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後編




執務室に沈痛な空気が漂う。

先ほど入った驚愕な報告に誰もが頭を悩ませていた。


「つまり、なんだ……あのアホが夜な夜な悪戯をしていたと?」


「はい。報告によればそのようです」


ハッキリ、淀みなく言い切る伝令は口元に小皺がある一人の男に頷いた。

豪華な装飾のされた執務机の上には決済を待つ書類が今か今かと待機している。

美しいビロードのマントを椅子に掛けその地位たる証である王冠を脱ぎ、男は静かに膝をついた。

周りが騒然とするのも無視して魂すら抜かれ呆然とする男へと潔く頭を下げた。


「申し訳ありませんでしたぁぁぁ!!」


「へ、陛下ぁぁぁあああ!!」


「なにを為さっておいでですか!」


「お止めください!ハウザー卿も意識なくしてないで陛下を止めてぇ!」


男の、この国の最高責任者であるマジェスタ国王は止めさせようとする補佐官や大臣の手を払う。

この時、この場で、マジェスタ国王は王ではなく一人の父親として息子の不始末を詫びているのだ。

それを邪魔されては困る。


「うちの息子がほんとーうに申し訳ない。婚約はしているとは言え未婚の女性に無体を働く非道な行いをするとは、親として誠に申し訳なく思っている」


「…………テレジアーナが懐妊、赤ん坊、妊娠、乳児、私の孫……」


「陛下、侯爵。ご令嬢はまだ生娘です」


「え!?」


二人のやり取りを見ていた伝令の兵が今度もキッパリと新しい情報を口にした。


「生娘?本当か!では子どもはできてーー」


「妊娠は本当です。なんでも診察した医師によりますと、殿下が夜に行っていた悪戯行為の中、迸る熱い情熱が放たれたことで生きの良い奴等が未開通の道を泳いで秘められし楽園へ到達したとか……」


なんつう説明だ。

言葉をなくす大臣たちと国王は赤髪のどら猫を思い浮かべて頭痛すら覚える。

王族として王子として優秀な少年だったが拗らせてはいけない方へ拗らせたらしい。


「つまり、処女妊娠……」


誰が呟いたか。

その言葉にまた沈黙が落ちた。

侯爵の顔色はもはや白く、ふらふらと体が揺れ今にも倒れそうだ。


「侯爵、気をしっかり!」


「……ふ、ふふ。…………ふははは!!」


突如笑いだした侯爵に誰もが驚き、気が触れたのかと固唾をのむ。

しかし、国王だけは冷や汗を大量にかき青ざめていた。

まずい、これは非常にまずい。

侯爵は国王が国王となる前からの友人だった。

それ故に彼の気性も知っている。

誰よりも間近で見てきたからわかる。

これは、まずいのだとーー。


「あんのクソ餓鬼ゃぁぁああ!!今度と言う今度こそ骨身に染みるまでぶん殴ってやる!いや、俺の剣の錆びにしてやらぁぁ!!」


「こ、侯爵がご乱心あそばれた!」


「止めろ!侯爵を止めろぉぉ!」


「殺しちゃダメです侯爵!あれでも王子だから!王族だからぁぁぁ!」


怒りで燃え上がった侯爵に数人の男たちが抱きつき押さえ込もうとするが止まらない。


「人が仕事で缶詰めになってるつうのにあんの色ボケ童貞がぁぁぁ!!」


「仕方ないよ!だって十代だもの!」


「妄想が弾けちゃうお年頃だもの!」


「性欲が暴走しちゃう時期だもの!」


「はっ倒すぞ貴様らっ!!」


カッと、怒れる侯爵の睨みに口をつぐむ。

普段は温厚なぶん、キレると恐ろしく怖い侯爵に国王は頭を抱えて自分の息子を思った。


(なにしてくれてんのアイツぅぅぅ!!)





