1 誰かの終わり
拙いですが、読んでくださったかた、これから、どうかよろしくおねがいします。
夜空を眺めて、星を見つけた時、一番最初に目につくのはきっと、一等星だ。暗闇になれない瞳を、優しく導くのは一際はっきりと光り輝くその星だろう。
では、その他の星は?
薄暗い中で、小さく光る他の星をみつけてくれるのはどんな人だろうか。本当に星が好きな限られた人か、はたまた、たまたま目に付いたなんて人だけかもしれない。
いきなり、なんの話しをしているのかと言われれば、これは私にとっては、創作の話だ。
話題になっている作品が、面白いなんて噂を聞いたら、人は見てみようと思うだろう。大衆はその噂の元を辿り、目を惹かれる。ミーハーなんて言われたとしても、そんな人が悪い訳ではないだろう。例外もいるかもしれないが、私はその、俗っぽい1人だった。けれど、事実その下には、日の当たらない、たくさんの何万何千という作品が埋まっている。読もうとしたって可処分時間には限りがあるし、ご予算だって上限はある。人々の、目に止まらず終わる作品も数多あって、素晴らしい作品はあるとしても売れずに消えていってしまうのだ……。一際眩しい一等星と同じように、メディア化され注目をされた作品が日の目を浴び、それ以外の作品は霞んでしまう。
作家も同じだ。よっぽどネームバリューのある固定の作家や、クリエイターいがい、陽の光はなかなかあびられない。霞の中に消える者もいる。つまりその作品を書いた人間の知名度も当然、売れるという残酷な事実に起因する。
けれど、もし、売れたとしても、覚えられない人間がいたら、それはどういう人間なのだろうか。
それはきっと、幽霊、あるいは黒子のような影の薄い存在だろう。
一等星に霞んだ、小さな星、それにすらなれない、暗闇の中に消えゆく弱い光は、誰にも覚えて貰えない。
人は、星に手を伸ばし、星の輝きに膝をつく。さらには、月や太陽の前には、瞼ごしにも焼かれて存在すら見つけてもらえない。
何物でもない名前の無い星は忘れられていく。
いや星というのも烏滸がましい、私は、その、名も無き星、眩しい光に霞む、中空を漂う石ころに過ぎなかった。
いつだったかこう言われたことがある。
『先生、ゴーストライターやめないでくださいよ、先生がだした原案の作品軒並み売れるんですから』
はて、ゴーストライターって、やめる物なのだろうか。そんな馬鹿なことを思った。子供の頃、ニュースになった、ゴーストライターを見ていた時、自分の作品が他の人の物になるなんて、大変だなーくらいにおもっていた。
だが、いまになってみれば、似たような状態になってると、その人の人生は過酷だったに違いないと思う。
『うちの出版社の後輩が、終わったなって、先生のこといったらしいですけど、気にしないでください、編集とかって、忙しくて昼夜逆転してるからストレスたまるんで』
「はい」
何が、ストレスたまるからだ。こっちだってストレスの塊だ。そのストレスを増やしてる側が目の前にいるが、喋ることが出来ない、自分の度胸のなさが恨めしかった。電子の画面の向こうの、腐ったメッセージを送ってきた野郎の顔を思い出す。こんちくしょう。
けれど終わった作家か……。確かに否定できない。そうだ、悲しいほどに私は終わったクリエイターだ。原案や発想はいいが、文章力に乏しいといわれ、1度少しだけ脚光をあびたが、名前は残らない。もちろん死ぬほど下手でもないが、パッとしない。逆に発想で通らなくても、力がある上手いやつなんてのはごまんといる。
文章が、だめならとイラストを描いてみたら、そこそこ注目されたが、プロほどでもない、しかしキャラクターの案はパクられる。
何をやってもパッとしなかった。
けれど、最初のうちは、パッとしなくてもいい、私は創作を愛しているからそれでいいのだと言い聞かせていた。しかし時間が経つにつれて、愛は愛憎入り交じる。その度に影が心を支配する。
