あらぬ名誉を求める時に
英雄はいつでも最初は理解されない。
だれにも理解されないまま努力をして、孤独の中に強く戦って、それで成功を収めたときに、英雄は英雄となる。
それなら今の僕は、英雄となる前の下積みと言えるのではないだろうか。
何が足りないかといえば、何が違っているかといえば、僕は何も信念を持っていないというところであろう。
僕には、目指すところなどなかった。
他の人の意見を無視して、非難だって無視をして、自分でやりたいと思うところを貫いていく。
そうすることで、英雄の道は拓けるに違いないのだ。
あぁ、僕は英雄になろう。むしろ僕は、英雄だ。
耳を塞いで英雄らしくしようと自分で思ってみれば、僕の中で僕はすぐに英雄に仕上げられていく。仕立てられていく。
あくまでも僕の中では、だけれどね。
それだって十分だった。
僕の中で僕がそうあるのなら、それだけで十分だった。
傍から見れば相当に憐れなる人であることだろう。
けれどそれさえ「数々の英雄には常の事」と思えば、何も苦しいところなどなく、受け入れることができることなのであった。
それくらいのこと、苦でもない。
はっきりと言えるさ。僕は英雄なのだから。
国を作り上げていったときと、全くの同じ手順である。
外の世界を僕の意識の中で作り出し、思い込みの幻聴の中で、世界観に合ったものだけを取り上げる。
そうして自分でも気付かないほどに、深く入り込んでいくのだ。
なのだから、終わるも国を作り上げていったときと、全くの同じものであることだろう。
ふと、目が覚めるときが来ることだろう。
それも含めた上で僕は英雄となるのだ。
夢から醒めたそのときに、決して自分が傷付くことがないよう、そこまで含めた上で僕は英雄となるのだ。
僕は英雄であるのだ。
本当の僕がこんなであるからこそ、想像の中は反比例するように立派であった。
立派になった。
そうしなければ僕は成り立たないからだ。
そろそろ、こうして考えることも、放棄するとしようか。
いつまでも続いては、どうにもネガティブになってしまうところであるし、もちろん現実というものは、眠るにはちょっとどころでなく邪魔なものだ。
早く現実から解き放たれなければ、僕の目指している場所は見えてこない。
いつまた母が僕を呼びに来ることかわからない。
なんと、無駄だとわかっているだろうに、飽きもせずに呼びに来ることだろうか。
そのときが訪れてしまう前に、僕は英雄とならなければならなかった。
未だ世間からは認められていないが、周囲が愚かで気が付かないだけで、相当の実力を持っている英雄でなければならないのだ。
どんなに非難されようと悲しくないように。
本当の僕が出て来ることなどないように。




