76 制服
睨みつけられるような印象すら受ける鋭い瞳は柔らかく細められ、固く結ばれていることが多い口元は緩められ微かに弧を描いている。
思わずじりじりと後ずさったシオンに、ユージンは苦笑を浮かべた。
「そっちが俺の制服?」
「っ、うんっ……」
ユージンはシオンが差し出した制服を受け取ると、シオンの肩に軽く触れ部屋の隅へと向かう。
「ユージン?」
「俺はここで着替えるから、シオンはベッドで着替えて。俺は念のため、見ないように壁側を向いて着替えるから」
「あ、うん! すぐ着替えるよ」
「あぁ、窓のカーテンを閉めるのを忘れないように。魔法クラスと違ってこっちには木に登っている生徒もいるから、常に外から見られていると思った方がいい」
「わかった」
自分の制服を抱きしめ、シオンはユージンが立っている場所とは反対の部屋の端に置かれた二段ベッドへそろそろと移動し、ベッドに上がる前にユージンの言葉に従い窓のカーテンを閉めた。
完全に隠れるわけでもないが、二段ベッドの下の段に潜り込むとベッドの枠があるだけだというのに不思議と安心感が得られる。ユージンを見ると、自身の言葉通り壁を向いて着替えていた。
ばさりと上着を脱いだユージンの背中はしなやかな線を描いていて、その中に強靭さが見て取れる。何ともシオンにとっては理想的な背中がそこにはあった。
「シオン?」
「な、なんでもないっ」
シオンの視線を感じたユージンは振り返ることなく声をかける。シオンはユージンからは見えないのがわかっていても、わたわたとしながら手を振って何でもないとアピールしていた。
騎士クラスの制服は魔術師クラスの制服に比べて幾分かっちりとしたデザインだ。制服というよりは軍服に近い。魔術師クラスの制服は胸元に大きなリボンがついているが、騎士クラスの制服にそういった装飾はなく生地もよりしっかりとしている。
騎士クラスの制服に身を包みその感触を確かめて、シオンはやっと今自分が憧れの騎士クラスにいるのだという実感がわきつつあった。
「準備できたかい?」
「うん! 変なとこないかな?」
ごそごそとベッドから這い出して身なりを整えたシオンにユージンが声をかけてから振り返った。
ユージンはシオンの頭のてっぺんから足の先まで眺めると、ふっと笑って微笑む。
「大丈夫。よく似合っている」
「ユージンもすごく似合ってて格好いいよ」
「ありがとう。ところでシオン、やっぱりジンとは呼んでくれないのかな?」
「……え?」
「昔は抜きにしても、今も愛称で呼んでもらえる程度には仲良くなったつもりだったんだけど。友達だと思ってたのは俺だけ?」
思ってもいなかった言葉にシオンはきょとんとしてユージンを見る。
ユージンは今まで見せたことがないような寂しげな表情を浮かべ、シオンは自分が恐ろしく酷いことをしてしまったような罪悪感に苛まれた。
「ユージンは友達だよ!」
「ならジンと呼んで?」
「……わかった。ジン」
「ありがとう」
ユージンは人差し指を立てて唇に当て、しーっと子供に見せるかのような仕草をする。シオンは自分の声が思いの外大きくなっていたことに気づき、慌てて口を押えた。
シオンは一呼吸置いて、懐かしい呼び名でユージンの名を呼ぶ。今までそう呼んでいなかったことが不思議なぐらいその呼び方に違和感はなかった。それどころか欠けていた心の欠片がすとんとあるべき場所に戻ってきたとでもいうような不思議な感覚。
シオンの記憶の中では臣は微笑んでいることが多かった。それに対してユージンはほとんど笑わない。最近は時折笑顔を見せることはあったが、その多くは薄く笑っているだけで臣の笑顔とは違う。
(――そっか。ユージンが臣なのはわかっていたけど、どこかで違うかもしれないって思ってたんだ。でもやっぱり……)
シオンもユージンも容姿は前世とほぼ同じ。けれどシオンもユージンも少しずつ違う点はある。
