第42話:賢者の帰郷と聖女
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これからも楽しんでいただけるよう、引き続き執筆していきますので、
どうぞよろしくお願いいたします。
エルディナ王国の使節団を追い返してから、数日が過ぎた。
ウルム村の広場では、子供たちが木の枝を剣代わりに、先日の戦いごっこに興じている。
「くらえ! バリスタ発射!」
「結界展開! 効かないもんね!」
無邪気な声が響く中、大人たちも畑仕事の手を休めては、口々に勝利を語り合い、その顔には自分たちの手で村を守り抜いた誇りと自信が満ち溢れていた。
だが、村の工房や研究室では、すでに次なる計画が、静かに、しかし熱く動き出していた。
「――やはり、この『マナ炉心』の製造が最大の難関ですな。寸分の狂いも許されない」
工房の奥深く。 賢者カインが、先日構想を発表したばかりの『スマートゴーレム』の設計図を広げ、唸っていた。 彼の周囲には、鍛冶師のドルガンと、細工仕事が得意なボルグが集まっている。 カインの目は、もはやただ古の知識を探究する賢者のものではない。自らの手で世界の理を書き換え、新たな時代を創造しようとする、革新者のそれだった。
「従来のような、魔術師が魔力を流し続ける方式ではありません。一度チャージした魔力を、このコアの中で循環・増幅させ、半永久的に動力を生み出す。そのためには、内部の回路を、髪の毛一本分の隙間すら許さぬ精度で調整する必要があります」
カインが指し示す複雑怪奇な構造図を見て、ドルガンは腕を組み、ニヤリと笑った。
「面白いじゃねえか。鉄を紙のように薄く延ばして、それを何層にも重ねるってんだろ?」
「はい。マスターの理論によれば、積層構造が魔力の漏出を最小限に抑える鍵となります」
「おう、任せておけ。アシュランの旦那と賢者様の夢物語を、この鉄で形にしてやるのが、俺の仕事だ。なあ、ボルグ!」
「ああ。この心臓部さえできちまえば、あとは俺たちの腕の見せ所だ」
ボルグもまた、力強く頷く。
彼らの間には、もはや「賢者と平民」という遠慮や気後れはない。同じ「ものづくり」に挑む職人として、対等な立場で未知の技術に挑む喜びを分かち合っていた。
◇
一方、エレノアの聖域――彼女が管理する薬草園と、それに併設された治療院もまた、新たな段階へと移行していた。
「いいですこと? 煮沸消毒の時間は、砂時計が完全に落ちきるまで。薬草を計る時は、この天秤が完全に水平になるように。一つ一つの工程を、正確に行うことが、薬の効果を最大限に引き出すのですわ」
彼女は、村の女性たちを集め、自らが確立した高効率の回復薬の量産体制を構築していた。
これまでポーション作りと言えば、「魔女が鍋で怪しげな液体を煮込む」といった感覚的で属人的な作業だった。
だがエレノアは、俺が教えた衛生学と化学の知識を徹底させ、誰でも安定した品質の薬を作れるような「レシピ」と「工程管理表」を作成し、それを辛抱強く教えている。
「これなら、私でも失敗せずに作れそうです、聖女様!」
「ええ。貴女たちの手で作った薬が、村のみんなを救うのです。これはとても尊い仕事ですのよ」
その姿は、ただ奇跡を起こす聖女ではなく、村全体の医療水準を底上げしようとする指導者のようだった。
そして、俺は。
そんな二人の天才からの報告を自室で受けながら、村全体の防衛計画を、羊皮紙の上で何度も練り直していた。
「ふむ……。バリスタの死角を補うには、もっと精密な自律型の防衛ユニットが必要だな」
彼らの能力を最大限に活かし、この村を、誰にも、何にも脅かされることのない、絶対的な安全地帯にする。
それこそが、俺が望む「快適なスローライフ」を守るための、最も効率的な方法だと結論づけていた。
その時だった。
ヒュオォォォッ!
