No.21 誓い
『優姫』
私がHPを確認していると、重から無線が入った。
「どうしたの? 重」
『そろそろ、決着をつけよう』
「え?」
私のHPは今見て確認したとおり、あと四割しかない。重も似たようなものだろう。
でも、あと一撃二撃で終わるようなものではない。十分打ち合いできるくらいだ。
『いくぞ――――』
その時、無線からまた重の声が聞こえた。途方もなく、集中しているような声が。
見ると、重は大剣を胸の前に掲げ、天にその剣先を向けている。
まるで、騎士が何かを誓うときのように。
そのぴりっと身の引き締まるような空気に私は思わず、彼の名前を呼ぶ。
「……重……?」
これは、俺のただの自己満足なのかもしれない。
俺のせいで泣いている人たちから、目をそむけてしまう行為なのかもしれない。
でも。
でも、俺は。
自分の意思で、剣を握りたい。
義務や罪悪感じゃなくて、俺がそう願って――騎士でありたい。
――――『謝ったりしちゃ、だめだよ』――――
――――『ありがとうって伝えなきゃ』――――
優姫がそう、言ってくれたように。
「ごめんなさい」じゃなくて、「ありがとう」を言えるように。
俺は目を瞑る。
思い出せ、『はじまりの心』を。
俺が最初に、願ったことを。
泣き虫で弱虫の俺は、痛いことが大嫌いだった。
傷付けられるのが、怖かった。
でもそれ以上に――――誰かが傷付くのが嫌だった。
だって俺は、傷付く痛みを誰よりもよく知っているから。
例えるなら、玲が傷付くくらいだったら、俺が代わりになってやる、といった風に。
だから、弱虫な俺でも傷付かないで他人を護れるような――『ものを消す能力のある鎧』を思いついたのだ。
今考えれば、おかしなことだ。その理論で言うなら、護りたい人全員にそれを着てもらえばいい。
子供らしい俺の短絡的な考えに、少し笑ってしまう。
でも、その想いが――――紛れもない『はじまりの心』だ。
さあ、はじめよう。
俺は顔を思い浮かべる。
クウォークの研究者のみんな。
父さん。母さん。玲。
優姫の親父さん。優姫のおふくろさん。ほのか。
そして――――
俺は目を開いて、紅の騎士を見る。
その兜の下にあるであろう顔――――優姫。
「俺は――」
想い描くは純白――絶対の『白』。
俺は『覚悟』を口にする。
「――みんなを護る、騎士になる!」
重が『誓い』を口にした直後、私はただただ目を見開いていた。
その光景は、凄絶の一言に尽きた。
鎧の所々で白の濃さが増していき、それはまわりにも広がっていく。
まるで、波紋が広がっていくようだ。白はどんどん機体のくすんだ銀色を飲み込んでいき、ついには彼の甲冑すべてを純白に塗りつぶした。
そこからさらに、彼が右手に掴んでいた少し大きめの片手剣にも、白は浸透していく。
取っ手をすべて染め上げて、剣身に白が届くと、剣身はパカッと縦に割れた。
その一方で、気付くと彼の身体は白い光に包まれていた。ふわふわと、それは大気中にしばらく漂っている。
その光は彼の身体全体を包むと、剣の方にも移っていき、純白に染まった剣身に届く。
すると、剣全体を包んでいた白い光は消え、代わりに元々の剣身に挟まれるように新たな刃が生えてきて、真っ白な大剣ができた。
「………………」
突然の出来事に、私は変化あとも言葉を失っていた。
『――――――優姫』
私の意識を戻したのは、再びかけられた重の声だった。
私はハッと目を覚ます。
「かっ重!? 大丈夫っ!? 何があったの!?」
そしてすぐ、変化が起こった身である重のことが心配になった。
『ああ、大丈夫だ』
重からの短い返答。
私はその言葉に安堵して、もう一度じっくりと重の姿を見る。