ただ、いいなぁという言葉だけが溜まっていった。
ずっと捨てきれなかった夢は人を蝕む。子供の頃ネタにされていた、ダメな売れないバンドマン、売れない俳優、売れないお笑い芸人の気持ちがよくわかるようになってしまった。私のようなのと同じにされたくないって?その異論はいつでもうけつける。それでも、きっとこんな気持ちなのだろうなんて、思う。どこかで、止めなければならない、諦めなければならない、それでも捨てられない。
だから齧り付いて、食らいついてきた。
心機一転、書くかと、何度か挑戦していたが、発表する度に、有名な出版社や脚本家作家がそれを掠めとって受賞しデビューしていく。私の案を編集が横流しして売るのも茶飯事になっていった。しまいには、人の醜態を面白おかしく書いてネタのようにして馬鹿にされる始末だった。
完全に舐められているのが悔しかったが、荒事は起こしたくないと耐え続けた。耐えれば耐えるほど、あんた、かけないでしょと笑ってくる人間に、嘲笑される。ただただ馬鹿にされるのに慣れていくのがいやだった。それでも、どうにか持ちこたえていたけれど、筆を折った瞬間、腐っていくのは一瞬で、心が膿むのも簡単だった。
そうして行くうちに、業界では存在だけ知られた、案だけは一流、クレジットにのらない名前の掲載されない透明人間になってしまった。扱いは、金を払わなくていい、パクっていいインターネットのインフルエンサーだ。焦る度、人にものを盗られる度、自分を利用した人間たちが出世していくのを見る度に、自らが矮小な気がして沈んでいった。感情的に怒る人間は、邪魔で、金になる商品以外は白い目で見られる。
『あー困るよ、こういうの、インターネットで作家の題材になる人間性ってやつ探すの、便利だよね今の時代、芸術の肥やしっての、必要になるの、先生わかるでしょ、だから編集が君の病んでいく様子書かせて欲しいって、作家に売ったみたいでさ』
「はい」
ーー作家に売る?
私はした事ないけど、そんな汚いこと。分かりたくないけどそんなこと。人を使って人に迷惑をかけてまで、誰かの人生を搾取してまで、創作や芸術だったら、許して貰えるの?
『だから炎上ってやつ、最近困るんだよね、本当に、沈黙は金ってやつ?業界で生き残っていくためなら、トラブル起こさない方が良いって知ってるでしょ、あ、裁判とかおこさないでくださいよ』
「はい」
保守的な人間、偉い人に媚びる人間が上手く使われていく。私はそれが出来なかった。
なら抗えば良いのか?
裁判費用を出す金も貰えないくらいの、非正規の仕事をしながら食いつなぐ人間には、どだい無理な話だ。たまに入る創作の小金と非正規の仕事でいきている自分には、長い裁判の時間を補うお金とメンタルは用意出来るはずもない。それに高額な慰謝料で威圧をかけてくるのは大企業や大手の弁護士事務所では、珍しいことではないらしかった。
『え、まさか描こうとしてるんですか? わ・た・しが書いたから売れたんですよ、無理ですよ才能あるとか思ってるですか、勘違いしないでくださいよ、あんたは何もしてないんですよ』
「はい」
そうだ、私には筆力がない。関わった1兆円規模のお金が動くコンテンツも、その年の話題のドラマも、救われたという作品のセリフも、私が関わったとしても、私自身が書いたから売れたわけじゃない。
それでも、それでもっ、それは、私の手から離れるまでは、必死に作っていた創作だった。才能なんて、ないのは分かっている。それでも、書くことだけはやめられなかった。力がない、才能がない、肩書きも名前も、ない、ないないづくしで、それでも、ほんとうにあの時間、本当に、私には何も無かったのだろうか。
『うわ、完全にやば、ヒスってるメンヘラってやつ、本当、バカのまま使われてれば金の卵うむ餌になってくれてたらなんも問題がなかったのによ、わがままいって困らせる傲慢さってほんとじゃまなんだよね』
わがまま?
傲慢?
