78 憂事
「兄さん……」
模造剣で打ち合う生徒たちを眺めながらシオンは感嘆の域を漏らす。
どの生徒も騎士のタマゴだけあって打ち合うその姿はなかなか様になっている。その中でも一際目立つ生徒たちがいた。その一人がシオンの兄であるリオルだ。
「すごいよな、シオンの兄さん。教官たちに有望視されるのも当然だな」
「本当に健康になったんだね……俺は嬉しいよ」
「――え、そっち?」
シオンの相手はランス。ランスは問題ないが、シオンが初日から騎士クラスの生徒と組んで打ち合うのは躊躇われたからだ。
シオンは周りの熱気に圧倒されつつも目を輝かせ兄を見ている。ランスは小さく肩を竦めてリオル以上に目立っている生徒たちに目を向けた。
「さすがユージン様。やはり簡単にはいきませんね」
「右手で剣を握っておいてよく言う……手を抜くな、エミリオ」
「そうですね、失礼しました。ここからは全力でいかせていただきます」
クリスたち以上に目立っていたのはユージンとエミリオだ。
エミリオが笑顔を崩すことなく恐ろしく早い攻撃を繰り出せば、ユージンはその場から足を動かすことなくその攻撃のすべてを受け流す。その動きは同じ人間であることを疑うレベルだ。
そのユージンが全く敵わない父であるジオはアヴァロンの騎士たちの頂点に立つ人物である。そのジオがシオンの魔法の一撃で沈められたのだから、それを知る人物からシオンが危険な兵器扱いされているのも仕方がないといえるだろう。
エミリオが左手で剣を握り直すとユージンが僅かに腰を落として身構える。
その瞬間、空気が変わった。
エミリオの様子に気づいた騎士クラスの生徒たちはじりじりとより一層二人から距離を取り、ユージンとエミリオの周りはそれまで以上にぽっかりと開けた空間となっている。
「エミリオって左利き?」
「ああ。右手でも騎士クラスで一番腕が立つけどな。それであの外見だから……詐欺……ごふっ」
「ランス、大丈夫?」
突然ランスが仰け反りそのまま倒れる。
シオンが駆け寄ってみると、ランスは額を抑えながらよろりと立ち上がった。
「俺たちも負けてられないぞ」
ははは、と笑ったランスの額には、くっきりと小さな丸い赤い痕があった。どうして、とシオンが尋ねなかったのは空気を読んだからである。
「もうダメ、明日は筋肉痛で動けない! でもお腹すいた!」
「ほら、お前の分。ほぐしておけば多少マシなになるぞ。何なら俺がほぐしてやろうか?」
「ありがとう。ほぐすぐらいは自分でやるよ。っていうか、今後のためにもやれるようにならないと……」
夕食時、魔法クラスとは比べ物にならない鍛錬により疲れ切ったシオンは食堂のテーブルに突っ伏していた。
ランスはシオンの分の料理をテーブルに置き、ワキワキと指を動かして見せる。シオンはそれを横目で見ながら、ため息交じりにパンパンになった自分の腕をさすった。
「シオン様、明日は僕と組んでみませんか?」
「エミリオと?」
「はい。僕でよろしければ、ですが」
「いいの? 俺は剣の腕はさっぱりなのに」
「最初は誰でもそうですよ。そうですね、まずはシオン様に合う剣からみつけましょうか」
「――っ、うん!」
可愛らしくふんわりと微笑むエミリオの言葉に、シオンは勢いよく顔を上げつられるように笑う。料理を口に運びつつ、クリスとユージンは小さく口角を持ち上げていた。
「あ、でも早朝に少し付き合ってくれるだけでいいよ。エミリオはジンと組んだ方がいいと思うし」
「いえ、大丈夫ですよ。ユージン様の相手にはクリス様やランス様がいますから。それでもだめならコルラードやフェンドに相手をさせますから」
「コルラードって今日クリスと一緒だった?」
「はい。コルラードとフェンドは普段僕の相手をしていますから、多少は使えると思います」
ユージン様には到底敵いませんけれど、と言葉を付けたしエミリオは微笑む。邪気のない笑顔で告げられるさり気なく酷い扱いにランスは引き攣った笑みを浮かべていた。
「あれ」
キン、と小さく金属音が聞こえてシオンが振り返ると、目を見開いたクリスと目が合った。
「すまない。手元が狂った」
すぐにその驚いたような表情は消え、落としたフォークを拾い上げるとクリスは席を立った。シオンは首を傾げその後ろ姿を目で追ったが、ランスに呼ばれ慌てて視線を戻す。
その後クリスは特に変わった様子は見られず、シオンたちは食事を終えて寮へと戻った。
「うーん、満腹ー」
「そうか。でもほどほどにな」
「あれ、ジンどこいくの?」
部屋へと戻り二段ベッドの上段に上り部屋着に着替えると、シオンはごろりと横になり伸びをした。その時柵の隙間から見えたユージンが何やら準備をしていることに気づき、のたのたと座り直すと柵に顎を乗せる。
ユージンは手にした荷物をその場に置き、シオンが顔を出している横へもたれ掛るとふっと表情を緩めた。
「風呂。一緒に入る?」
