第43話:留守中の混乱と巨大南瓜
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カインが帝都へ向けて出発してから、数日が過ぎた。
彼が去った後のウルム村。
いつも工房で聞こえていた、彼とドルガンの熱い技術論議や、俺への鋭い質問攻めがなくなったことで、少しは静かになるかと思っていた。
だが、現実は逆だった。
「さあ皆さん! カインがいない分、わたくしたちが頑張らねばなりませんわ!」
朝の広場に、エレノアの張り切った声が響き渡る。
「おー! やるぞー!」
それに呼応するように、鍬やスコップを持ったトマスたち難民組が拳を突き上げる。 彼らはすっかり、エレノアのカリスマ性と、時折見せる「聖女パワー」に心酔していた。
「カインは理屈ばかり捏ねて、作業が遅いのが玉に瑕でしたもの。わたくしたちの手で、遅れている工期を一気に巻き返しますわよ!」
エレノアが、謎の使命感に燃えている。
彼女は、カインが担当していた工学系の仕事の一部を引き継ごうと、リナを巻き込んで村中を走り回っていた。
「家主様! 見て見て! ここの水路、私が根っこを伸ばして補強しておいたよ!」
実験庭園から戻ってきたリナが、泥だらけの笑顔で報告してくる。
彼女が指差す先、メインの水路を見ると、そこには通常の石積みではなく、太い木の根が網目のように絡み合い、水路の壁を形成していた。
「お、おう。すごいなリナ。……でもこれ、水漏れしないか?」
「大丈夫! 根っこが水を吸って、余分な分は葉っぱから蒸散させるから、湿度の調整も完璧だよ!」
「なるほど、植物による自動調湿機能付き水路か……。発想は面白いが……」
俺が感心していると、今度は工房の方から爆音が響いた。
ドォン!!
「きゃあぁぁっ!?」
悲鳴と共に、黒煙が上がる。
俺は慌てて駆けつけた。
「師匠! 申し訳ありません!」
そこには、煤だらけになったエレノアが、申し訳なさそうに縮こまっていた。
彼女の後ろには、配管がひしゃげ、蒸気を吹いている温室のマナ循環システムがあった。
「な、何をしたんだ?」
「温室の温度が少し低いようでしたので、マナ循環システムの出力を上げようとしましたの。カインがやっていたように、魔力を注入して……」
「まさか、全力で注ぎ込んだのか?」
「は、はい……。効率を最大化しようと思いまして……」
俺は頭を抱えた。
カインは、繊細な魔力操作で回路のバランスを取りながら、最適な出力を調整していたのだ。
それを、規格外の魔力量を持つ聖女が、力任せにブーストさせればどうなるか。
「パイプが圧力に耐えきれず破裂したんだ。……おいおい、出力が高すぎてパイプが鳴ってるぞ! バルブを閉めろ! 調整だ!」
「は、はいっ! 直しますわ! 『復元』!」
エレノアが聖魔法を発動すると、ひしゃげたパイプは一瞬で元通りになった。
だが、根本的な「制御」ができていないため、再び魔力を流せば同じことの繰り返しだ。
「違う、そうじゃない。物理的な強度が足りないんだ。魔力で無理やり解決するんじゃなくて、流体を制御するんだよ」
俺が説明するが、エレノアはキョトンとしている。
「流体……? よく分かりませんが、もっと強い魔力を込めれば、パイプ自体を強化できるのでは?」
「それは最終手段だ! ……ああもう、カインがいれば計算で最適解を出してくれるのに!」
俺は、不在の賢者のありがたみを痛感していた。
カインは、俺の理論と、この世界の魔法技術を繋ぐ、最高の翻訳者であり調整役だったのだ。
彼がいなくなった今、ここにあるのは「超感覚派の聖女」と「自然そのものの精霊」という、制御不能な二つの強大なエネルギーだけだ。
「家主様、こっちも見て! カボチャがすごいことになってる!」
リナに袖を引かれ、俺は実験庭園へと向かった。
そこには、目を疑うような光景が広がっていた。
「……なんだ、これは」
畑の真ん中に、小屋ほどもある巨大なオレンジ色の物体が鎮座していた。 カボチャだ。どう見てもカボチャだ。しかし、サイズがおかしい。馬車一台分はある。
「リナの聖樹パワーと、わたくしの調合した『特製栄養液』を与えましたら、すくすくと育ちまして!」
エレノアが得意げに胸を張る。
「育ちすぎだろ! これじゃあ収穫するのも一苦労だぞ!」
「大丈夫だよ家主様! 私が蔓を操って運ぶから!」
リナが手を振ると、太い蔓が生き物のようにうねり、巨大カボチャを持ち上げた。
ズシーン、という地響きと共に、カボチャが移動していく。
「あはは! すごいすごい! まるで緑の巨人ですわ!」
エレノアが手を叩いて喜んでいる。
周りの村人たちも、「おー、今年の収穫祭は派手になりそうだなぁ」と能天気に笑っている。
ダメだ。誰も止める奴がいない。
論理的なカインというブレーキ役を失った二人は、アクセル全開で暴走し始めていた。
物理法則と魔法の融合は素晴らしいが、制御を失えばそれはただの「混沌」だ。
「……あいつ、早く帰ってきてくれないかな」
俺は、実験庭園で巨大化しすぎたカボチャを前に、遠い帝都の空を見上げて呟いた。 カインが戻ってくるまで、あとどれくらいだろうか。 それまでに、この村が「ジャングル」や「魔境」と化していないことを祈るばかりだった。
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