なにそれ。
従う人間以外、いらないなら、だったら、金の成る木と結婚でもしていればよかったじゃないか。
『はい以外いらないんだよ』
ーーーはいそうですね、はいそうですね、はいそうですねはいはい、はいそうですね、はい、そうですねはいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはい、はいっていわなきゃ、お前らはいらないんだろ!
ずっと心の中では、いいえだった。いいえだったのに、溜め込んで苦しんで何も言えなかった。いったら、同調圧力で潰される。そんなことは何度かあった。あとに残ったのは、惨めで、馬鹿で、ちっぽけな私だ。
「消えたい」
私の名前はどこにもない。私には何物でもない。何者にもなれない。このまま死んでも、畳のシミの黒い影、食べて寝るだけしかできない、呼吸するだけの透明な血袋だ。
私は何のために書いていたんだっけ。
ーーーメッセージが1件録音されています。再生しますか。
「はっ……?!」
その無機質な機械音を、きいて、目が覚めた。かきむしられるような、悲鳴と叫びの感情に振り回されていたが、あれは夢だったらしい。あれほどリアルだったのに、今が現実だという。最悪な夢だった。お陰さまで、服が濡れるほどに、冷や汗をかいていた。
「夢か……」
両手で顔を覆い、地獄のような感情に押しつぶされそうで、深いため息を着いた。夢は夢でも感情までは冷まさせてくれない。その嫌な気持ちを、どうにか耐え忍ぶ。その時に吐いた息で喉の不調に気がついた。
「はぁ喉痛……水……のどが、……げほっ、げほっ、ぜぇ……はぁ……はぁ……ぅぅ……げほっげほっ」
渇いた喉を潤そうと、水を探してみたが、枕元にペットボトルは無かった。いつもなら置いておくが、昨日の自分はそれを怠ったらしい。乾いた舌がはりついていて、引き剥がすと鋭い痛みに襲われた。唇が切れて、痛いと思ったあとに少し血の味がする。その味に不快感をおぼえ、むせかえった。そして咳をする度に訪れる痛みで実感する。あれは夢だ、夢なのだ。だって現実のほうが、こんなにも痛いのだから。
正直、全部身に覚えのある言葉だったが、それでも、もうあれは過ぎ去ったことなのだ。
「いつまで固執してんだよ自分」
送りつけたメッセージと断絶、私が自ら手放したものだった。
『もう筆を折ります。私に才能はありません』
『ちょっと、先生、先生てばっ』
先生なんて飾りで、幽霊クリエイター、透明人間、なんの形にも残らない、故郷に錦をかざることもできないような、エセクリエイターくずれだった。区切りをつけて、創作から足を洗ったもう3ヶ月も前の事になる。あれほど憎らしい程に愛した創作も、今じゃ、ただの傷として残るだけになっていた。
「はぁ……病んでるなぁ本当……そういえば」
手元のスマホがチカチカと点滅していた。留守番サービスで録音されたメッセージがあるらしい。仕事に集中すると忘れるから、音声再生してくれるように、ミュートをきっていたんだった。寝ぼけまなこながら、操作をして、聞き取りをはじめると、すぐさま音声が流れた。
ーーーメッセージは、1件、です。
『あんた、ご飯食べてるの? 連絡よこしなさいよ、友人の連絡くらい、既読くらいしなさいねえ』
家族とは色々あって疎遠になっていて、今の連絡先をしってる唯一の人だった。クリエイターくずれをやめてからも、ずっと変わらず連絡をとってくれた奇特な友人だ。そんな友人のことが、大切なことに変わりはなかったけれど、しばらくその優しさに何も返せなくなっていた。それくらい余裕が無くなっていた。
そうして、交友の努力を、怠るようになり何もかもが億劫になっていった。 その温かなたった一つの、メッセージに返す元気もなくなって久しい。
こんな状態で何を返せばいい。
相手が困るだろう。
あるいはこんな姿や声で話したくない?