「顔も見たくないと言ってるのだけど?」


「俺と君の子がそこにいるんだ、絶対に離れないよ」


甲斐甲斐しく私の世話をしようとするライオネルに再三告げている言葉を口にする。

なのに、彼は爽やかな笑顔ひとつで聞き流しこの場に留まっていた。


「テレジアーナ、何度も言うけど俺は君が好きなんだよ……」


「そう、それは良かったわね。私は貴方を好きじゃないわ。……帰れ」


「照れ隠しな所は相変わらすだね。……絶対に嫌だ」


流れる沈黙。

睨み合う私とライオネル。

それを見守る使用人たち。

私たちはきっと子どもの時から成長していない気がする。


「私の大切なヌイグルミを隠した時みたいに許してあげないわよ」


「あのときだって、君は俺よりヌイグルミばっかり構って俺を無視してたじゃないか」


「次元が違うのよライオネル。子どもよ?結婚もしてないのに子どもがいるのよ?」


「嬉しいことだねテレジアーナ。俺たちの愛の結晶だ、結婚は安定期入ったらすぐにでも執り行うよ」


話の通じなさに頭が痛くなる。

へらへら笑う顔に腹が立ってその頬を思いっきり引っ張ってやった。

こんなことで反省も後悔もしないことはわかっているけど。


「私が貴方に冷たくした理由は言わなくてもわかるでしょう……」


「マリアのこと?あれは俺から接触はしてないよ、面白い話をするから暇潰しに聞いていただけ……もしかして、嫉妬した?」


「……私が他の男性と仲良さげに中庭のベンチで話し合っていたらどう思うの?」


「相手を殺して君を城の俺の部屋に監禁するかな」


どう思うか聞いたのに……。

もっと柔らかい言葉を聞けると思っていたが逆に恐ろしいことを言われた。

部屋の中の空気もひんやりとして、使用人たちの顔も青くなっている。


「……私、絶対に男性と二人っきりにはならないわ」


「そうしてくれると嬉しいな」


宣言通り、城の奥で彼の部屋に監禁される光景がありありと想像できた。

そんな未来はごめん被る。

なによりライオネルの凶行の餌食になる男性を出してはいけない。


「私のなにがそんなに良いのかしら……」


私のなにがライオネルをそこまで執着させているのか、まったく理解出来ない。

ライオネルとの付き合いは私が五歳のときからになる。

父に連れられて登城した私はこの国の王子であるライオネルの遊び相手に選ばれたことから始まった。


あの頃はまだ私の世界は狭く家族と使用人たちだけで構成されていた。

ハウザー家のお姫さまだった私は物語りみたいな大きなお城を見たとき、きっと素敵な王子様があそこにいるんだわ。

そう、思って胸を高鳴らせていた。


(その素敵な王子様(・・・・・)がこんな人だったなんて、昔の私に教えてあげたいわ近づかない方が良いって)


林檎を磨りおろそうとしているライオネルを一瞥しため息をつく。


ライオネルと顔を合わせたのは父の仕事場でだった。

遊び相手に選ばれたのに何故仕事場?と思うだろうが父が自分の目が届く範囲でしか許可を出さなかったからと聞いてる。

私が父の膝の上で仕事風景を見学しているとノックもなしに男の人がたくさんの人を従えて入ってきた。

それがこの国の国王、マジェスタ陛下だった。

陛下の足元には小さな少年が一人、当時のライオネルが私を見上げていた。


「その子がそなたの一人娘か……」


「えぇ。可愛い一人娘です、マジェスタ陛下」


不敬にも立ち上がらず話す父に陛下は咎めることもなく私のところへ歩いていらした。

同時にライオネルも一緒に近寄って来る。

私の視線はライオネルでなく立派な王冠とビロードのマントを羽織る陛下にくぎ付けだった。


「初めましてお嬢さん。私はカイレムと言う親しみを込めておじ様と呼んでくれ」


「……おじ様?」


「うむうむ。おじ様だよぉ」


「威厳を地の底にまで叩き落としたくなければそのだらしない顔はお止めください陛下。イライラします」


辛辣なことを言う父に陛下が少し怯んだが気を取り直して私に笑いかける。


「君に会わせたい子がいるんだ。ライオネル……」


「はい、お父様。初めましてテレジアーナ嬢、僕はライオネルと申します。これからよろしくお願いしますね」


にっこり笑って私に手を伸ばすライオネルに机の上に着いていた自分の手を差し出す。

父の膝の上からだったので高さが邪魔して上手く手が繋げない。

だから私は体をずらして屈むように上半身を下げた。

そうして手が触れあい、達成感を味わった私は満面の笑みでライオネルを見た。

目線も近くなったことでライオネルの金の瞳が間近にあった。


「……テレジアーナです」


金の瞳が光に反射してキラキラ輝くのが綺麗で魅とれてしまう。


「綺麗ね、ライオネル。とっても綺麗な瞳だわ」


「……ありがとうテレジアーナ」


相手が王族だからとか許可なく呼び捨てにしてはいけないとか、世界が狭かった私は思い付きもせずライオネルの名前を口にしていた。

ぎゅ、と手が握りこまれその強さに気を取られていると唇に柔かな感触が訪れる。

驚いて目を見開く私の視界はぶれていて分かりづらかったが金の瞳が煌めいていた。


「ら、ライオネルぅぅ!お前はなにをしちゃってるの!」


「……このクソ餓鬼」


「待て、落ち着けアイザック!まだ子どもだから、なにもわかっていない子どもだから!」


陛下の懇願にも近い悲鳴と父の怒りを押し込めた声をBGMに私は目の前の少年から視線を外せなかった。



(そしてこれが私のファーストキスの思い出でもあるのよね)


