75 交流
騎士クラスの寮は魔術師クラスよりも簡素な内装だった。
貴族の中でも上位の家柄の生徒は多少豪華な部屋が割り当てられることもあるらしいが、騎士を志す者としての心構えとして設備は必要最低限がよしとされているらしい。その代り魔術師クラスにはない鍛錬場が一階に併設されていた。こちらは申請さえすればいつでも好きな時間に利用可能だそうだ。
「魔術師クラスの寮にも欲しいなぁ」
「うーん、魔術師クラスは人数が少ないからね。それに魔法の対策の方が維持するのが大変だから仕方ないよ」
「そうだね。魔術師クラスの一年は十人程度だけど、騎士クラスは百人近くいるみたいだし」
魔術師クラスと違い騎士クラスは人数が多い。魔力のあるなしやその強さは本人の努力でどうにかできるものではないが、騎士クラスが必要とする体力面や技術面は適正の差はあれど本人の努力次第で伸ばすことが可能だ。そのため騎士クラスを一般で受験する生徒も多く、貴族が大半を占める魔術師クラスと違はいその半数以上を一般家庭出身の生徒が占めている。
もちろん授業や訓練は厳しく途中でやめてしまう生徒も少なからずあり、秋入学で入学できるのはその生徒と同数だった。
「寮も学年ごとに別になってるんだ」
「つまりここは一年生の寮?」
「そう。そして彼がこの一年騎士寮の寮長、イクス=グリント」
「よろしく。困ったことがあったら何でも言ってくれ。できる範囲で力になる」
リオルが隣に立つ体格のいい生徒の肩を叩く。イクスはきらりと白い歯を覗かせて悪戯っ子のような笑みを浮かべた。
イクスの赤みがかった茶色の髪が風に揺れ、同色のつり目がちな目が面白そうに細められる。この中の誰よりも背が高く、よく日に焼けた健康そうな肌。制服で隠れてはいるがその下には立派な筋肉があるのだと容易に想像できる、さすが騎士を目指す生徒だという外見だ。
「妬ましいほど素晴らしい筋肉をお持ちですね」
「あ、ありがとう?」
「シオン……」
シオンの素直な感想にイクスは少々引き攣った笑顔でお礼を言い、リオルはこめかみを押さえて溜息を漏らした。
そんな二人の様子を気にすることなくシオンは爽やかな笑顔と溢れんばかり(と思われる)の筋肉にふとある人を思い出す。
「そうか、ハワード教官とランスを足して割ったような感じなんだ」
「思いついたことをポンポン口にするのはやめようか、シオン」
「あ――ごめんなさい」
シオンは自分ではすばらしい例えだと思ったのだが、リオルの言葉でそれが失言であったと気づく。そしてまだ自分たちがイクスに名乗ってもいないことにも。
「すいません! 俺はシオン=ファシールです。よろしくお願いします!」
「ぶっ……いや、失礼。俺はクリストフ=ウィル=アヴァロン。色々迷惑をかけると思うがよろしく頼む。いや、こういう場合はよろしくお願いします、か」
「ユージン=フィッツジェラルドだ」
「俺はランスロット=バートン。よろしく!」
ぺこりと頭を下げたシオンに続き、クリスたちも順に簡単に挨拶を済ませる。
ランスが満面の笑みでイクスに手を差し出すと、イクスも同じように満面の笑みでランスの手を握り返した。
すでに顔見知りであるエミリオは小さく頭を下げただけだ。
「ああ、こちらこそよろしく!」
にかっと白い歯を輝かせるイクスにつられるように、ランスも歯を見せて笑う。二人のその笑顔自体は爽やかだと言うのに、その二人以外はどこか暑苦しく感じていた。
「では部屋へ案内しよう。こっちだ」
「ああ」
握手はいつの間にががっしりと腕を組む形へと変わっていて、ランスとイクスの二人は初対面だと言うのにもう友情が芽生えているようだ。
「それじゃあ俺たちも行こうか」
意気投合して寮の中へと消えていくランスとイクスを呆然と見守っていたシオンの肩にぽんと手を置いて、リオルはシオンたちを寮の中へと促した。
シオンたちが連れてこられたのは寮の三階。階段寄りの部屋だった。
「王族がいるのに悪いんだが、奥の部屋に空きはなくてな。こちらの三部屋を使ってくれ」
「構わない。心遣いはありがたいが、特別扱いは不要だ」
「そうか」
「ではこの間に僕は自分の部屋で着替えを済ませてきますね」
「あ、エミリオの部屋ってどこ?」
「隣ですよ。いつでも遊びに来てくださいね」
魔術師クラスの寮の部屋よりも手狭で、設置されているベッドは二段ベッド。机も小さく、代わりにクローゼットが少し大きめだ。
クリスは部屋の位置などは特に気にすることなく、通された部屋の中を見回す。ユージンとランスもクリスの後に続き部屋の中を簡単に確認しているようだ。
シオンはエミリオを見送ってから自分もクリスたちのいる部屋の中へと入ろうとしたのだが、リオルに襟元を掴まれてそれを阻まれた。シオンがどうして止められたのかわからずに首を傾げつつリオルを見上げるとリオルは少し困ったように微笑む。
「シオン、お前は俺と同室だよ」
「へ?」
「――と言いたいところなんだけどね、さすがにそういうわけにもいかなくて。大丈夫なのかい?」
「何が?」
「交流として騎士クラスに来た魔術師クラスの生徒は四人。寮は二人部屋。つまり――」
