109話 プロポーズ②
「あ、おはようございますなのです。ご主人様!」
「おはようございます。ナタリア〝さん〟」
「がはぁぁぁぁッ!?」
舞夜が寝室から出てきたところで、お姉ちゃんメイドのナタリアが挨拶する。
それに感じよく応えた舞夜だが……。ナタリアは絶叫と同時に、かっ血しながら倒れてしまう。
「ナタリアさん!?」
「ごふぅぅぅぅッ!?」
突然の出来事にギョッとしながらも、すぐにナタリアを抱き上げ声をかける舞夜。
だが、その直後にまたもやナタリアは血を吐き出し……とうとう気絶した。
「あぁ……ッ、ご主人様ったら、なんてむごいことを……! この屋敷のメイドをさん付けで呼ぶなんて、そうなって当然ですよ!?」
「は……? アーシャ、何を言って……」
アリーシャが駆け寄りながらそんな事を言う。
舞夜はわけが分からず、聞き返すと――
「ご主人様はここしばらくの間、メイド達の事を赤ちゃんみたいに甘えながら〝お姉ちゃん〟と呼んでいました。そんなご主人様にメイドたちは萌え悶えてバキューンをキュンキュンさせていました。それが急に他人行儀でさん付けで呼ばれれば……そうなって当然です」
「馬鹿なの?」
「そう思うなら、他のメイドにも試してみてください。ちょうどゼノビアが来たようですし」
アリーシャの言い分に、舞夜が白い目で返していると、アリーシャの言ったとおり、廊下の奥からメイドのゼノビアが駆けてくるのが見えた。
その顔には何事かといった様子の緊迫した表情が浮かんでいる。倒れたナタリアを見て、襲撃か何かと勘違いしているようだ。
「無事か!? ご主人様! ゼノビアお姉ちゃんが来たからにはもう安心だからな!」
倒れたナタリアを心配そうな表情で見るも、まずは最愛の舞夜の体に異常がない事を確認。続いて彼の不安を拭い去ろうと、優しげな言葉をかけるが……。
「大丈夫ですよ、ゼノビア〝さん〟」
「げはぁぁぁぁッ!!??」
舞夜の呼びかけで、彼女もまた血を吐いて崩れ落ちた。
それを見届けたところでアリーシャが「ね?」と言うと、舞夜は再び――
「馬鹿なの?」
と、冷たい言葉を紡ぐのだった。
◆
「……ご、ご主人様が……!」
「元の状態に戻ってしまってますの……!」
血を吐いて倒れたナタリアとゼノビアを部屋に運び込んだ舞夜とアリーシャ。その後、二人はリリアとシエラのいる部屋へとやって来た。
舞夜の様子を見て、二人は彼の状態をすぐに見抜いたようだ。二人して「ショック!」といた表情を浮かべ、驚きを露わにする。
「……? でもちょっと変、ご主人様が元の状態に戻っているのにアリーシャねえさまは嬉しそう」
「本当ですの! いったいどういうことですの?」
舞夜の隣でニコニコと嬉しそうにしているアリーシャ。舞夜を守るための幼児退行状態が解けてしまっているのに、これはどういうことだろうかと二人して不思議顔だ。
「リリア、シエラ、二人に話があるんだ」
「……ご主人様?」
「どうしたんですの? 真剣な表情をなさって……」
近頃の甘えきった表情からは一転。何かに挑むかのような舞夜の表情に、リリアとシエラの二人も緊張した面持ちになる。
「リリア、シエラ、ぼくと結婚して欲しい——」
「……けっこん?」
「ですの?」
二人してキョトンとした顔をする。そして二人して何度かケッコンという言葉を繰り返したところで——
「「結婚 (ですの)ッ!?」」
と、今度は目を見開く。その姿はまるで本当の姉妹のようだ。もともと仲のよかった二人ではあったが、最近は行動が似てきていたりする。
それはさておき。
「そう、結婚だ。アーシャにはもうプロポーズを受けてもらった。二人にもどうか受け入れてほしい」
「……びっくりした。ご主人様から結婚を申し込まれるなんて」
「シエラもですの! びっくりしてちょっと漏らしましたの!」
突然のプロポーズに、リリアはそんな言葉を漏らし、シエラは若干の尿を漏らす。二人とも、舞夜が寿命の問題を気にして結婚を避けていることには気づいていた。
それがここに来て結婚しようなどと言ったことに驚きを隠せないのだ。それに対し、舞夜はアリーシャにしたように、二人にも永遠の命を手にれたことを説明する。
「……永遠の命……」
「お兄さまが、どんどん高みに……シエラは身震いしてきましたの!」
幼児退行が解けたかと思えば、永遠の命をその手の中に入れてた舞夜に、リリアとシエラは感嘆の声を上げる。
そして興奮を覚える。ただでさえ強かった舞夜が大魔導士の力に覚醒し、そのあとは『不死者達の王』の座についた。
そして先の大戦では魔王ともう一人の不死者達の王が率いる連合軍を単騎で撃破。その上永遠の命まで欲しいままにしようとは……。
自分の愛すべき人が、そんな高み登りつめて行くことに、二人とも幼いながらも、女として興奮を見出しているのだ。
強いオスに惹かれるのはメスの本能、その上、舞夜は愛らしい容姿とこの上ない優しさを持った少年だ。
二人が――否、リリアとシエラだけではない。舞夜に助けられたこの屋敷のエルフたち全員が、彼に惚れないはずがないのだ。
「それで、二人ともプロポーズは受けてもらえるかな?」
「……当然、ご主人様からの結婚を拒む女なんて存在しない」
「シエラもですの! これで〝危ない日も〟バキューン! し放題ですの!」
リリアもシエラも、当然ながら舞夜のプロポーズを喜んで受け入れた。シエラはかなりアレな発言をした上に、アリーシャに下着を履き替えるのを手伝ってもらいながら返答をするというなんとも締まらない形ではあったが……。
しかし、それは些細な問題だ。リリアもシエラも、そしてアリーシャも、瞳に涙を浮かべて三人で喜びを分かち合っているのだから――
舞夜は改めて思う。この愛すべき三人のためであれば、魔王を、魔神を、そして世界を敵に回すことになろうとも戦い抜くことが出来るだろうと。




