に向かって手を合わせて深く頭を下げた。

元はと言えば自分のせいだ。サカガミのくだらない復讐に巻き込まれた被害者だ。少しふらつきながら死体の山の前まで歩くと、彼は両手を合わせて心の中で深く謝罪した。


しばらく無音が続いた後、沈黙に耐えかねたミチルが絞り出すように声を出した。


「あ、ハルさん……再生しませんね」

「ハルの服の袖が切れてるだろ。腕ごとスパッ、だ。ハルの再生能力が落ちてんだよ」


ミチルは抱えている上半身を確認すると、確かにスーツの袖が綺麗に切り裂かれている。血糊がべったりとついて、袖が落ちていなかったので気づかなかった。


「いやでも、腕ならあるじゃ」

「生えてねえんだよ。引っ付けて治したんだ」


ため息をついて、キュウはタバコの箱取り出したが、死体の前で吸うと言うのも何か死者に対する敬意がないように感じて、小さく舌打ちしてタバコに火をつける前にズボンのポケットに捩じ込んだ。


「腕みてえに引っ付けてみたらどうだ?」


ミチルはすぐに言われるがまま行動した。

グロテスクな断面を見ないようにして、『粉砕王』が入ったバットケースのそばにハルの体を置き——ぽろりと落ちてきたよく分からない臓器は見なかったことにした——上半身に向かって下半身をぐっと押し付けた。

傷口がどんどん修復され、切れていたことが分からないぐらいになった。


「あっ!あぁ……」

「引っ付いたな。でも、起きねえか」


体が引っ付いてミチルは思わず嬉しそうな声を上げたが、それでハルが目覚めるわけでもなく、すぐにその声は暗い色に変わった。

ミチルは胸に耳を当てた。微かな音ではあるが、心臓が動いていることがわかる。しかし、リズムが一定ではなく、弱くなったり消えたりを繰り返していて、とてもではないが正常とは言えない。

心臓マッサージでもしようかと、両手を胸の上で構えた時、キュウが言った。


「意味ねえよ」

「え?」

「それは人間の定規だ」

「?……ああ、そういうことですか」


キュウはハルを挟んでミチルと向かい合うようにして座り、ハルがつけているお面を外して鼻をつまんでみた。普段なら、バカにすんじゃねえ、と叫んで飛び起きるが、全く起きる気配はない。

ミチルは心臓マッサージをしようとした手を両膝に置き、キュウの目を見つめた。


「何だよ」

「ハルさんを助けてください」


ミチルはキュウの目をまっすぐ見てそう言った。

その真っ直ぐな瞳にキュウは気圧されそうになった。ハルを救いたいと言う意志のみで研ぎ澄まされた瞳が、自分と10以上歳の違う娘の目だと思えなかった。

ため息をついて、キュウは両手を挙げた。


「俺には無理だ」

「そ、そこをなんとか」

「まあ待て。幸運なことに治せそうなやつがそのうちここに来る」


そう言ってキュウは座っていることが辛くなってきたので、後ろに倒れ込んだ。そして天井を見ながら、そう言えば、と言いながらミチルに話しかけた。


「なんで『不可逆不可視不完全立体』がタバコだって分かったんだ?」

「ああ、それ全部ハルさんの指示です」

「なるほどな。だからこいつ急に弔いだのなんだの言い出したのか。人間の気持ちがようやくわかるようになったのかと感心したんだがな」


当然その会話をミチルは気絶していて全く聞いていないのだが、それでも彼女は愛想笑いをして流した。


「ははは……まあでもハルさんがドア壊してくれてたおかげでなんとかバレずに入れましたし、今回は大助かりですよ」


肩をすくめてミチルが笑っていると、何かが襖をぶち破り、ミチルたちの頭上を飛び越えて、死体の山を貫いた。


「あひょあ!」

「何だ!?……ってあいつか」

「到着〜」


死体の山から明るく幼い声が聞こえた。ミチルが聞いたことのない声だったが、その声に敵意は感じず、ミチルは不思議と親しみを感じた。


「とうっ!」


死体を四方に散らしながら大きく飛び上がり、空中で見事な3回宙返りを見せて、勢いよく現れたのは小柄な女。ミニスカートの可愛らしいメイド服の上に、白衣を羽織って、右腕にだけ黒いサテンのイブニンググローブをつけた、珍妙な格好をしていた。

