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雨の日に笑うの、透明人間。  作者: 踏切交差点
大学2年
38/51

優れる以上に優しかった

「どうしたんだよ……携帯もいきなり繋がらなくなって……」


「ねえ、優」


「なんだよ」


「私のこと、嫌いになっちゃった?」


「ならないよ。意味わかんねーよ。なるわけないだろ」


「本当?」


「君のことはずっと好きだよ」


「そっか。よかった」


「あいつだな。あいつがやったんだな」


優は桜に近づくと、問い詰めた。


「どこにいた?」


「公園」


「バケツの実験してたとこか?」


「うん」


「能力使って逃げ出したのか?」


「ねえ」


「まだあそこにいるのか?」


「優」


「携帯で位置は特定できるよな。回線を切らないでそのままにしておくんだ」


「ねえ、優」


「質問に答えてくれ」


「抱きしめてよ」


桜は全身を震わせていた。

どんな時でも冷静に、最適な行動を取ってきた桜が、感情を優先しようとするのを優は初めて見た。

しばらく抱きしめた後に、そっと離した。


「今から行く」


「どこに?警察?」


「あいつのところだよ」


「何するつもり?」


「鈴守、貸して」


「なんで?」


「いいから」


「なんでよ」


「いいから、貸せって」


優は桜の肩を両手で掴んで、身体を揺らした。

りりん、という鈴の音が下半身から聞こえた。優は強引に手を突っ込もうとした。


「やめてってば!」


桜は優を突き放した。


「俺が、あいつを殺しに行く」


「どうしてよ」


「これだけ期間をあけても襲いに来た。君に一生つきまとう気だ。このままじゃ、あいつに怯える人生を送らなければいけない」


「あなたを殺人者にしてまで生きようとは思わない」


「ならないさ」


優は不気味な顔を浮かべた。


「雨はしばらく降り続く。あいつはどこかに逃げるかもしれないし、また君に会いに来ようとするかもしれない。あいつも人間だ。コンビニに行くかもしれないし、電車にだって乗るかもしれない。すると、不思議なことが起こるんだ。目撃者がいる場所で、監視カメラがある場所で、あいつの首と腹が突然裂けて死ぬんだ。僕たちが疑われることはない。透明人間なんてこの世にはいないことになっている。世界的な解剖医でも、刃物による裂傷が透明人間の犯行によるものだと診断することはできない。誰も悲しまないさ。あんな奴が一人死んだところでな」


「悲しむよ」


「誰がだよ。あいつの親か?」


「私が、優を、悲しむよ」


桜の言葉は、届かなかった。


優は何か、邪悪なことを思いついたようだった。


「……そうだな。確かに、透明人間の存在が疑われるのはよくない。なあ、桜。最高の方法があるよ。あいつを拘束して鈴守ごと手を固めて、重りをつけて海にでも突き落とすんだ。あいつの全ての人間関係を崩壊させればいい。あいつは誰からも見られないまま、誰からも関心を抱かれないまま、水の中に沈んでいくんだ。君の中にあいつに対する同情心が僅かでも残っていたとしても、副作用によってその感情は崩壊し、赤の他人の死となる。あいつが人間関係を使い切って色が戻る頃には海の底の死体さ。僕たちは平和な日常を取り戻すことができる。なぁ、桜!完璧だろ!?」


「『ゆう』」


狂気で舞い上がっている優に、桜は強く呼びかけた。


優は、なぜ桜がほほえんでいるのかわからなかった。


「素敵な名前。別に、優れていなくたっていい。あなたは、やさしい人。いつも冗談で笑わせてくれる人。自分に自信がないくせに、一緒にがんばろうって言ってくれる人」


「……桜?」


「私、ずっとひとりぼっちだった。女子校時代に友達はたくさんできたけれど、私だけの親友と呼べる友達がいなかったと思う。自分が死んだときに泣いてくれる人は親以外に何人かいるかもしれない。けれど、自分が死んだ時だけに泣いてくれる人はきっといないんだって思ってた。私が抱えていた寂しさはその程度のものだった。優と出会ってからは、ひとりでもひとりじゃないって思えるようになった。誰にも見られなかった私を、見つけてくれてありがとう。誰にも見せなかった私を、見せたいと思わせてくれてありがとう」


桜は鈴守に手を伸ばした。

いつも戯れているときのように、笑いながら言った。


「足元が悪い中、私を好きだと言ってくれてありがとう」


鈴守を握りしめて、桜は姿を消した。

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