そんなこんなで、ちっぽけなプライドがたまりにたまって、疎遠になっていた。原因は何もかも私にあるのだ。
彼女は真っ当に生きてる。
彼女がそう思っているかは別だ。ただ必死に彼女も生きていて、そうなっているだけなのだろうから。比べてしまうのは自分の悪癖だ。そういう被害妄想は、ずっと前から、自分の癖になってしまっていて、厄介なものになっていた。謝り癖が創作をしていてついたからだろうか。相手も迷惑だろうなんて。勝手に真っ当さというレッテルにやられて、自ら突き刺ささりにいっている自爆者は私なのだから。そんなことを考える度に、彼女から遠ざかって、そんな卑屈な自分が、余計に嫌いになった。
「はぁ……」
スマホをベッドに投げ捨てて、返せない返信画面を引きずる。振り払うように、ふらつきながら、どうにか体勢をおこした。彼女のなんてことない優しさと、先程の濁った夢で何もかもやられてしまったらしい。いつのまにか涙がたまっていた。目からしずくが溢れて、服に落ちた。夢の中で、過去のトラウマが再発し、知らぬ間に喉の奥が熱くなって、痛みが心を抉ったらしい。くしゃりと、服を握りしめて、零れて来る涙が収まるまで、嗚咽をこらえながらたえた。
「ふぅっ、っく、……」
声にならない声で涙を流して、呼吸がおちつくまで、ひざをかかえてたえる。幾度こうして自分を慰めたか最近では数えるのをもうやめた。大人だって、言われる歳をこしてからの方が弱くなった気がする。
何度も立ち上がる度に、潰され、何度も立ち上がる度に折られた足、 もう歩き出す松葉杖すら折れていた。その度にこうして繰り返す。惨めな自分に酔って、呆れる才能だけは人一倍あるのになと、自虐するのだ 。嗚咽がとまって、ヒリついた喉の奥から、熱いだけの火のような息がもれた。先程の夢が脳裏を掠めて、ひとりごちる。
「寝てる時くらい幸せでいさせてくれたら良いのに」
芋ずる式に記憶から引き出された、抉られた言葉の数々に、むせかえって、焼かれた心が爛れていた。夢か現実かなんてどちらでも良い。辛いことには変わりはないのだから、しかし、人はなんでこんなフラッシュバックなんて機能を付けたんだろう。ろくでもないものだ。夢の中まで侵入して、目が覚めている時ですらいい気分はしないのに。そんなことを思う。
何度か浅い眠りをくりかえし、休んだ気なんてしなかった。繰り返すのは将来の不安と、どうしようもない感情だ。あのまま頑張り続けていれば報われたのだろうか?
とても、そんな気はしなかった。ただ搾取され続けていただけに、違いない。だから、やめるしかなかった。会社が望む、金になる何かを差し出すていの良い便利屋を。しかし、役に立たなければ、扱いは変わる。目付きが変わる。それを、はっきりと見せられた日を何度も思い出す。金にならなければ切り捨てられ、役に立つ材料から、扱いがゴミになっただけ。
今ここにあるのは、もうなにもつくらないみすぼらしいただの無職だ。
さらには、部屋の姿見に写ったのは、痩せこけた血色の悪い何も無い空っぽの自分しかいない。くたびれて、目の下には黒いくまがくっきりある。鏡を見ると、自己肯定感が下がるタイプの人間だが、いまは最低値をこして、マイナス値まで下がった気がする。
みっともないと思った。
「ひっどいかお……あー……声もガラガラ……あれ、いまなんじだっけ」
時計の音が、聞こえない。そう思って当たりを見回したら、秒針が止まった時計が見えた。ヘラった時に、秒針の音が辛くなって、電池を抜いてしまったから、止まったままなのだ。予定を書き込むために買った安いカレンダーも、まったく捲られていない。停滞したその部屋は自分の心のようだった。それをみて、また、心の奥が何だか痛んだ気がした。このままベッドのシミになってしまおうか。そう思って、また横になるが、このままではまたあの不快な夢に魘される気分しかしなかった。
「起きたくない、動きたくない、でも……薬飲まないと」
薬でもなんでも助けてくれるなら、縋りたくなる弱い自分だ。あんな夢は見たくない。起き上がり、立とうとしたが、一瞬視界がまわる。
「うぅ……」
