4章39 万能聖女、宿星のダンジョンへ潜る11
「雪だるまだわ」
「雪だるまですね」
まさに雪だるま以外のなにものでもなかった。
『正しくは『ユキダルマン』ですね』
「そのまんまじゃない。というか、ここの魔物もそういう感じなのね」
山岳地帯や砂砂漠と同じ。雪の中に隠れ、近づくと襲ってくる。保護色になっているから見分けがつきづらい。
「にしても、顔がすごく雑いわね」
目は横棒が二本、真ん中に鼻の縦棒、そしてその下に口の横棒――以上。なんとも言えない脱力感があった。
せめて鼻を人参とか、目は丸にするとか、頭にバケツを乗せてあげるとかしてあげればいいのにと思わないでもない。
「まぁ、ユルカワっぽくてちょっと可愛いけれど」
「確かに」
このユキダルマン、面白いのが、中途半端にHPを削っていわゆるレッドゾーンまで減ると、上下の雪玉で分裂して、ゴロゴロと転がり、大きくなって再び合体するのだ。
ビッグユキダルマンになる――というか今なった。
とはいえ、言っても三メートルほど。それ以外の特徴としては、いやに硬い雪玉を飛ばしてくるのと、魔法に高い耐性を持つが、反面、物理にはやや弱い。
周囲からボコボコと出てくるユキダルマンたちを、何体かビッグユキダルマンにしてしまいつつも、順当に倒していった。
他には、白い体毛に覆われたゴリラ型の魔物『イエティ』に、同じく白い毛皮に覆われた熊型の魔物『スノーグリズリー』、白い羽毛に覆われ氷の羽根を飛ばしてくる『アイスバード』など、周囲も魔物たちも真っ白で、それでいて太陽が元気に輝いているので目がちかちかする。
それらに対応しつつ、さらに層を下っていき――二十八層。
なだらかな傾斜の先。雪の中からぴょこんと飛び出したのは――兎の耳だ。
小さな青い目をした真っ白な兎だが、一体だけではなかった。ぴょこん、ぴょこん、ぴょこんと、次々に雪の中から顔を出す。
「か、可愛いっ……!」
乃詠が歓喜の声を上げる。
ここが天国か。
『地獄ですよ、ノエ様。ちゃんとステータスを視てください』
「え?」
若干呆れた様子のナビィに言われたとおり、鑑定する。
種族名の欄には『アバランチラビット』と記されていた。
ちなみにランクはB+。
「アバランチ……雪崩?」
魔物の種族名、その冠の意味は重要だ。種族の特性を表している。
小さな兎は次々と数を増やし――軽く万は超えるだろう数のそれが、一個の群体となって、まさしく雪崩のように押し寄せたのだ。
「可愛いのに凶悪だわ!」
B+ランクなだけはある。
つくづく、可愛いだけの魔物はいないのだと痛感した。
規模は普通の雪崩よりも小さいだろうし、乃詠は雪崩にあったことがないので実際にはわからないが、その恐ろしさだけは知っている。疑似的なものであっても、それは変わらないだろう。
ちなみに、個体に数分、触れ続けていると『凍傷』の状態異常となる。呑まれて埋もれたら、ものの十分ほどで体内まで凍って死んでしまうのだ。
そしてアバランチラビットの最も面倒なところは、仮に回避できたとしても、そのまま追ってくるところだ。
雪崩みたいではあっても、厳然たる生物なので。
(あ、カイさんは大丈夫だったかしら)
一度、バリアで見送ったアバランチラビットが後方へと通り抜けて行くのを横目に、乃詠は隠密行動中のカイを心配する。
『大丈夫でしょう。あの人、見かけによらずかなりの実力者ですよ』
『存在が薄いって、戦闘では相当なアドバンテージだものね』
そのカイは、とっさに雪の中に身を隠し、息を潜めているあいだにアバランチラビットがその上を通過、Uターンし戻っていった。
(上位魔物にもまったく気づかれない……いやまぁ、今は全力で雪と同化してたしな……。それよりも、いまノエさんが、俺の心配をしてくれた気がする)
なんだか彼が、ちょっと気持ち悪いほうへといきつつある気がするが……まぁ、閑話休題。
アバランチラビットの対処には魔導騎士の範囲魔法、もしくは高威力のスキルなんかが有効だ。
避ける、またはバリアで防ぎつつ、真正面から一斉に撃ち込んで群体を削る、もしくは個々がバラけ、孤立したところを前衛陣が端から狩っていく。
また次の層――二十九層では、猛吹雪を起こす『ジャックフロスト』という半分精霊の魔物がいた。
本体を倒さない限り吹雪が収まることはないのだが、ホワイトアウトした視界の中で見つけるのは難しい。視界を塞がれるだけでなく、魔力や気配も乱されてしまうので、なおのこと困難なのだった。
