No.20 決闘
ガチャ
「ん? あ、重!」
昼、模擬練習場で今日の分のトレーニングをしていると、重が訪れた。
私は剣を振る手を休めて、重のもとに近寄る。
「重、おかえりなさい。……大丈夫だった?」
フランスで、なにか心の傷に触られるようなことがあったのでは?
やっぱり気になってしまって、最初に訊ねてしまう。
「優姫」
しかし重は、それに答えなかった。
「え? な、なに? 重」
いつになく強気な雰囲気の重。
彼は私の目をその鳶色の目でとらえながら、言った。
「優姫、これからイレイザーで決闘をしてくれないか」
「えっと、最後に確認だけど」
所変わって、アリーナの試合場。
私と重はイレイザーをまとって、その真中で向かいあっていた。
「これはえっと……試合、なんだよね?」
重が『決闘してくれ』と言った時には本当に驚いたけど――要するに、一度試合をしてくれということだった。
……私としては、積もる話もあるだろうから、重とふたりでしゃべりたかったけど。
『まあ、そうだな。たしかに試合だ』
無線機から、重の声が響く。
『ただし――本気の、だ。
俺はこの試合、俺のすべてをかけて、全力で戦う。
だから、優姫――』
重は剣を上段に構える。
『――お前も本気で来てほしい』
……どうやら重は、この戦いになにかしらの想いをこめているようだ。
フランスで何かあったからなのか、どうなのかはわからないけど、本気の相手――それも大好きな人を簡単に受け流せるのは、騎士じゃない。私もその本気に、応えるとしよう。
私は突撃槍を右手の内に、盾を左手の内に召還する。
「いいよ、重。私も本気で、相手させてもらうよ」
顔を引き締めながらそう言って、私も槍と盾を構える。
『ありがとう、優姫。
――――行くぞ!』
重は剣を振り上げた状態のまま、突っ込んでくる。
しかし、私と重の間にはかなりの距離がある。
だから私も、重に一瞬遅れる形で突っ込んだ。
『うおおおおぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおっ!』
あと10メートルくらいの距離になると、重は剣を振り下ろし始めた。
私はそれを防ぐべく、左手に持つ盾を左斜め上に構える。槍は前に突き出したままだ。
私の盾に重の剣が触れる――寸前、重の手が閃く。
ガァン
「っぐう!?」
次の瞬間、重の剣は私の左わき腹に直撃していた。
私は盾で重の腕ごと剣を弾いて、重を視界から外さないよう、そのまま後ろを振り返りながら距離をとる。
そして息をつきながら、今の攻撃の分析をする。
今の攻撃は、盾に当たった感触はなかった。
つまり、剣は盾に当たる直前に方向を変えたことになる。
剣は私の左わき腹に当たっていた。
ということは――――
剣が盾に当たる寸前、重は剣の下の方を握る左手を前に押し出し、上の方を握っている右手を手前に引くことで剣の攻撃をキャンセル。
そして引いた剣をそのまま、今度は逆に剣の下の方を握る左手を手前に引き、上の方を握っている右手を前に押し出すことで、無防備な私の左わき腹、重から見れば右のほうに攻撃を方向転換して、今の攻撃を繰り出したのだろう。
私はちらりとHPを確認する。今の攻撃はカウンターで入ったから結構なダメージを受けたのでは、と思っていたがそうでもなく、HPを1割くらい削るだけだった。
おそらく、突然の方向転換で威力が低くなってしまったのだろう。
重に視線を戻す。
私と重の距離は最初ほど開いてはいない。
重は剣を突き出す形で、顔の右の方に構えていた。
「やぁぁぁぁあああああああああ!」
今度は私から攻撃を仕掛ける。
重は私が動くのを見ると、こちらに向かってきた。
私は盾を引き、その分槍を突き出す。
重は、剣で槍をいなしながら盾のない私の右側に入ろうとして、剣を私の槍の先端に当てようとする。
――――いまだ!
