4章37 万能聖女、宿星のダンジョンへ潜る9
二十一層へ下り立った途端、猛烈な暑気が一行を襲った。
今度は一面、砂の世界だ。空では太陽がギラギラと輝いている。
「うわっ、あっつ!! オレっち暑いのマジダメだ! おいルーミー、遮熱マントくれ! あと『冷涼薬』!!」
そう、ルーミーに泣きついていったのは、アビー以外でもう一人の獣人――狼人のウルグ・ランシエだ。
彼がどんな人かと騎士隊の面々に問えば、皆が口をそろえて『愛すべきバカ』と言う、そんな人物である。戦闘力は高いのだが、いわゆる典型的な脳筋だ。
「ヴィンス副長、いいですか?」
「あぁ。両方を全員に配ってくれ」
「わかりました」
「副長、オレっち二本! いや三本くれ!」
「いつも言ってるが、一度に三本飲んだからって効力は変わらないぞ」
「あれ? そうだっけ?」
ちなみに、遮熱マントは水棲の魔物『ウーシュカ』の皮で作られていて、うっすらと張られた水の膜が熱を吸収、浸透を防ぐというもの。
その分の体感温度は下がるが、劇的に涼しくなるわけではない。
そこを補うのが『冷涼薬』だ。これは服用すると一定時間、体内から全身を冷やしてくれる。
ただし、暑くないところで飲むと逆に凍えてしまう恐れがあるので、飲む場面には気をつけなければならない。そのあたりは個人差もある。
なお、ヴィンスの言ったとおり、たくさん飲めばそのぶん冷えるというわけではない。ただ無駄になるだけ――と毎度、ウルグには説明している。
彼は狼の獣人だが、鳥頭なのだ。
「ノエさんたちは」
「私たちは平気よ」
「防具がある程度、調整してくれますからね」
そう、乃詠たちの装備している神創防具は、デフォルトで環境に適応するようになっているのだ。特殊効果ではないらしい。
実際の外気温は三十度強あるが、乃詠たちの体感では二十五、六度くらい。少し暑いなと思うくらいだから、このままでも支障はない。
「うらやましいにゃん」
皆が乃詠たちに羨望の眼差しを向けていた。
「なぁ副長! 今度は別の封印と試練のダンジョンの攻略しようぜ! で、オレっちたちも神創武装ゲットしよーぜ!」
「俺たちは、攻略部隊である以前に辺境伯様に仕える騎士だ。無理に決まっているだろう」
「あ、そーだった。ちぇーっ」
「そのやり取りも何度目だにゃん」
呆れるアビー。
確かに似たようなやり取りを、これまで幾度となくしている。だがヴィンスは、毎度、嫌な顔一つせず律儀に答えるのだ。器がでかい。
とはいえ、そんな鳥頭で単細胞的バカなウルグが、それでも皆に愛されているのは、裏表がなく素直ないい奴だから。どうにも憎めないキャラクターなのだ。
短い付き合いではあるものの、乃詠としてもわかる気がした。
「それにしても、準備がいいのね」
ただのマントくらいならわかるのだが、環境に応じた装備とアイテムを、彼らはきっちり準備してきているのだ。
「ノエにゃんは、『邪毒竜の森』以外のダンジョンは初めてにゃん?」
「えぇ」
アビーいわく、ダンジョンには、わりとこういった極端な環境のフロアがあるらしい。
だから、未知のダンジョンへ潜る際には、何があってもいいように幅広い備えをするのが基本だとのこと。
あくまでマジックバッグやスキルなど、大容量の収納があればこそできる備えではあるが。
ともあれ、暑さ対策を万全にして、一行は攻略を再開する。
「――まさしく、砂の海ね」
「景色として見るなら、感動的なのですけどね」
いっさいの勾配のない、砂浜のような砂漠なのだ。遠く、小さく波打つような動きがあるところが、余計に砂でできた大海原のように見える。
そんな見通しのよすぎる景観だが、そこに魔物の姿は見受けられない。
ここはまだダンジョン内だというのに、ただただ砂に覆われた地面が広がるばかりだった。
けれど――いる。気配自体はあるし、乃詠の〈マップ〉を見ても、生体反応を示す光点がたくさんあるのだ。
「となれば、考えられるのは一つ」
「うにゃん。――砂の中にゃん」
とそれを契機としたように、一部で間欠泉のように砂が吹き上がる。
現れたのは――巨大なミミズに似た魔物『サンドワーム』だ。
頭部にあたる先端がヤツメウナギのような丸い口になっていて、その大きな口で獲物を丸呑みにする。
周囲からも次々とサンドワームが現れ、騎士隊も乃詠ファミリーも各々、対応していく。