着地して体にへばりついた肉片をさらにあたりに撒き散らして、女はピースサインをした。


「ぶいっ!」


ホワイトブリムを乗せたボブカットの頭に、丸顔で少し垂れた大きな目が彼女を少し幼ない印象を与える。

ハルとは別ベクトルで可愛い顔だ。

しかし、最もミチルの目を引いたのは、顔と違い、大人顔負けの大きな胸だった。着地の振動で揺れている胸は注視しないよう意識しないとすぐに目を取られてしまう。


大きい胸や可愛らしい顔に惹かれてついつい上半身に目が行きがちだが、下半身にも魅力が詰まっていた。

ミニスカートから覗くしなやかな足。ミニスカートの間からほんの少しだけ見える、柔らかそうな太ももの肉が白のレース飾りがついたハイソックスに乗っている。あれより多いと少し太って見えるし、逆に少ないと何か物足りない。まさに完璧で蠱惑的な量だ。1対1.618の乗り具合。


なんだあの欲張りセットは!


ミチルは成人向け漫画雑誌から飛び出してきたような体型の女に思わず心の中で叫んでしまった。


「キューくんに、ハルちゃんまで寝てるね」


喋る度に小刻みに揺れる胸は、女のミチルですら注視してしまうし、光の輪ができた艶やかな髪の毛には触れてみたくなった。絡め取られるような魅力が全身から溢れ出ていた。


「おや、貴方は!お初にお目にかかります!フェスカです!フェスカは裏東京で大!人!気!スゥゥゥゥパァァァァFOO!ZOCK!JO!」


コミカルに動きながら、ピースを作り、FOOの部分で右手を突き出して左手を後ろに引き、ZOCKの部分で逆にした。そしてJOの部分で手を顔の側に動かし、子供のように目を細めてきれいな歯を見せて笑った。

見ている方も元気になる明るい笑顔だ。ミチルもつられて少し笑った。愛想笑いではない。本当に笑顔になった。なんだか笑っている彼女がおかしく思えた。


「ょょょよっろしくぅぅぅぅぅうう!」

「ぎゃわああああ!やわああああ!」


フェスカはミチルに抱きつき、頬ずりした。

ミチルは急に抱きつかれたので悲鳴をあげた。

全身が柔らかいものに包まれる感覚は至福の心地だった。頬が緩んで、鼻の下が少し伸びた。香水の程よく甘い香りが、ミチルを更なる幸せの境地へと運んだ。


「何やってんだお前は……」


キュウは体をゆっくりと持ち上げ、理解ができないといった表情でため息をついた。

疲れている目と青白い顔色がその表情にやたらとマッチして、ミチルは不謹慎だとは思ったが、それが少しおかしかった。


ジャスト7秒でミチルは解放され、フェスカはすぐにキュウの元へと駆け寄った。


「キューくん!治してあげる!」

「いいんだよ、俺は。それよりもハルを」

「はい言うことを聞く!」


そう言ってフェスカはキュウの傷口を左手で固定すると、右腕の中指を唇で優しく咥えた。そして目を少し細めて、腕と頭を逆側に少し動かした。

フェスカは意識してこの表情をしたわけではなかったが、ミチルはほんの一瞬のアンニュイな雰囲気と表情に、表現し難い色っぽさを感じて、少し胸の奥が熱くなり、生唾を飲み込んだ。

なぜか淫らなものを見た気がして、ミチルは頬を赤らめた。


手袋はスルリと抜け落ち、隠されていた右腕があらわになった。


ミチルはヒッと小さな悲鳴をあげ、紅潮していた頬は一瞬で青くなった。


黒いグローブの下に隠れていたのは、ゴツゴツした茶色い異形の腕だった。ハリのある肌と可愛らしい手が揃った右腕とは対照的に、肌は乾燥していてひび割れているし、手は節くれだっている上に爪が全て剥がされていていて腫れ上がっている。