「『螺旋凱槍』ッ!!」
私の槍が高速回転し始め、重の剣を弾く。
私はそのまま、槍を思いっきり突き出した。
重は反射的に身体を捻らせる。でも、『螺旋凱槍』には追尾機能があるからかわせない。
重の右肩に槍が突き刺さる――――瞬間。
『『後退』!』
重の身体が、瞬時に後ろに下がる。
重は5メートルくらいまっすぐ下がると、そのままカーブを描きながら距離をとる。
私はもう一度、分析を開始する。
どうやら、今使った技は後ろに下がるための技のようだ。
これでは、下手に『螺旋凱槍』は使えない。持ち味である追尾機能が意味をなさないからだ。
いや、意味はあるかもしれない。一応、今の私の攻撃は肩にかすっていた。
だから、HP的にはお互い五分五分と言ったところだろう。
でも、同じ手がそう何度も通用するわけがない。
それなら。
ベルティーユ戦の時のように、乱戦に持ち込んでしまおう。
私はそう考えて、また重に向かって突っ込む。移動しながら槍と盾を収納し、剣を一本召還。
重はそれを見て驚いたようだけど、すぐこっちに向かってくる。
そして私の思惑通り、乱戦がはじまる。
私の剣が上から振り下ろされ、重がそれを剣の柄で受け止める。
そのまま剣を滑らせて、鍔迫り合いになる。
剣と剣が触れているところから、剣同士がすれ合う金属的な音が響く。
ドンッ
「きゃっ!?」
突然、お腹のあたりに衝撃がはしる。
見ると、重が右足を前に突き出していた。私のお腹を蹴り飛ばしたようだ。
そのまま重は間髪を容れず、剣を右から横薙ぎに振ってくる。
私はそれを咄嗟に召還した盾で弾き、右手に握る剣を袈裟切りに振る。
重はそれを身を引いてかわそうとしたけれど、かわしきれない。剣が重に届く。
『くっ……』
そこで重は一旦距離を置こうと、後退し始めた。
させない!
私はそのまま、盾を前に構えながら重に迫る。剣は盾の後ろで振りかぶっている。
重は真後ろへの移動をやめて、カーブを描くような形で右から私の方にまた突っ込んでくる。
重は剣を身体の左側に構えている。私が攻撃しようと盾をずらした瞬間、その隙間を突いて攻撃してくるつもりなのだろう。
私は盾を微塵も動かさず、重に向かって加速していく。
ドォンッ
『……がはぁっ!?』
私はそのまま、盾で重の身体を吹っ飛ばした。
重は体勢を崩されて、のけぞる形になる。
私はそこで、ずっと振りかぶっていた剣を振り下ろした。
ガァアン!
剣は重の胸の中央に直撃する。
よしっ、と小さくガッツポーズ――けれど。
重も、ただダメージを受けただけじゃなかった。
『うっ…………おおおおぉぉぉおおおおおお!』
突然の声に驚いて、重の顔を見る。
重の頭上には、彼の大剣が振りかぶられていた。
重は剣を、私には見えない身体の後ろで振りかぶっていたようだ。
私は瞬間、盾を間に滑り込ませる。
ガアアアアン!
至近距離で放たれた重い一撃は、盾ごと私を吹き飛ばした。
吹っ飛びながらバランスをとり、勢いそのまま距離をとる。
体勢が安定すると、一旦その場に停止。私はちらりとHPを確認する。
もうHPは、4割を切っていた。
注釈です。
今回に限らず、イレイザー戦でのHPの減りが早いなあとお思いになっているかもしれませんが、
イレイザーでの戦闘中は、反物質が空気と常に反応しているため、ダメージ蓄積が異常に早いです。
要するに、時間が経てば経つほど、HPが削れていくんですね。
毒状態とでもいいましょうか。
HPの削れる値は、その時の反物質の生成量に比例するので、一概には言えないのですが
戦闘中だと反物質の生成量が多いので、HPはガンガン減っていきます。
ですから、今回の戦闘に限らず、イレイザーの戦闘は基本的に短いです。
格ゲーくらいの短さを想像していただくとわかりやすいかもですね。
以上、注釈でした。