前衛が切り込み、後衛が補助をする。いつもと同じ連携。
だが――敵さんは砂中を移動している。すなわち、このフロア内であれば、出てくる先を自由に選べるということだ。
後衛が直接、狙われない道理はなく。地上では妨害があって難しくとも、砂中であればやすやすと前衛を抜けられる。
「っ――!?」
寸前で乃詠が注意を促すも、運動能力の低いルーミーが逃げ遅れ、吹き上がる砂と一緒にその身が宙へと放り出される。
その下で口を開け、待ち受けるサンドワーム。
けれども次の瞬間、その長い胴体は半分に両断されていた。
それをなしたのは、刀を鞘に戻した格好で残心しているリオンだ。
そしてルーミーを助けた乃詠は、彼女を横抱きにかかえ、〈空踏〉を使いながらふわりと着地する。
「あ、ありがとうございました……」
「どういたしまして。怪我はないかしら?」
「はい。大丈夫です」
「よかった」
ルーミーの顔は少し赤かった。
お姫さま抱っこのせいだろう。
他方でも、騎士がサンドワームに飲み込まれ、即座に仲間がその腹を切り裂いて救出する――という場面がちょいちょい見受けられた。
そして乃詠ファミリーサイドでも、ギウスがうっかり食われてしまったのだが、ヒャッハー状態の彼はすぐに自力で腹を爆破して出てきていた。
「どうだぁ〝爆裂弾〟の味はッ!! ッてもう死んじまってるんじゃあ味なんかわかんねぇよなぁッ、ヒャッハハハハハハ――!!」
ちなみに、ギウスのヒャッハーモード、もとい戦闘モードを初めて見た騎士たちは、彼のその豹変ぶりにぎょっとしていた。さもありなん。
当然というべきか、砂の中に潜んでいるのはサンドワームだけではなかった。
砂海をさらに海っぽくする砂漠鮫『デザートシャーク』に砂漠魚『デザートフィッシュ』。
サンドワーム同様ジャンルは異なるが、名前そのまま『スナガニ』、イソギンチャクのような『デザートフラワー』――これは基本、本体は砂の中にいて、触手のみを外に出し獲物を捕らえる。薄い本に出てきそうな魔物だ。
その環境や特性もあいまって、非常に面倒である。
おまけに、やっぱり魔物による妨害も続いているのだ。
魔物の個々の強さはランク相応に大したことはないのに、やたらと苦労させられながら砂海を越えて――二十二層へ。
こちらも砂砂漠のフロアだが、今度は砂丘が連なっている。
ただでさえ砂地は歩きにくいのに、上ったり下りたりと傾斜ばかりなので、一面が平らだった砂海より辛い環境だ。
そして魔物も厭らしい。
「わ、わわっ……!? なんスかこれ!?」
砂丘の頂を歩いていたアークが、ちょっと足を踏み外したのだが――彼なら即座にバランスを取って何事もなく済むはずが、斜面を滑っていくのだ。どころか、どんどん足が砂の中に呑み込まれていって、抜け出せないようだった。
見れば、いつの間にかそこはすり鉢状になっていて、彼の滑り落ちていく先、中心部に何かがいる。
『あれはD+ランクの『アリジゴク』ですね。一度足を取られてしまえば、自力で抜け出すことは困難です』
「なるほど」
そのまま中心まで呑まれていっても、彼なら問題なく倒せそうだが――足場が足場とあって、不安がないわけではないので救出することに。
「――『ルクスチェイン』」
〈光魔法〉による光の鎖を射出、アークの体に巻き付けて一気に引き上げる。
「助かったっス、姐さん……砂に呑まれる感覚って、けっこう怖いっスね」
これに似たような魔物がもう一種――『デザートアント』だ。
砂の中に迷路のような巣を作る蟻型の魔物なのだが、その砂中に張り巡らせた巣穴のどこかに地上への穴をあけ、流砂を起こし、落とし穴のように標的を落として襲うのである。
他方では、やはり普段は砂の中に潜んでいて、近づいた途端にわらわらと出てくる『サンドスコーピオン』。小さいが、それゆえにすばしっこく、しっぽの先端には軽い麻痺毒を持つ。
または、砂の人形『サンドドール』――ゴーレムに近いのだが、弱点である刻印はない。殴ろうが斬ろうが、即座に修復されてしまう。
「人形を作り操っている本体が近くにいるはずです。それを倒せば砂に還りますので、狙うならそっちを。水や氷は有効ですが、また別の砂を使って作ってきますのであまり意味はありません。周囲は砂しかないですから」
とのルーミーの的確な説明により、砂の中にいた、まったく可愛くないがフェネックのような本体を倒し、人形は砂へと還っていった。