歩こうとしたら、目眩がして、布団に尻もちを着いて、弾んでしまった。多分寝てばっかりで血圧も血糖値も下の下まで、何もかも下がりまくってるせいだろう。
「何も食べてないから気持ち悪い」
目眩から吐き気を催す。しばらくしておさまったあと、ずるずると、芋虫のようにはいずりながら布団から落ちて、冷蔵庫のある場所に向かった。気分が最悪だろうとなかろうと、このままでは餓死一直線だ。
冷蔵庫の前までたどりつくと、ようやく重たいからだを、おこして、壁にもたれかかる。はぁー、と、深いため息をついて、呟くように声を漏らした。
「ほんと、人生アホくさ」
そう思わないとやっていられないからか、誰が聞いてもいないのに、自然と呟いていた。ガラガラで、枯れ果てた声でも自分の心には、じんわりと響いた。さっきの夢への感想だったのか、己のくだらない人生へのなんともいえない自虐だったのか。
冷蔵庫をあけると、冷気が身体を這う。冷蔵庫の中はほとんど入っていなくて、唯一あるのはミネラルウォーターと薬と経口のゼリーだけだった。
買い出しに言ったのはいつだったか思い出せない。と、そんなことはどうでも良いと、くだらない思考をふりはらって、ミネラルウォーターを手に掴んだ。
自らが冷蔵庫の主だ、というように置かれていたミネラルウォーターは、自分の体より冷たかった。弱々しい手つきで、ミネラルウォーターの蓋をあけようとしたが、しばらく手間取ってしまう。
「筋力おちすぎかよ」
クリエイターくずれをやめてから、酷使していた身体もメンタルも一気に限界が来た。お陀仏状態で、病院にいってみたら、こんな数値どうすれば出るのかと、怒られた。そうして安静にしろといわれて、数ヶ月、落ち込みも酷く、安静どころか殆ど動けなくなってしまっていた。それから、寝てばかりいたからだろうか、手が震え、空いた蓋は手から滑る。
コンコン……。
とキャップが、音を鳴らして壁にぶつかりとまった。あとで拾わないととおもいながら、先に口に水を含んだ。ごきゅっと喉を通り過ぎる音がする。水を飲み干す度に、喉が音を立てて、体の中に冷たい感覚が流れ込んできた。水が流れ込む度に、胃が刺激されてか、初めて少しの空腹感が目覚めた。空腹による吐き気だ、たべれば収まるはずだ。だが、食べたとて、また吐き気がくる。 最悪の無限ループだ。そう思いながらも、食べなければ薬を飲めない。最近は食事も、薬を飲むためだけの、作業になってしまっていた。
食べれなければ人は倒れる。
当たり前のことだけれど、これがまた厄介だ。吐き気を催すのを覚悟して、無理やり、パックに入った経口タイプのゼリーを口に含んだ。そして、勢いよくパックを潰して無理やり口に入ってきたものを嚥下する。胃はムカつきはじめたが、無理やりそれでも飲み込んだ。最近ストレスのせいか味覚障害とやらで味が2通りしかあんまり感じなくなっていた。食べたとてそのせいで無味簡素すぎて、余計に食欲が落ち続けるだけだった。甘いか塩辛いかだけだ。ゼリーなんて科学的な甘さとほんの僅かな酸味しか感じ取れない。
「……っ」
吐きそうになるのをおさえ、どうにか耐える。そしてしばらく収まるまでまったあと、冷蔵庫に紙袋のまましまい込んでいた薬をとりだした。 そしてミネラルウォーターで薬を流し込む、それだけで体力をつかった気分だった。ミネラルウォーターの蓋を手探りでみつけてしめると、またぐったりと、床に転がった。普段なら汚いからそんなことしないように、なんて思う余裕があるけれど、そんな体力も気力もなかった。
「ちべたー……」
冷蔵庫の前の床は氷のように冷たかった。その床に、焼かれた喉の痛みも、身体の体温も全て溶けていく。このまま床と同化して消えてしまいたい。なんておもってしまった。
「疲れちゃったな……もう」
このまま目を覚まさなければ良いのにそう思い目を閉じた。ベッドに行かなければと思いながらも、なかなか動く気力がわかなかった。ただそんな自分でも出来てしまうのは面白みもない、卑屈な脳みそでする思考だけだ。
冷たい床の上で、考えても仕方ないことを考える。
ーー私の人生どうすればよかったんだろ。
とか、神様がいるとしたら、神様は答えをしっているのだろうか?