醜悪という言葉が最も良く似合う。見ていることが耐え難い。

ミチルは目を伏せてハルの体を見つめた。青白く元気のないハルの姿の方が見ていられなかったので、ミチルはフェスカに目を戻した。


「『癒毒(ハイエンデスギフト)アドへシオン』!」


フェスカの右手からドロっとしたホワイトオパールのような色の液体が流れ出てきた。それをつけたまま右腕の人差し指で優しく傷口をなぞると、みるみるうちにキュウの傷が塞がった。

傷跡すら残っておらず、さっきまで血が出ていたとは思えない。


「……ありがとよ」

「ぶいっ!」


キュウが礼を言うと、フェスカは地面に落ちた手袋を白衣のポケットに捩じ込んで、左手でピースサインして笑った。そしてその手を開いてキュウに見せた。

ため息をついてキュウは向けられた手のひらをパチン、と軽く叩いた。


本当にため息ばかりつく人だな、とミチルは思った。若頭っていう中間管理職だからかしら、なんて場違いなことを考えていた。

そんなことを考えているとは知らずに、キュウはミチルに説明した。


「お嬢ちゃん、こいつは風俗嬢名乗ってるが、医者だ。こいつに治せねえもんはねえんだよ」

「い、遺物ですね」

「そうだよー!私の遺物『侵食する死(イロティンダ・トート)』って言うんだ!気持ち悪いけどよろしくね!」

「じゃ、じゃあつ、次は」


ミチルが口を開くと、フェスカはOKサインを作って頷いた。ふっふっふそんなの分かってますからとでも言いそうな自信たっぷりの笑みを浮かべている。


「次はハルちゃん、でしょ?」

「え、あ、はい」

「とりあえず今日のハルちゃんが何したか教えて欲しいな!キュウくんもミチルンも」


ミチルン。あ、私か。


ミチルはあだ名に戸惑いつつも、キュウと記憶を突き合わせながら話した。ハルが裏東京でミチルと出会った時の話や、ミチルのようなモノと戦った話、フルキとアキのコンビと戦った時、そして最後にサカガミと戦った話をした。

ミチルはどれもこと細やかに覚えていたし、そもそもキュウは見ていなかったことの方が多かったので、サカガミとの話以外は全てミチルが説明した。

説明を聞いた後フェスカはハルの脈を確かめたり、腹部に耳を押し当てたりして簡単に検査すると、分かった、と呟いた。そしてハルの口元に右手を突っ込んだ。


「ひょぅわ!」

「嬢ちゃん、安心しな。こいつはヤブじゃねえ」

「『害毒シェートゥリッヒスギフト(マニプラチオン)』!」


一瞬鼻をもぎ取りたくなるような悪臭がした。1分ほどでフェスカはハルの口から手を抜いた。

フェスカが手を抜いた後すぐに黒い液体がタラタラとハルの口から流れた。それにつれてハルの顔色も少し良くなった。


墨汁のように黒いそれは、ハルから出続けてついにはハルの体より一回り大きな水たまりを作った。


「こ、これは……」

「この黒い液体が黒い槍のカケラの集合体だよ」

「えっと、これがハルさんの再生を阻害してたってことですか?」

「ちょっと違うぞよ〜。体内を傷つけて再生をさせるのを繰り返して、体内修復を優先して腕を生やせなかったのじゃよ。そこで、スパッと2つに切られてハルちゃんの体は意識を保つことより再生することに集中したのじゃよ。フォフォッフォ」


フェスカはない目を細めて顎髭を伸ばす真似をしながら、解説した。


「な、なるほど……」


実のところ半分ほども理解はしていなかったが、ミチルは頷きながらハルに目をやった。

その時、黒い液体は意志を持つ生物のように動き、ミチルたちを避けるようにして、フェスカが散らした死体の山の隙間に隠れた。


「むわひゃぁっ!」

「あーっ!逃げた!」

「ど、どうしましょう、きゅ、キュウさん!」

「俺に聞かれてもどうしようもねえよ!」


山の中から出てきたのは四角い肉塊だった。黒や赤、ピンクに薄橙とカラフルでブヨブヨとしていた。人間の体だけでなくよく見れば服の切れ端が混じっているため、人間が押し込まれたものだという妙なリアリティがあった。


