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万能聖女がチートすぎる!  作者: 空木るが
2部 愛の騎士と星に巣食うモノ
68/105

2章13 万能聖女、城塞都市に入る3

 


「とにかく、首を折られたくなければ、真面目に職務をこなしてください」

(首を……? このかっこかわいいウサ耳お姉さんが?)

「相変わらずおっかないなぁ、〝首折り兎〟さんは」

(お姉さんの二つ名かしら……うちのお姫様は切るけど、お姉さんは折るのね)


 ソアラは、武器の扱いよりも足技に長けていた。

 獣人種は基本的に身体能力に優れている種族だが、兎人は脚力に優れている。基本は跳躍や走りだが、ソアラは装備しているマジックブーツの特殊効果――『重量操作』により、蹴撃の重さも加わる。


 魔物でも人でも、急所たる首を狙って骨を折り砕くことから〝首折り兎〟の二つ名がつき、恐れられているのだ。純粋に強いのもあるが、クールな美人で近寄りがたい空気を纏っているのもある。

 男性のほうが圧倒的に多い衛兵隊の中でも、彼女は高嶺の花的な存在――だったのだが、少し前からイザークと恋仲になった。


 そんなウサ耳クールビューティーお姉さんが、乃詠と向き合って頭を下げる。


「うちの万年発情エルフが大変失礼しました。のちほどちゃんと折っておくので」

「あ、いえ。お気になさらず。折ったら死んじゃいますし」

「え? 万年発情してるのってむしろ兎のほうなんじゃ」


 背後――音もなく、グリーブに包まれたしなやかな脚が美しい弧を描く。

 次の瞬間、イザークは顔面から地面にめり込んでいた。


「ワタシはコレの上司で、中隊長のソアラ・オーベルトと申します。もし今後、この節操なしエルフがご迷惑をかけることがあれば言ってください。ワタシが責任を持って折りますので」


 と言いながらウサ耳お姉さん――ソアラが視線を向けた先は、首ではなく。

 それは恋人のあなたも困るんじゃ、と思ったが口にはしなかった。


 ややあって、


「――あらためて、領都デルクリューゲンへようこそ」


 顔面を土まみれにして、頭と鼻からだらだらと血を流したイケメンエルフが、キラキラしい笑顔を浮かべている。


(こわっ)


 普通にホラーだった。


「じゃあ、身分証を確認させてもらえるかな?」


 町に入るには、身分証――住民証か、冒険者および商業ギルドの登録証が必要だとは、ナビィからあらかじめ聞いていた。


 住民証は国民であることの証で、国民として登録された人間であれば、各町村の代表が管理し税を納めているため、どの町にも出入りは自由。


 冒険者ギルドも商業ギルドも、国をまたいで存在する組織だ。

 冒険者は魔物を倒すことで民を魔物の脅威から守り、またそのドロップ品で人々の生活を豊かにしている。

 また商人は、さまざまな品をさまざまな場所へと流していく――よって両ギルドに属する者は、町の出入りに制限がない。

 国家間における物品の関税は別だが、少なくとも本人の通行はタダだ。


 けれども乃詠は、そのどちらも持っていない。


「すみません。身分証は持ってないんです」

「あ、身分証ないんだ。なら、一人1000オルカだよ」


 そして同時に無一文でもある。

 だが、そのあたりも事前にナビィさんに確認済みだ。


「現金の手持ちもないのですが、ドロップアイテムでの支払いは可能ですか?」

「うん。それでも問題ないよ。相場にはなるけど」

「構いません。それでお願いします」

「じゃあ、四人だから4000オルカ分ね」


 乃詠は人の形を取った魔物――コウガとファル、傍目には人にしか見えないリオンを連れている。

 ナビィの話では従魔の分は取られないだろうとのことだったが。


「従魔の分も必要ですか?」

「え? いや、従魔の分は必要ないけど……」

「なら、私一人分だけですね。この三人は、私の従魔なので」

「……は? 従魔? ――魔物っ!? 彼らがっ!?」


 その声はやおら響き、様子をうかがっている他の兵士や、あとに並んでいた者たちがざわめく。


「はい。テイムの印もこのとおり」


 彼らの首を指し示すと、それでようやく気付いたらしい。


「……ちょ、ちょっと待って。〈人化〉や〈変化〉のスキルを持つのは、上位の魔物だけだと言われてるけど……そういうこと、なのか?」

「まぁ、こっちの二人はそうですね」


 コウガとファルを指し示す乃詠――瞬間、イザークから今までの軽薄さが消え、兵士の顔になる。同時に、その手が腰に吊った剣の柄へと触れた。


 他の兵士たちも警戒した様子で身構え、列の後ろに並んでいた人々もざざーっと大きく距離を取った。


 テイマー自体、さして数は多くない。そのうえ、上位魔物――B+ランク以上の魔物をテイムしているテイマーなど、存在としては伝説の類いだというのが一般の認識なのだった。