「俺も三人のうちの誰かと同室?」
「そういうこと」
「ど、どどどど……どうしよう!?」
シオンとリオルは部屋に背を向けて廊下の隅でこそこそと話す。ユージンは部屋の入り口の壁に背を預け、そんな二人に視線を向けていた。一方クリスとランスはイクスに寮の設備についてあれこれと質問している。
「ありがとう。おかげで大まかにだが把握できた」
「そうか。では制服はこれを。もしサイズが合わないようならば言ってくれ」
「わかった」
その時、ふいにイクスが天井を見上げ僅かにその表情を険しくする。
だがイクスはすぐにその表情を隠し、クリスたちに向き直った。
「明日の予定などはリオルから説明を受けてくれ。では俺はこれで失礼する」
「え? あぁ、わかった」
「ありがとな、イクス!」
「ああ」
リオルは自分の名が呼ばれたことに驚いたのか目を瞬かせたが、すぐに納得がいったようでその場を後にするイクスの背中をぽんと叩いて彼を送り出した。
「それじゃあ誰が誰と同室かは決められていないから自分たちで相談してね。俺はエミリオ君の部屋で待たせてもらうから、制服に着替えたら来てくれるかい?」
「うん。わかった」
ひらひらと手を振って、リオルはエミリオの部屋へと向かう。そしてノックをすることもなくエミリオの部屋へと入っていった。
取り残される形となったシオンたちは部屋の中央でお互いに顔を見合わせる。しかしお互いに視線を彷徨わせるばかりで、その場をしばしの沈黙が支配した。
「もともとクリスとユージンは同室だったんだから二人が同室で、俺とランスっていう組み合わせでいいんじゃない?」
これでは埒が明かないとシオンが思い切って提案すると、クリスとユージンが顔を見合わせ揃って眉間に深い皺を刻む。
「なぁ、それよりもエミリオの同室は誰だ? この場合クリスかシオンがエミリオと同室の方がいいんじゃないか?」
「確かにそうだね。俺かクリスなら……」
「いや、その必要はない。全員が騎士クラスの生徒と同室になるならともかく、エミリオだけが同室で俺たちの誰かが一人というのは不自然だ。警護するならば不自然でない方法でなくては。ミカゲの目を考えるならば極力普段通りの生活を心がけるべきだろう」
「結界を維持さえすれば、エミリオはその他大勢の騎士クラスの生徒と変わらないからな」
もっともなランスの意見にシオンは頷きながらクリスを見る。
ユージンはランスの意見をばっさりと切り捨て、シオンの視線に気づいたクリスはふっと笑って説明を付け足した。
ここで必要以上にエミリオに近づくのはミカゲにエミリオがキャメロットの関係者だと教えているようなものかとシオンも納得する。
「それじゃあやっぱりクリスとユージンで――」
「いや、クリスはランスと一緒がいい」
「え?」
ぽん、と肩に手を置かれシオンの言葉が遮られる。声の主はユージンだ。
「シオン、ランスと同室では気づかれる。あいつはああ見えて鋭い」
驚いて振り返ったシオンの耳元でユージンがささやいた。
シオンの背中にひやりと冷たいものが伝う。
(確かに……クリスにあの時の子供が自分だって気づかれる恐れだってあるし、それならもう気づかれているユージンのほうがリスクが低いかもしれない)
「そ、そうだよね! 騎士について教えてもらういい機会かもしれないし、ユージンと同室はいいかもしれない」
「いや、だが……」
焦りつつもシオンが瞬時に弾きだしだした結論は、ユージンと同室。それに酷く驚いたのはクリスだ。
「俺たちの中で一番感知能力が優れているのはランスだ。お前と共にエミリオの隣の部屋にいたほうがいいだろう」
「だったら俺とシオンが一緒の方が対抗手段が増えていいんじゃないか?」
「シオンじゃ気づかないだろう。色々と。それに今はミカゲをどうにかするわけではなくエミリオを守ることが目的だ。それを考えるとこの分け方が無難だと思うが?」
「――それもそうか」
「馬鹿にされた気がする!」
「よしよし」
ユージンの言葉に渋っていたクリスだったが、シオンを見て納得がいったのか大きく溜息をつく。ランスがシオンを宥めるがその肩は震えていて笑いを堪えているのが明らかで、シオンはむっとしながらも安堵した。
「あまり待たせるのも悪い。早く着替えを済ませてエミリオの部屋に行くとしよう」
「ほら、シオンとユージンの分の制服。部屋の鍵も一緒に置いてあったぞ」
「ありがと!」
「エミリオとは反対側の隣部屋だな。行くぞ、シオン」
「うん、じゃあまた後でね!」
「ああ」
ランスから制服と鍵を受け取り部屋を出た。
ユージンは部屋の番号を確認すると、鍵を開けて中に入る。そして先ほどと同じように部屋の中を一通り確認していた。シオンもユージンの後に続いて部屋に入り、ぐるりと部屋の中を見回してみる。
「問題ないな」
「うん、特におかしな魔力もないみたいだよ」
「そうか」
壁に備え付けられたフックに鍵をかけ、その足でユージンは部屋の入口へと向かう。
カチリと鍵を閉めて振り返ったユージンは、ふわり、と蕩けそうなほどに甘い笑みを浮かべた。