「死体を弄びやがって」

「な、なんですかねあれ」

「知らないけど、この世の不思議なことはずうぇーんぶ遺物のせいだよ」


その肉塊はグチャグチャと音を立てて変形した。ゆっくりと変形して人の形をなした。それはハルそっくりな姿形だが、ハルよりも感情が少なそうで大人びて見える。そして何よりハルよりも胸が大きく、肌が浅黒い。

服の切れ端と皮膚が歪につながって出来たつぎはぎのローブを纏っていた。


「まあ、予想通りっちゃ予想通りではあるな」

「……ああ!この人がアキ!ハルちゃんにしては巨乳だね本当に」


フェスカがこんにちはーと言いながら手を振ると同時に、アキは急に動き出して足首を90度に折り曲げてフェスカの鳩尾に蹴りを喰らわせた。


「ぐぇっ、げぼっ」


フェスカは、黄色と茶色と赤色が混ざった汚い吐瀉物を吐き出した。


「てめっ!」


そばにいたキュウが殴りかかったが、その拳を受け止めて持ち上げ、横にスイングしてミチルに叩きつけた。


「なっ、止めっ!?ぐああああっ!」

「ひょえっ!ぎょぶわっ!」


フェスカは体をくの字に曲げて倒れ込み、腹部を抑えて苦しみ喘ぎ、キュウとミチルはぶつけられた衝撃で立ち上がることができない。


ミチルは想像を絶する痛みに泣き喚くこともできず、死んだ方がマシだと思った。もうどこが痛いのかがわからないし、腰に当てている右手にヌメリとした血がついていることすら分からない。天井が収縮を繰り返す。うあっうあっ、と言う声しかでない。酸素を求めて死にかけの金魚のように口をパクパクと動かした。


幸いそういう痛みに慣れていたキュウは、懐から出した拳銃で発砲した。

大きな音がすぐそばのミチルの耳を貫き、無音の世界に導く。

銃弾はアキの手に命中して、手を吹き飛ばした。その時、傷口から黒い液体が糸のように飛び出し、近くの死体を覆った。黒い液体は数秒の後に腕の傷口に戻り、すぐに手が生えた。黒い液体に覆われていた死体は骨のみとなっていた。


手が元に戻ったらすぐ、アキは倒れているハルに向かって拳を振り下ろした。

その時キュウが何かを叫んだ。マツリ、と叫んでいた気がした。ミチルは、記憶を辿るとハルにチャイナドレスを渡した人間の名前がヒットした。キュウにヘリコプターを貸し、ハルが恐れた人間の名前だ。


フェスカの体がぴくりと動き、振り下ろされたアキと腕を右手で掴んだ。フェスカがボソボソと何かつぶやくと、掴まれた腕はすぐに茶色に変色し、ボロボロと腐り果てて崩れ落ちた。アキは後ろに飛び退き、距離をとった。

その間にフェスカ腕をだらんと垂らして、ゆっくりと立ち上がった。フェスカから感じていた色気のようなものはない。不気味で危険な感じがした。


徐々に戻ってきた聴覚で、ミチルの耳は確かにフェスカが大笑いしている声を捉えた。フェスカの声なのにそれはまるで別人のような雰囲気であったが。


「ぎゃひひひひひ!40分か60分好きな方を選べ!このマツリ様がたーっぷりいたぶってやるよ!」


フェスカはそう言って、不気味に笑い続けた。


世の中誘惑するものが多いですね。権力、金、性、メルブラ、原神、アークナイツ、ウマ娘……いくつものゲームという麻薬を乗り越えて約5ヶ月ぶりの更新です。

フェスカは書いてて楽しかったです。後これからどれだけ巨乳のキャラが出ようとフェスカ以上は出ません。フェスカがこの作品世界でいちばんの巨乳です。

門田でした。

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