No.23 返事
「「……………………………………………………………」」
真っ二つになってしまった槍を見ながら、言葉を失っていると。
「……くっくく……あっははははははは!」
突然、重が笑いだした。
「……か、重……?」
「くふふふ……くっくっくっく……はは」
……大丈夫かな。
目の前で笑い続ける重が心配になる。
しばらくすると、重はふぅ、と一息ついて、笑うのをやめた。
「……重、大丈夫?」
「……そんな目で見ないでくれ……。
大丈夫だよ。ただ、その、なんだ……優姫は本当に、俺のことを救ってくれるなぁって、さ」
「『重を救う』?」
救うどころか、剣を折ってしまったのだけど。
「……この剣はさ、ダモクレスって名前を付けてたんだ」
「ダモクレス……?」
「そう。『ダモクレスの剣』っていう話があってな。
昔、ダモクレスっていう大臣がいた。
あるとき、ダモクレスが王様の繁栄を羨ましがって、その王様を称えたんだ。
その後の宴会で、その王様がダモクレスを、糸一本で剣を頭上につるしてある王座に座らせた。
そして『お前が称えたのは、そのような場所だ』ってダモクレスに言ったんだ。
王様は、王には常に危険が付きまとっているって言いたかったんだよ」
「ふうん……?」
「その説話から、『ダモクレスの剣』は一触即発の状態とか戦々恐々としている状態のことを言うようになった」
「へえ」
……ええっと、ということは。
黒化の力の危うさを指して、重は剣にダモクレスという名前を付けたのだろうか。
「でも俺は、そう思えなかったんだ」
重は続ける。
「頭の上に剣をつるしてあるような危険な状態を具体例に挙げてくるんだぞ?
なら、王様をやめてしまえばいいじゃないか。
でも、王様はその席に座り続けている。
怖いのに。いつか、殺されてしまうかもしれないのに。
だから俺はそれ、ダモクレスの剣は、『覚悟』を表していると考えた。
そんなギリギリのバランスの下にあっても、その身を引かずに、その席に座り続ける。
その『覚悟』を端的に表したのが『ダモクレスの剣』だと――――そう、思ったんだ」
「……」
つまり。
重はあの剣にダモクレスと銘をうつことで、いつも覚悟を、自分の罪を忘れないようにしていたということだろうか。
「……重?」
「うん?」
重が改めて、こっちに顔を向ける。
彼の顔は、晴れ晴れとしていた。
「……ううん、なんでもない」
私は――知らず知らずのうちに、だけど――彼の鎖を一つ、壊せたみたいだ。
キュウゥゥン
「……え?」
そこで急に視界から紅が消えて、私は浮遊感に包まれる。
「優姫!?」
重と会話しているうちに――――HPが切れたんだ!
イレイザーによる浮遊力を失った私は、大地に引かれて落ちていく。
「きゃあああああっ!?」
思わず、目をつぶって悲鳴を上げる。
でも。
「――――――あ、れ?」
落下が始まって数秒もしないうちに、私はまた、空に浮いているような感覚を得ていた。
おそるおそる片目だけ開けて見ると――重の顔が、目の前にあった。
「ふう……あんまり驚かせないでくれ」
目の前の重が言う。
どうやら、重に正面から抱きしめられているらしい。
………………。
「優姫、心の炎を出している時はHPの減りが早くなるから、HPに気を付けろよ?」
「…………」
「おい、優姫?」
「…………」
私は目も合わせられずに、ずっとうつむいていた。
いや、無理だろう。
ついさっき告白した相手の顔を、こんな至近距離で真正面から見れるわけがない。
…………恥ずかしすぎるもん。
「……あっ……」
私の様子を見ていて思い出したのだろう、重がそんな声を上げる。
「「……………………」」
しばらくの沈黙。
さっきとはまた、別の緊張をはらんでいる。
その時ふと、私のイレイザーに重の白い炎がじわじわ広がっているのに気が付いた。
重が触れているところから、重の白い炎が伝ってきている。
白い炎が私のイレイザー全体にまわると炎の色は少し紅くなって、紅とも白ともつかない桜色になった。
私と重の炎の性質を引き継いでいるのだろう。炎の先から桜色の光がふわふわと舞って、幻想的な美しさをだしている。
「……きれい……」
口を突いて、感嘆の声が漏れる。
「……えっと……」
そこで重が口を開いた。
「……その、優姫、さっきの返事……なんだけどな」
「…………!!」
重が次の句を告げる前に、私は言葉を吐く。
「べっべつに、付き合ってとか……そういうふう……には……」
最初こそ勢い良かったけれど、言葉はだんだんと尻すぼみになっていく。
自分で言っていても、説得力がないと思う。
「……そっか……」
重は言葉をそのままにとってしまった。
――――ここまで来て何を言っているんだ、私!
私は自分を叱咤して、今言ったことを撤回するべく口を開く。
「ご、ごめん! やっぱり今の――」
「じゃあ、俺から言えばいいか」
私が言いきる前に、重が何かをつぶやいた。
「……え……?」
思わずそこで、私は顔を上げる。
「優姫」
重が正面から、私の顔を覗き込んでくる。
口調に対して、重の顔は真っ赤だ。
重がギュッと、私をさらに強く抱きしめた……気がする。
「優姫、好きだ。…俺と、付き合ってくれないか」
「ゆ、優姫!?」
真剣な顔から一転、不安そうな、心配するような顔をする重。
気が付くと、私の頬にあったかい何かが伝っていた。
「……あ……あれ……?」
「わ、バカ、拭くな」
手で涙を拭おうとしたら、重がそう言ってさらに抱きしめてきた。
「落ちちゃったらどうするんだよ。それに、その手で触れたら危ないだろ」
「そ……そっか」
私たちはそう言って、絡まった視線を外すことなく、熱っぽく相手を見つめ続ける。
……重の顔はもう、見たことないくらいに真っ赤だ。
私の涙は、全然止まらない。
「……夢、みたい」
私はぽつりと言った。
「そんなこと、あるわけが……」
重が呆れるように、私の言葉を否定しようとする。
が、重はそこで言葉を切ると、しばらく考えてまた口を開いた。
「……いや、そうだな。夢かも、な」
「……え……?」
いきなりの言葉に、私は悲しくなる。
そして、子供のようなことを言い出した。
「え……いや、いやだよ、重……」
「あ、いや、だからな――」
重は私を見て焦りはじめる。
「――お姫様が夢から覚める時には、お決まりがある、だろ」
「あ……」
「……いいかな、優姫」
「……っ、うん。 やる、やって、重」
私はしゃにむに頷く。
そして私は、ギュッとまわす手に力を入れて、重をもっと強く抱きしめた。
「ああ……」
重の顔が、近づいてくる。
私たちは桜色の炎の中、影を一つに重ねた。




