No.05 騒ぎ
HRっていうのは、ホームルームのことです。
先生が連絡とかをするアレですね。
SHRも同じです。
Short なHRのことです。
逆に、授業1時間使う長いHRは
LHR、ロングホームルームといいます。
学園に向かって歩を進める。
「お姉ちゃん、お姉ちゃん」
するとほのかが、私に向かって話しかけてきた。
「なに、どうしたの?」
そうたずねると、右隣にいるほのかは、くふふふー、と嬉しそうにちょっと笑いながら言った。
「かっこよかったよ、試合」
一瞬、何のことかと考える。
「ああ、竜騎士との試合のこと?」
さっきのアレで忘れかけていた。
「うん、そう。最後、すれ違いざまの一撃が決まったところとか」
「ふふ、ありがと」
そこで私はふと考える。
私の試合が終わってしばらくして訪れたのを見るに、この三人はビデオを見てすぐにここに来たのではないか、と。
「授業、終わるのやけに早かったんだね?」
ダイレクトにその疑問を口にするのはためらわれて、このような質問をする。
「ああいえ、私たちだけです」
その私の質問に答えたのは、玲だった。
「ビデオを見終わったあと、私たちだけほかの人たちと別行動をとるように先生に指示されまして」
「さっき言ってた、学長室に呼ばれたっていうやつ?」
「ええ。優姫さんもいらっしゃるっていうのは、その時に聞いたんです」
「そうだったんだ」
ふむ。‥‥
「とは言っても、そんなに早く終わったわけじゃないですよ。
最後のSHRだけ、私たちが受けてないだけです。
ほかの一年生たちも、もうそろそろ終わったころだと思いますよ」
それを聞いて、それなら、もう始まっているかも……と思い、三人に訊ねた。
「じゃあさ、三人はここに来るまでに騎士団の勧誘にあった?」
「騎士団?」
ほのかが、え、といった様子で訊ねてくる。
「お姉ちゃん、騎士団って、あの騎士団?」
「んー、それにあやかったようなもの、かな」
騎士団というのは、文字通り騎士たちが集まって作ったコミュニティのことだ。
騎士たちには受け持ち地域の治安維持をおこなうほかに、民間の人たちの要望、いわゆるクエストにとり組むという仕事がある。
そのクエストに当たるときに、一人の力では難しいクエストが多く存在するため、騎士団は結成されている。
私たちの通う日本騎士育成学園ではそのシステムを導入していて、クエストはもちろん、クエストポイントまで全く同じように導入している。
クエストポイントというのはクエストを完遂した後に得られるポイントのことで、騎士たちの場合このポイントの総計で月の給料が変化する(ちなみに騎士たちのあいだに地位的な差は存在しない)。
私たち騎士生の場合、このポイントは進学のために必要な単位や成績を表す尺度などとして活用されている。
「ほのか。ここで言う騎士団っていうのは、騎士学校における騎士団のことですよ」
玲がほのかに説明してくれる。
「あ、あのパンフレットに載ってたやつ」
ほのかもわかったようだ。
「ん、でもなんで『勧誘され』るんだ?」
今度は重が訊ねてくる。
「ポイントの割り振られ方がどんなシステムになっているか知ってる? ……か、重」
……「重くん」って呼びたいけど、昔の私は普通に「重」って呼んでたみたいだし、なによりそれで彼の気持ちを害しちゃいそうだから、やっぱりやめておこう……。
「……ん? ま、いいや……。クエストで獲得したポイントを人数で割った分だけ、自分の手元くるんだろ」
「残念、ちがいます」
「え? じゃあどうするんだよ」
「同じ騎士団に属している騎士に対して、設定された同じポイントが割り振られるんですよ、兄さん」
「あれ、でもそれと新入生の勧誘にどんな関係があるの?」
「じゃあほのか、たとえば、騎士団の中でも二グループに分かれて、別々にクエストをこなしたらどうなる?」
「ポイントは全員に等しく割り振られるから……。あっ」
「わかった?」
「でもそれだと、人数が多い騎士団ほどポイントを荒稼ぎできるんじゃない? お姉ちゃん」
「そ。だから、それを防ぐために騎士団の人数は最大で十人って決まってるんだよ」
「なるほど、だからまだ十人に達していない騎士団は躍起になって新入生の勧誘をするってことか……」
「うん、そのとおり。勧誘してる人はかなりはりきっているからね、気をつけた方がいいよ」
私は忠告するように言った。
実際、十人マックスの騎士団のほうが効率がいい……らしい。
私の場合、イレイザーを持っている私しか受けれないようなクエストもあったので、どの騎士団にも入れなかった(学園長に入らないよう言われた)。
そこまで会話していると、学園が見えてきた。
「どうも、アレトニア騎士団でーす!」
「バックアップメイン、安全第一のレイアー騎士団に入りませんかー!」
予想通り、勧誘をしている二年生騎士生がいる。
「あ、チラシどうぞ」
「ちぇりおー!」
ビラを配っているのもいれば、剣技を披露しているのもいるようだ。ときおり、おおーという歓声があがっている。
「あの、えっと、すみませんけど‥‥」
「まぁまぁ、そうつれないこと言わずに。ちょっとだけでいいから。そっちの君も」
そのなかで、新入生にしつこく付きまとっている二年生男子騎士生がいた。
「えっ、あ、いや、その‥‥」「えと‥‥」
相手は二人組の一年生女子生徒。明らかに迷惑そうにしている。