窓の外から、風を切る鋭い音が聞こえた。
見上げると、ウルム村の上空を、一羽の鳥が旋回している。
全身が金属のような光沢を帯びた羽毛で覆われた、帝国の伝令鳥「アイアン・ファルコン」だ。
それは急降下すると、ちょうど中庭で休憩するために出てきたカインの肩に、器用に着地した。
「……む。帝国からか」
カインは、鳥の脚に結ばれた筒から羊皮紙を取り出し、素早く目を通した。
その表情が、スッと真面目な「賢者」のものに変わる。
「マスター。少し、お時間をいただけますか」
工房から戻ってきたカインが、俺の部屋のドアを叩いた。
その深刻なトーンに、俺はペンを置いた。
「どうした? 悪い知らせか?」
「いえ……。予想通りの反応、と言うべきでしょう」
カインは羊皮紙を俺に見せた。
そこには、皇帝ヴァレリアンの署名入りで、簡潔な命令が記されていた。
『エルディナ王国の動きを察知した。聖女エレノア、賢者カインは直ちに一時帰国し、詳細を報告せよ』
やはり、来たか。 王国の使節団が来た時点で、帝国の諜報網がそれを察知していないはずがない。 王国がウルム村を懐柔しようとした事実を知れば、帝国としても静観してはいられないのだろう。
「帰還命令、ですね」
「ああ。無視するわけにはいかないだろうな」
俺が言うと、ちょうどお茶を淹れに来たエレノアが、バッと顔を上げた。
「嫌ですわ!」
彼女は羊皮紙をひったくると、子供のように頬を膨らませた。
「帰りません! 絶対に帰りませんわ! わたくしはもう、帝国の聖女ではありません。ウルム村の住人であり、『衛生組合長』兼『実験庭園管理人』ですもの!」
「エレノア嬢、落ち着いてください。これは勅命です」
「勅命だろうと何だろうと、嫌なものは嫌です! 今戻ったら、リナちゃんの成長記録が途切れてしまいますし、何より、師匠の側を離れるなんて耐えられません!」
エレノアは俺の腕にしがみついた。
その力は、物理強化魔法を使っているのかと思うほど強い。
「……はぁ。困った人ですね」
カインは呆れたように嘆息し、眼鏡の位置を直した。
「ですが、二人とも命令を無視すれば、それこそ帝国軍が『お迎え』に来てしまいます。そうなれば、マスターのご迷惑になる」
「うっ……」
「それに、このまま放置しておけば、帝国は王国と同様に、この村を『脅威』あるいは『利用すべき資源』と見なして、強硬手段に出るかもしれません。それを防ぐには、誰かが陛下に直接説明し、釘を刺す必要があります」
カインは、静かに、しかし力強く言った。
「私が、行きます」
「カイン……」
「エレノア嬢の暴走を止めるため……というのは冗談ですが、私が一人で戻り、陛下に『この村の価値と不可侵』を認めさせてきます。この村が、帝国の管理下に置くよりも、独立した友好勢力として存在する方が、遥かに利益になるということを、論理的に証明して見せましょう」
彼の目には、揺るぎない自信と、俺への忠誠が宿っていた。
賢者カイン。
魔法の研究者としても一流だが、彼は帝国の官僚機構の中で生き抜いてきた政治家でもある。彼になら、任せられる。
「……分かった。頼めるか、カイン」
「お任せください、マスター。貴方が築き上げたこの楽園を、政治の道具になどさせはしません」
カインは恭しく一礼した。
「……分かりましたわ。カインがそこまで言うなら、今回は譲ります」
エレノアも、しぶしぶといった様子で腕を離した。
「その代わり、ちゃんと帰ってくるのですよ? 貴方がいないと、ゴーレム開発の魔力充填担当がいなくて困りますから」
「ふっ、私の代わりは務まらないと、そう素直に言えばいいものを」
カインは口元を緩めた。
◇
出発の朝。
村の広場には、カインを見送るために多くの村人が集まっていた。
彼はこの数ヶ月で、村の設備の改良や、子供たちの教育に多大な貢献をしてくれた。誰もが、この風変わりだが頼れる賢者を慕っていた。
「カイン様、これ、お弁当です!」
「新しい発明、楽しみにしてるぞ!」
村人たちからの声援に、カインは照れくさそうに手を振る。
俺は、用意しておいた革袋を彼に手渡した。
「カイン、これを持っていけ」
「これは?」
「お土産だ。皇帝陛下へのな」
中に入っているのは、この村で作った数々の「オーパーツ」だ。
不純物を極限まで取り除いた透明な板ガラス。
反射炉で精錬した、ミスリルに匹敵する強度の鋼鉄のナイフ。
そして、『マナ・エントロピー理論』を応用した、新型魔導回路の基礎論文。
「口で言うより、物を見せた方が早いだろう? この村と敵対するより、客として取引した方が得だと思わせるための材料だ」
カインは中身を確認し、ニヤリと笑った。
「……フフッ。これを見せれば、陛下の目の色が変わるのが目に浮かぶようです。最高の『交渉材料』をありがとうございます、マスター」
「無理はするなよ。ヤバそうなら、全部捨てて逃げてこい。帰る場所はここにある」
「ええ。必ず、すぐに戻ります。まだ『スマートゴーレム』の制御プログラムが完成していませんからね」
カインは軽やかに、便乗させてもらうことになった商隊の馬車に乗り込んだ。 御者が鞭を振るう。 馬車が動き出し、カインが遠ざかっていく。
「行ってらっしゃーい!」
「待ってるぞー!」
村人たちの声に見送られ、賢者は帝都へと旅立った。
それは、単なる報告のための帰還ではない。
ウルム村の未来を勝ち取るための、孤独な外交戦への出陣だった。
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