……どこからどう見ても、真っ白だ。黒化時の見た目を色反転したみたい。
私が確認していると、重は続けて、今起こったことの説明をはじめた。
『優姫。黒化時の炎が搭乗者の心の色を体現していることは、知っているよな』
「う、うん」
『俺の今のこれ――白化とでも言おうか――も、それの類なんだよ』
「……え!? ということは……」
そこで重は、恥ずかしそうにちょっと声を小さくする。
『……ああ。今まで、心配掛けさせてすまなかった。……もう、大丈夫だよ』
私は数秒瞬いて――その末やっと言葉の意味をちゃんと認識できた。
「そっか! やったね、重!」
彼の心の炎は、『罪』の意識の黒ではなくなった。
私はそのことに、うれしくてたまらなくなる。
あれ、でも、そうなると。
今の重の白は、何を表しているんだろう。
「ねえ、重」
『なんだ、優姫』
「その白は、何を表してるの?」
『ああ、これは……』
言いかけて、重は少しの間口をつむぐ。
『……覚悟、だよ』
「覚悟?」
『ああ、そうだ。
優姫。俺が白化する前、なにか言っていたの聞いていたよな』
「あ、うん。誓いみたいな、あれでしょ」
『誓い、か……。うん、そうだな。あれは誓いでもあるな』
「え?」
『俺は、心の中にあった『覚悟』を口にすることで――『覚悟』を『誓い』にしたんだ』
「???」
『えっと、つまりだな――言葉にすることで、心の中の形になっていなかった『覚悟』を、形のある『誓い』にした……って感じかな』
……なんとなく、わかったような気がする。
心にあるあやふやな感情を、言葉にすることで改めて明確に胸に刻めるものにした……そんなところだろうか。
『優姫』
重の言ったことを自分なりに解釈していると、重が私に話しかけてきた。
『おまえは今、盾の分離ができるんだよな』
「あ、うん。一応は」
重との戦闘中は、使う暇がなかったけれど。
『……なら、大丈夫だな。
優姫、お前のその盾の分離はな、反物質が一定量以上流れないとできないんだ』
「うん、玲が言ってた」
『その一定量って言うのはな、普通の状態じゃ不可能なんだ』
「へ? どういうこと?」
『簡単に言うとな――優姫、今のお前は俺の黒化や白化と同じように、心のオーバーフロー状態にある
んだよ』
「え?」
『思い出してくれ、優姫。盾が分離できるようになる直前、自分の中にある強い感情の存在に気が付いたんじゃないか?』
自分の中にある、強い感情?
重が言った言葉を、頭の中で繰り返す。
……今の自分と昔の自分が一緒だったということだろうか。
『俺たちは優姫のそれを、紅化と呼んでいるけどな』
あれ、そうだ。
今の私の鎧は――紅い。
紅色の感情――――――?
「……あぁっ!?」
『思い当たったか?』
「え、あ、う……うん、一応は」
もしかして。いや、もしかしなくても。
重が好きという感情、だ。
…………私はどれだけ、重のことが好きなんだろう…………。
あ、あれ? でも……。
「ちょ、ちょっと待って、重。私、鎧の周りに何もでてないよ?」
そう。どこをどう見ても、私のイレイザーのまわりには重のような炎が見られなかった。
『ああ、それは単に想いの強さが足りないから……だろうな』
「え」
……なんだか地味に傷付く。
『いや、それが当然なんだ。優姫』
重はそう付け足す。
『さっき言っただろ?
感情は心の中では形になってない、って』
不意に、嫌な予感がした。
「えっと、じゃあ、炎をまとうためには――――」
『ああ、そうだ』
重が私の言葉を引き継ぐ。
『その想いを、口にすればいい。
そうして初めて、心に形が与えられて――『誓い』になる』
「…………………………」
つまり。
私が炎を身にまとうためには。
重に、告白しないといけない。