「遠慮します! 無理に決まってるじゃないか」
「ん。あいつらにはシオンはもう疲れて寝てると言っておくから、シオンは大人しく俺の帰りを待っていて」
「んー、俺は魔法科の寮のほうの部屋に一度戻ろうかな。あっちなら部屋にお風呂ついてるし」
「……学校内とはいえ一人で戻るのは感心できないな。俺も行くよ」
「大丈夫! ジンはちゃんとエミリオを守ってあげていてよ。ジンがいるといないとじゃ安心感が違うからね!」
ぐっと握りしめた拳を突出し、いかにエミリオにユージンが必要かと力説しだしたシオンにユージンは溜息をもらしつつ、シオンの拳に軽く握った自身の手をこつんと当てるとまとめた荷物を持つ。
「――こうなるとシオンは頑固だからね。俺は行くけれど、寄り道せずに戻るんだよ? できれば魔法で姿を隠して……」
「心配性だなぁ。学園にはもう何ヶ月も住んでいるんだから大丈夫だって。ミカゲに関しても俺に危害を加える気はないんだから心配はないし」
「それでも、だよ。シオンは女の子なんだからね」
「俺、魔法クラスじゃ危険物扱いじゃないか。騎士クラスでも危険視されてる気がするし」
「それでもシオンは俺にとってはいつでも可愛いお姫様なんだけどね。油断してると……」
きょとんとするシオンにユージンはゆっくりと近づき、その首元でふっと息を吹きつけた。
面白いほど勢いよく後ずさり真っ赤になって枕を頭の上に乗せてフルフルと震えるシオンにユージンはくすりと笑みをこぼす。
「どこかのオオカミにぱくりと食べられるかもしれないからね。十分気を付けて」
「わかった! わかったから早く行ってきなよ!」
「はいはい。とにかく魔法クラスの寮にいくなら十分気を付けてね」
ぱたんと扉を閉め部屋の外へ出たユージンは小さく息をつくと、表情を戻して友人たちの元へと向かっう。一方シオンは枕を頭の上に乗せたまま、茫然とユージンが消えた扉を見つめていた。
しばらく呆然としていたシオンだが、ぶんぶんと首を左右に振り気を取り直すと、着替えやタオルを小さなカバンに詰め込む。手早く準備を整えると、友人たちの目がないことを確認して部屋を抜け出した。
騎士クラスの寮から魔法クラスの寮まで大した距離ではいない。ただ交流のある生徒が極端に少ないため行き来する生徒がほぼおらず、時間によっては人気のない少々暗い道のりとなる。
日も沈み、道を照らすのは疎らに設置された魔法によって明かりを灯す街灯と僅かな月明かりのみ。吐き出した息は白く空気に溶ける。
足早に歩いていたシオンはその速度を緩め、何気なく空を見上げた。
「シオン?」
聞きなれた声にシオンが振り返ると、そこには明かりの乏しい中であっても一際目立つ柔らかな金の髪を持つ人物が立っていた。
走り込みでもしてきたのか、薄暗いというのにその額には汗が浮かんでいるのがはっきりと見える。首にかけたタオルで汗を拭うと、真っ直ぐシオンに向けられた碧い瞳が怪訝そうに細められた。
「こんな時間に何をしている?」
「ちょっと魔法クラスの寮の部屋に忘れ物を」
「――なら俺も行こう」
「俺なら大丈夫だよ?」
「俺も荷物を取に戻るだけだ。どうせなら寮部屋で気兼ねなく風呂に入ってくるのもいいな。幸い着替えも向こうにある」
「そうだねー……」
一緒に魔法クラスの寮へ向かうため隣に並ぶクリスから一定の距離を保つべく、シオンは視線を彷徨わせながら誤魔化す様に先を急ぐ。
小走りに先を急ぐ友人の後ろで眉を寄せながらも、クリスはその後ろを離れることなくついていった。
「待った」
魔法クラスの寮に戻り自室へと向かう途中、クリスがぐいとシオンの腕を引いて引き留めた。
理由を尋ねる為に開かれた口を腕を掴んでいる手とは反対の手が塞ぐ。
「もぐふぉっ……!」
「しっ、部屋の中から何か聞こえる」
クリスが足を止め、目を向けたのはちょうどランスの部屋の前だ。
クリスはシオンを拘束したまま壁にぺたりと張り付き中を窺う。その時通りがかった恐らく騎士クラスからの交流にきたであろう生徒の視線を感じ、シオンは必死に掴まれている手とは反対の手で口を押えるクリスの手をずらして提案した。
「クリス、ここじゃ人目が……俺の部屋なら平気だから……」
「それもそうだな」
クリスも視線に気づきやっとシオンを拘束していた手を緩める。
抜け出したシオンは急いで部屋の鍵を開けて中に部屋の中へと滑り込んだ。クリスは顔色を変えることなくぴったりと壁に耳を当ててランスの部屋の様子を窺っている。
「……微かにだが聞こえるな」
クリスはちょいちょいと指を動かしシオンに来るように身振りで伝える。
盗み聞きはよくないが、部屋の住人であるランスは騎士クラスの寮にいるはず。そうすると考えられるのは侵入者だ。
(まさかミカゲ? ……なわけはないよね。ミカゲなら結界を使うだろうし)
クリスに促されるまま、緊張気味に壁に耳を押し付けたシオンは聞こえてきた声に目を見開いた。