「‥‥むぅ‥‥」
あまりにも目に余る行為に私は眉をひそめ、注意することを即決。
三人にごめんね、と一言言ってから、男子生徒に声をかけた。
「ちょっと、そこの男子」
「あ? なんだよ。……って姫様じゃねえか」
男子生徒が私の声に反応して、こっちを向く。
「なんだよ、じゃないわよ。彼女、明らかに迷惑そうにしてるじゃない」
「んだよ、うっせーな。姫様は黙っててくれねーか」
姫様というのは、私のあだ名だ。いい意味でつかわれているのを見たことはない。
「なんでよ! あなた、そんなことしてて従騎士として恥ずかしくないの!?」
従騎士。騎士のたまご、という意味を込めた騎士生の別称だ。
レベルの高い騎士学園生ということで、社会ではかなり高い評価が付いている。
「うるさいって」
悪びれた様子も見せず、男子生徒はふん、と鼻をならした。
「‥‥行こう!」
「えっ、でも‥‥」
今がチャンスと思ったか、二人組のうち一人が動きを見せる。
「あっ、ちょっとまっ」「いいよ、行っちゃって!」「ちょっ、マジでふざけんな!」「ふざけてるのはどっちよ!」
「ほら、行こっ」「っ‥‥う、うん」
もう一人の方も足を動かし、二人は走り出した。
「ちょちょちょっ、少しでいいから!」「しつこい!」
私と男子生徒が言いあっている間に二人組は走って、その場を去った。
「かぁ〜! 結構かわいい二人だったのに!」
遠くに走る二人の背中を悔しそうに目で追いながら、男子は頭をがしがしと荒っぽくかきむしる。
ふん、いい気味だと思っていると、男子が私の方を恨みがましそうな目で見つめてきた。
「おいおい、団のメンバー集めって超苦労するんだぜ? 今みたいのマジ勘弁‥‥って、ひとりぼっちの姫様はわからないか」
そこでハッ、と鼻で嘲るように笑う男子。
と、今度は芝居がかった身振りと大きな声で続けた。
「あーあ、あんたはいいよなあ、姫様。
あんたしか受けれない、ポイントのかなり高いクエストが用意されててよお。
学年二位の地位も、今の生徒会長の座もその専用クエで荒稼ぎして獲ったんだろ? うらやましいよなあ」
「なっ……!」
確かに、私がイレイザーを使用するクエストはポイントが高く設定してある。
だがこれは、イレイザーを必要とするクエストはかなり難易度が高いからだ。すこし加減を間違えると、簡単に家が消し飛んだりする、といったように。
それに、そういったクエストはごろごろ転がっているものではない。
私が学年二位の地位を得たのは、イレイザーの必要・不要を問わず、ただただ単身でクエストに臨み続けたからだ。
強くなるために。心に渦巻いているなにか足りない感覚を、すこしでも満たすために。
……その姿勢をどう捉えられたのか、生徒会長に抜擢されてしまったのだけれど。
こういうことを言う輩は前々からいたが、私はその度に怒った。今回も、例にもれず。
人の苦労も知らないくせに、こいつは……!
売り言葉に買い言葉。私は言い返そうと口を開く
「ちょっとごめんよ、先輩」
が、そこで重が私と男子生徒の間に割って入ってきた。
男子生徒をすこし突き飛ばす形で入ってくると、重は男子生徒に向かって言った。
「いくらなんでも言い過ぎだろう? 人も苦労も知らないくせに、勝手に言ってくれるなよ」
「んだと……?」
割って入ってきた重に、キレかける男子生徒。そんな男子生徒に、重は提案した。
「先輩、勝負しないか?」
「か、重っ!?」
突然何を言うんだ、と私は驚きの声をあげる。
「勝負?」
が、重も男子生徒も私の声には耳を貸さず、男子生徒はそのまま重の提案に耳を傾けた。
「ああ。賭け付きの、な。
あんたが勝ったら、俺があんたの騎士団に入ってやるよ。逆に俺が勝ったら、今日はもう帰ってくれ」
「はっ、てめえなんざいらねえよ。だから断る……と言いたいところだが――」
男子生徒は後ろに跳んで重と距離をとると、腰の誓いの剣を抜いた。
「――正当に、てめえをぼろぼろにできる! 乗るぜ!」
前置きもなく、剣を振りかざす男子生徒。まわりにいた生徒が悲鳴をあげる。
が、その一方で、突然の攻撃に重は臆することなく、相手に向かって一歩踏み出した。
「重っ、あぶな」
ガァン!
金属同士がぶつかったような音。
「‥‥ええっ!?」
重はその剣を、左手で真正面からつかんで受け止めていた。
「なあっ!?」
完全に不意をついた、と思っていた男子生徒が驚きの声を上げる。
驚いたのは私も同じだった。
その傍ら、はぁ、とため息が聞こえた。
「……兄さん、時間ありませんからね?」
「大丈夫だ、遊ぶ気はない」
油断を少しも見せないような鋭い声でそう言って、重は左足を軸にして、右手を腰の高さで後ろに引く。
ヒュッ ゴッ
次の瞬間、重の右腕は風を切りながら、男子生徒の無防備だった左わき腹に直撃。
「あっ‥‥がぁっ‥‥」
男子生徒は苦悶の声を上げると、そのまま地面に倒れこんだ。
「残心」というやつだろうか。重は構えたまましばらく、倒れこんだ男子生徒を見つめる。
「……じゃ、先輩は約束の通り家に帰ってくれ。しばらくそこが痛むのはまぁ‥‥勉強代だ」
重がこっちを向く。するとすかさず、玲が言った。
「優姫さん、行きましょう。時間が押してます。ほら、ほのかも」
呆気にとられていた私とほのかの腕を引っ張って、玲は人垣を割るようにして校舎に向かった。
14.2/28 修正・加筆しました!