 なにせ、上位魔物ともなれば、その一体で村の一つくらいなら容易く壊滅させられるだけの力を持っているのだ。そんな恐ろしい存在、いくらスキルがあるといってもそうそうテイムできやしない。


 ゆえに従魔だとわかっていても、彼らは反射的に警戒態勢に入ってしまった。この町に住む人々を外敵から守るのが、彼ら衛兵の仕事なのだから。


 そんな一触即発みたいな空気に――コウガとファルが、気だるそうにしつつも乃詠を守るようにして前に出る。

 殺気でこそなくとも、それを極限まで希釈したような気配を放ちながら。


「なんかよくわかんねーけど、やるってんなら容赦はしねーぞ」

「……ノエに剣を向けるなら、敵とみなす」


 緊迫した空気が場に張り詰める――が、


「やめなさい二人とも!」

「何をしているんですか、馬鹿エルフ」


 焦った声と冷淡な声が重なる。

 乃詠がコウガとファルの腕を掴んで諌め、ソアラがイザークの頭に踵落としを見舞ったあとで、周囲の兵士らを鋭く一瞥。


 すると各々が臨戦態勢を解き、同時に張り詰めていた緊迫感も解ける。

 遠巻きにしている入市待ちの人々のほうから、短く息を吐く音がいくつも聞こえた。


「すみません、部下がまた大変な失礼を」

「いえ、こちらこそすみません。うちの従魔たち、ちょっと血の気が多くて」

「……ちょっと?」


 踵を落とされた頭をさすりながら、イザークが胡乱げに疑問符を浮かべる。

 線の細いエルフだが、意外に頑丈だ。


「でも、ちゃんとスキルでテイムされていますから、大丈夫ですよ」

「……大丈夫?」


 イザークだけでなく、周りの衛兵さんたちも疑わしげな眼差しだ。

 さもありなん。コウガとファルの発言を聞いて安心などできようはずもない。


「先に敵対的な行為を取ったのはこちらです。主人を守ろうとするのは、従魔として当然のことでしょう」

「……そう、だね。こっちこそごめんね、ノエさん。目の前にいるのが上位魔物だと知って、反射的に身構えちゃったんだ」

「いえ、こちらも悪かったので。それで、従魔たちのお金についてですが」

「あぁ、そうだった。いや、主人である君の分だけで大丈夫。というか、それを知らないってことは、従魔登録もしてないんだよね?」

「従魔には登録がいるんですか」


 それはナビィ情報になかったことだ。


「町の中で『従魔空間』から出しておきたいなら必須だよ。ずっと入れておくなら任意だけどね。冒険者ギルドに行けば簡単に登録できるから。あ、登録料がかかるからそこだけ気をつけて」


 登録はギルドが把握していることの証。従魔関係で何かトラブルがあったときには間に入ってくれるという。といっても、全面的に主人の味方をするというわけではないが。


「それじゃあ、このまま町へ入るわけにはいかないですよね」

「まぁ、そうなるんだけど……」


 要するに、従魔登録をするまでは、コウガたちを外に出して連れ歩いてはいけないということで――しかし。


「そりゃできねぇ相談だ」

「……ん。ムリ」


 リオンはともかく、コウガとファルは『従魔空間』に入ることを断固拒否。

 困ったように眉を下げる乃詠がイザークを見れば、彼は「まぁそうだろうね」とばかりの苦笑。

 それからソアラへ視線を向けると、上司はすぐにその意を汲んで顎を引く。


「いいよ。俺たちが把握してるから、このあとすぐに登録に行けるというなら、一時的な許可証を出してあげる」

「すみません、ありがとうございます」


 融通の利く衛兵さんでよかった。


「――はい。これで手続きは完了ね」

「どうも、お手数をおかけしました」

「気にしないで。ここで会ったのも何かの縁ってことで、困ったことがあれば気軽に声かけてね。門番は持ち回りだけど、大抵は町の中で見回りしてるから」

「はい。ありがとうございます」

「あと、食事やデートのお誘いも、いつでも受け付け――」


 再び地面へと沈められるイケメンエルフ。


「いい加減にしてください、尻軽エルフ。……あまり彼らを刺激しないで」

「……ずみばぜん」


 そうしてなんやかやありつつも、乃詠たちは無事に門をくぐり、町の中へと足を踏み入れるのだった。



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