怒る父を宥めた陛下からお詫びの品を頂いて遊び相手の話はなくなったと思ったのだが。

その日からライオネルが私の側にいるようになり、気がつけば婚約者の地位になっていた。


(最初の出会いが微笑ましいだけになんだか残念すぎるわ……)


磨りおろし林檎にハチミツをたっぷりたらしたものをスプーンですくいとる。

ライオネルが作った磨りおろし林檎を食べながら今度は紅茶を淹れている彼を眺める。


「どうかした?テレジアーナ」


やっぱり、理由が思い付かない。


「お父様にぶん殴られて寝込めば良いのに……」


「侯爵には殴られる覚悟は出来てるよ。夜来れるように余分に仕事割り振ってたわけだし」


「それ、お父様に言ったら殺されるわよ」


お屋敷に帰れないとお母様にお詫びの手紙と花束を送っていたお父様、真実を知れば絶対に許してくれないわね。

生真面目で通っているお父様だけど家族愛が深い、国を代表する愛妻家だ。


「大丈夫、テレジアーナとその子を置いて死にはしない」


「キメ顔でなに言ってるの、ときめかないわよ」


「どんな時でも冷静に返す君が好きだよ」


ライオネルが淹れたての紅茶を持ってベッドの側に置かれた椅子に座る。


「……テレジアーナ、君は優しい人だ」


「またその話?もういいわよ。わかってるわ、私は貴方の妻になる。だからこそ王族の仲間入りするからには国を一番にーー」


倒れる直前にしていた会話を思いだし私は顔をしかめる。

話を切り上げようとして早口で言葉を並べているとライオネルの手がシーツに隠れている膝に置かれた。


「俺は正直、国の脅威になる魔物は殲滅すべきだと思ってるしマリアが捕縛されたことも仕方がないことだと思ってる。と、言うかマリアについては何とも思ってないんだよね」


「…………」


「こんな俺は冷たいかな、酷いと思う?……君が、心を痛めている事柄でも、俺はきっと感情が揺れ動くことはないと思うんだ。それはたぶんこの国を治める為には必要なものなんだ、だけどこの国には良心も必要なんだよ」


「ライオネル……」


「俺はね、初めて会ったあの時にその役割を君に見たんだ」


ごめんねテレジアーナ、君が嫌がっても手放せない。


そう言って笑うライオネルは申し訳なさそうで淋しそうに見えた。


「…………ライオネル」


「なに?」


「私のこと、愛してる?」


「ーーっ」


小首を傾げそう質問すると瞠目し息を呑み込む珍しい表情をするライオネルに自然と笑ってしまう。

膝に置かれた手に自分の手を重ねた。


「……愛してるよ。たぶん、一目惚れ」


「そうだったの」


少し驚いた。

わからなかった理由の答えがわかるなんて。

ささくれ立っていた心が解れていく気がする。

ライオネルの頬がほんのり赤くなっていることもその要因なのだと思う。


「私も、貴方が好きよ……」


意識のない私にイタズラしていた馬鹿な人でも人の気持ちを持て遊ぶ最低な所があっても…………。


「いえ、気の所為かも知れないわ」


「テレジアーナ!?」


ともかく、ライオネルの目下すべきことは父たちにこっぴどく怒られることね。

私は狼狽するライオネルを無視して一眠りしようとシーツを深く被って寝転んだ。




その後、また色々と言い出すライオネルに頭を悩ませながら私は一人の元気な男の子を出産する。

結婚式は安定期が来たら直ぐに執り行われそれはもう盛大なお披露目となった。

父とライオネルは時おり剣を構えて手合わせをしているのだけど、お互いに意地になりすぎてお母様たちに怒られていた。


まぁ、悪くない人生を送っているのではないかしら。

王となった夫を支え、子どもたち囲まれた私は幸せな気持ちで苦笑した。





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