とはいえ、乃詠の高レベルの〈気配感知〉と、新たに獲得した〈魔力感知〉のコンボから隠れることはジャックフロストにも不可能で。
そうして二十九層、三十層とルートに沿って進み――雪山を登りきった終着点には、氷の洞窟が冴え冴えと口を開けていたのだった。
◇◇◇
「ノゥ、なの……!」
宿星はガクリと膝を折って項垂れる。
環境の変化も面倒な魔物もものともせず、ことごとく突破されてしまった。
多少の時間稼ぎにはなったものの、それでも、最下層までたったの数日だ。
そんなスピード攻略など想定していない。誰が想定できるものか。
「もうダンジョンボスなの……!」
頭を抱え、唸り――顔を上げる。
「ちょっと厳しいけど、もうここしかないのっ……!」
ここまできてしまったら、やれることは一つしかない。宿星としても、これが最後の足掻き。
使える魔力ギリギリでなんとか創造できた。もうこれ以上は作れないが、これで駄目なら終わりなのだ。
出し惜しみなんてしている場合じゃない。
その必要も、もはやない。
「目にもの見せてやるのっ! それで、お願いだから、いいかげん諦めて、そのまま帰ってくれ、なのぉっ……!」
最後には切実な懇願が、コアルーム内に響き渡った。
◇◇◇
「いよいよ、この奥にダンジョンボスがいるんだな」
「えぇ」
どこか感慨のこもったヴィンスの呟きに乃詠が答える。
〈マップ〉によれば、この洞窟の先が大きな空間になっている。そこがボス部屋なのだろう。
「けっこうかかったなぁ。まぁ楽しかったからいいけど」
「バカ言うにゃん。むしろ早すぎるにゃん。ニャーたちだけだったら、何べん死んでるかわからんにゃん。それを楽しいと言えるおまえの神経がわからんにゃん」
「そうか? そっか、そうだな!」
「……おまえ、ちょっとは考えてからもの言うにゃん」
はぁー、と重たげなため息を吐くアビーだが、ウルグの興味はもう氷の洞窟へと移っている。本能で生きている感じだ。
「こんな短期間でここまで来れたのは、ノエさんたちのおかげだ。本当にありがとう」
ヴィンスが綺麗な角度で腰を折る。
相変わらず、彼は彼で生真面目だ。
「まだお礼を言うには早いわよ。ダンジョンボスが残っているし、本命はその先なのだから」
「そうだな。リシェルを救い出したら、あらためて礼をさせてくれ」
最後となるだろう休憩を取り、体力気力魔力を万全に回復させてから、一行は氷結洞窟へと足を踏み入れる。
壁面は青い氷に覆われ、きらきらと光を瞬かせているさまは幻想的だ。しかし天井にはびっしりと氷柱が垂れ下がり、一本一本が太いそれらの先端は恐ろしく尖っていて――どうにも嫌な予感をかき立てた。
「これ、普通に怖いな。地震でも起こったら一斉に降ってくるんじゃ――」
地震が起きた。洞窟全体が鳴動し、そして氷柱が一斉に降ってきた。
「見事なフラグ建築と回収速度だわ!」
「褒められてもまったく嬉しくない!」
乃詠の結界でことなきを得たのだが……結界があるとわかっていても、下から見上げる外の光景は、とても恐ろしいものだった。
『本来の仕掛けなのか、はたまた宿星の最後の足掻きなのか』
「後者じゃないですか? いくらなんでも殺意高すぎですし」
ギウスの意見はもっともだ。たとえ防げたとしても、ダンジョンボス直前にこんなに疲弊させるのは、仕様としては鬼畜の部類だろう。
そうして氷柱の落下に対処しながらまっすぐな道を進んでいくと、やがて円形の大きな空間に出た。
ここが終点だ。中央に、二体の魔物が待ち構えている。
「あれは『アイスフェンリル』――Aランクです」
鑑定結果を告げるルーミーの声には、隠しようもない緊張がにじんでいた。
アイスフェンリルは、賢狼と名高いSランク魔物『フェンリル』の下位種だ。
総称はレッサーフェンリルで、フレイム・アクア・ウインド・アースの四属性の特性を持った種が、さらに下のB+ランク。
レッサーフェンリルの中で、このアイスフェンリルと『サンダーフェンリル』だけがAランクに属している。
体長は二メートルほどと、そこまで大きくはない。
純白の毛並みはさらりと艶やかで、水色の双眸はまさに氷のよう。全体的な造作も非常に美しく、つい魔物であることを忘れて魅入ってしまいそうだ。
乃詠なんかはすっかり魅了されており、頬を染め、目をきらきらと輝かせて、そわそわと落ち着きのない様子を見せている。