夢の中の君
白い花が風に揺れていた。
どこまでも続く花畑は淡い月明かりに照らされて静かに輝いており、その光景はまるで現実とは切り離された別世界のように幻想的で、私はその中に立っているだけなのに胸の奥が不思議な温かさで満たされていくのを感じていた。
初めて見る景色のはずだった。
少なくとも、私の記憶の中にはこんな場所へ来た覚えなんてない。
それなのに、どうしてだろう。
この景色を知っている気がする。
この風を知っている気がする。
この花の香りさえも、どこか懐かしい。
まるで遠い昔に大切なものをここへ置いてきてしまったかのような感覚が胸の奥で静かに広がり、理由も分からないまま泣きそうになってしまう。
私は白い花々を踏まないように気を付けながらゆっくりと歩き出したのだけれど、足元で揺れる花びらは私を歓迎するように舞い上がり、優しく吹く風は背中を押すように前へ前へと導いている気がした。
すると、遠くに誰かが立っていることに気付く。
背の高い男の人だった。
その人は花畑の向こう側で静かにこちらを見つめている。
顔は見えない。
月明かりに照らされているはずなのに、なぜかそこだけ光が滲んでいるようで、どれだけ目を凝らしても表情だけは分からなかった。
それなのに、胸が苦しい。
どうしてこんなに会いたいんだろう。
どうしてこんなに懐かしいんだろう。
私はその人のことを知らないはずなのに、その姿を見た瞬間から胸の奥がぎゅっと締め付けられるように苦しくなり、同時にもう二度と離れたくないと思ってしまうほどの安心感に包まれていた。
私は無意識のうちに駆け出していた。
花びらが舞う。
風が吹く。
あと少し。
あと少しで届く。
そんな気がした。
すると男の人が何かを言った。
確かに声は聞こえた。
けれど言葉だけが聞き取れない。
まるで世界そのものがその言葉を隠してしまったみたいに、風が全てをさらっていく。
「待って!」
私は思わず手を伸ばした。
お願い。
行かないで。
まだ顔も見てないのに。
そう思った瞬間だった。
世界が眩しい光に包まれる。
花畑も。
月も。
男の人も。
全てが白い光の中へ溶けていった。
「ひかりー!!」
大きな声が聞こえた瞬間、私は勢いよく飛び起きた。
「ひゃっ!?」
自分でも情けない声が出る。
見慣れた天井。
見慣れた机。
見慣れた部屋。
私は何度も瞬きをしながら辺りを見回したのだけれど、そこに花畑はなく、夢だったのだと理解すると同時に少しだけ寂しい気持ちになってしまった。
まただ。
またあの夢。
小さい頃から何度も見ている夢。
顔の見えない男の人。
白い花畑。
そして胸が苦しくなるほどの懐かしさ。
私はため息を吐きながら時計へ目を向ける。
そして固まった。
七時二十分。
頭の中で数字を理解するまで数秒かかった。
理解した瞬間。
「ええええええええっ!?」
私はベッドから飛び降りた。
完全に寝坊だった。
「だから何回も起こしたじゃない!」
階段を駆け下りる私を見ながら、お母さんが呆れたように言う。
「聞いてないよ!」
「六回起こした!」
「そんなに!?」
「七回目でやっと起きた!」
それはもう完全に私が悪い気がする。
でも本当に記憶がない。
私は慌てて制服へ着替えながら食パンを咥え、鞄を肩へ掛けて玄関へ向かった。
「ほら牛乳!」
「ありがとう!」
「走りながら飲まないのよ!」
「努力する!」
「絶対しないでよっ!」
お母さんの声を背中に受けながら家を飛び出す。
朝の空気は少しひんやりしていて気持ち良かった。
本当ならゆっくり歩きたいところだけれど、今日はそんな余裕はない。
私は通学路を全力で走りながら、ちらりと青空を見上げた。
変わらない朝。
変わらない街。
変わらない日常。
きっと今日もいつも通りの一日になる。
私はその時、本気でそう思っていた。
校門が見えてきた時、私はようやく速度を落とした。
間に合った。
その安心感から大きく息を吐いた瞬間。
「ひかりーーーー!!」
聞き慣れた声が響く。
嫌な予感しかしない。
私は恐る恐る振り返った。
そこには満面の笑みを浮かべた少女が立っていた。
佐伯美咲。
幼稚園の頃からずっと一緒の親友だ。
次の瞬間。
「おはよーーー!」
「うわっ!」
美咲が勢いよく飛びついてきた。
私は危うく後ろへ倒れそうになりながら何とか踏ん張る。
「朝から元気すぎない!?」
「元気が取り柄だから!」
「そんな堂々と言うことかな!?」
美咲は楽しそうに笑う。
私もつられて笑ってしまう。
昔からそうだった。
落ち込んでいても。
疲れていても。
美咲と話していると自然と元気になれる。
だから私はこの時間が好きだった。
教室へ向かう途中、美咲がふと私の顔を覗き込んだ。
「また見た?」
私は思わず足を止める。
「なんで分かったの?」
「だって分かるもん」
美咲は当然のように笑った。
「夢を見た日のひかりって、少しだけ寂しそうな顔してるんだよ」
その言葉に私は思わず黙り込んでしまう。
そんな顔をしているつもりはなかった。
でも。
美咲が言うなら本当にそうなのかもしれない。
昔からこの子は不思議なくらい私のことを見抜くのだ。
「また花畑だった?」
「うん」
「男の人もいた?」
「いた」
私は小さく頷いた。
すると美咲は少しだけ遠くを見るような顔をした。
「そっか」
それだけだった。
だけど、その表情がなぜか妙に印象に残る。
まるで美咲も何かを思い出しそうになっているように見えたから。
この時の私はまだ知らなかった。
あの夢が。
あの花畑が。
あの顔の見えない男の人が。
そして私と美咲の運命そのものが。
もうすぐ大きく動き出そうとしていることを。
どうでしたか?
なれない部分も多いですが、頑張っていきたいです!
第二話、楽しみにしていてください!