とか、色々。
けれどきっと、そんなことを考えたって、答えてはくれないことなんて分かりきっていた話で、どうしたら良かったのか。どう生きれば良かったのかを繰り返す。
夢を見ろと言っていた大人が沢山いたけれど、実際は、大人になってみると、見た夢の終わり方を、教えてくれた人はそんなにいなかったじゃないか。なんて、悪態も少し思った。
案外、生まれてみた、生きてみた、それだけで、きっと、どうすればよかったのか、なんて、人生はそんなことばかりで成り立っているきがした。
考えても詮ないことで。そんな問答をしても無意味だけれど、繰り返してしまう。そうしているうちに、ただ泣きながら眠り、そうして、過ぎる日に耐える。太陽が登り、月が朝靄に沈むまで。こうやって、冷たい床に寝そべって、そうしていれば傷が小さくなると信じ、願いながら丸まる。まるで気のせいだったというように、逃れ逃れ生きて、やりすごしていけると思っていた。いや、もはやそれはそうであってほしいという祈りに近かった。
けれど、そうじゃない可能性も唐突に訪れる場合もあったらしい……。
いい加減冷えてきた身体だけは正直で、肌に鳥肌が立っている。温かい布団に戻ろうとして、ヨタヨタと立ち上がった瞬間、強烈な脳天を刺すような痛みが襲ってきた。
「っ……」
不意にガツンと訪れたソレに、額を抑える。しかし、すぐ、手足が痺れて、体勢を崩す。そのまま、ガツンと、強く、頭をぶつけて、地面に倒れた。打ち所が悪かったらしい。額が切れたのか少し血が見える。スマホに手を伸ばそうにも、ベッドの上だ。
ーーまずい。
もう、何はともあれ、そう思った。視界がぼやけはじめ、呂律はまわらなくなりはじめる。その時、訪れた気持ちは、もしかしたらこれで頑張らなくていいという少しの安堵だった。そして次に、不意に視界の隅に掠めたのは、あれほど筆を折るといったのに、下手くそな残した創作の走り書きだった。
何にもなれなかった。
たしかに才能は無かったかもしれない。
誰にも見て貰えない。石くずのままだったのかもしれない。
それでも、あの走り書きの続きだけは死ぬまで未練らしい。ぎゅっと抱きしめるように作品を思い出す。
馬鹿だなぁと思った。
こんな時怖いとか、どうにかしないとって思えば良いのに。
「こんな時まで創作のことかよ」
言葉にならない言葉でそう呟く。
どこまでいってもクリエイターくずれは、死ぬまでクリエイターくずれだった。
涙がこぼれ落ち、引きつった顔のまま、どうにもならない冷たい床の上で、もしかしたら最後かも、と、考える。連絡をくれてた友人への謝罪と、才能があれば、もっと創作を愛し続けられただろうかと。
消えたかった気持ちは確かにあった、それでもどこかにかすかにあった創作への思い……。どこまでも未練がましい自分が、笑えるくらいに、最後までみっともなかった。これが人間らしいということなのかもしれないけれど。
「本当……ばかだなあ」
言葉にならないその言葉をつぶやき、泣き笑いしながらそのまま意識は闇へ消えていく。
ああ案外トラックに引かれなくても、デスクの上で過労死なんてしなくても、死ぬらしい。
これはなんてこともない■■■の、あっさりした私の、
死だった。
一章脱出・転生?編、二章からだんだんと百合要素が入り、すこしずつ主人公が強くなります。