シオンは体型には大差はないが、前世よりも体力があったりと本人はほんの少しだけ逞しい気がしている。確かに紫苑もシオンも同じ人間ではあるが同一ではない。それはシオンには紫苑としての知識と環境など色々な要素によるものだ。
騎士の家に生まれ育ったユージンは臣よりずっとがっちりとしている。騎士クラスの制服は特に体の線を隠してしまうので触れでもしないと分かり辛いが。
「俺とジンは親友だよね。うん、これからもよろしく!」
「……ああ」
シオンの言葉にユージンはふっと笑みを浮かべ、つられてシオンも笑っていた。しかしふっとその笑みを消すと、シオンは何かを考え込む。
「どうした?」
「何か安心した。ジンが臣みたいな時ってちょっと落ち着かないから」
「……へぇ」
いつの間にか隣に立っていたユージンの手が、つい、と伸ばされ近すぎる距離にシオンはびくりと体を震わせた。
ユージンはシオンのリボンタイに触れるとシオンの耳元でふっと笑みを漏らす。
「曲がってる」
「っ、教えてくれれば自分で直せるよ」
「でも俺がやったほうが早いだろう?」
「それはそうだけど――」
ユージンの笑いを堪えるような声に、シオンは自分がからかわれていることに気づきむっと眉を寄せた。そんなシオンの様子にユージンは少しその笑みを柔らかくする。
「大丈夫。二人きりの時しかしない」
「なら――って、よくない! 心臓に悪いから!」
「……へぇ」
囁くように告げられた言葉にシオンは大いに慌てて後ずさる。
必死のシオンの訴えにもユージンは悪びれる様子もなくその笑みを深くした。
「お待ちしてました」
ノックをすると、中からエミリオが顔を覗かせる。エミリオの向こう側にはすでに着替えたクリスとランスそしてリオルの姿があった。
「ごめんね、遅くなって」
「いえいえ、そんなことありませんよ」
エミリオに促され、シオンとユージンも部屋の中へと入る。
部屋の中に入る際にシオンはふと違和感を感じていた。
「……クリス、結界張った?」
「ああ。音を遮断する効果も上乗せした」
「この部屋全体だなんてすごいね。でも大丈夫なの?」
「普通にはまだ無理だが、アルヴォがこんなものをよこしたからな。これのおかげで問題なく維持できる」
小さな部屋とはいえ結界を維持するにはそれなりの魔力が必要となる。しかもいつか分からない来るべき時までクリスはずっと一人で維持しなくてはいけない。魔力の枯渇は程度によっては命に関わる。
心配そうに覗き込むシオンにクリスは胸元からジャラリとチェーンに通された小さな石を取り出して見せた。シオンは乳白色に輝くその石から不思議な力を感じて首を傾げる。
「光の属性の魔法と相性のいい宝石だそうだ。増幅の効果があって媒体にすると少ない魔力で結界が維持できる。多少なら魔力を貯め込めて、俺がいなくとも結界の維持が可能だ。まぁその場合はエミリオが持っていないと意味がないがな」
「風のエメラルド、火のルビーみたいなものか……光にもあったんだね。いいなぁ」
「俺たちが知らないだけで、闇にもあるんじゃないか?」
「かなぁ?」
シオンは耳のピアスに触れながら、考えを巡らせる。
相性の良い宝石は属性によって色が違い、その属性の魔石と色が似通う。自分で魔石を作れるようになれば闇の色がわかるだろうが今のシオンにそれは不可能だ。恐らく闇属性ならば黒だろうと想像がつくがシオンはそんな石は見たことがない。
リオルにも心当たりはないようでシオンと目が合うと小さく肩を竦めたのだが、その時ランス以上に空気を読まずにシオンのお腹が自己主張をし始めた。
「うぅっ」
「とりあえず、一旦結界をエミリオ限定にしてもらって食事に行こうか。そこで今後の予定を説明するよ」
ぽんと肩を叩かれ、シオンがしょんぼりと肩と眉を下げて見上げると、リオルは優しい苦笑を浮かべてシオンを見ていた。
「そうだな、俺も腹が減ったな」
にかっとランスが歯を見せて笑う。
「シオンは重要な戦力だ。空腹で倒れるようなことがあっては困る」
「そうだな。俺もそれなりに魔力を消費しているから栄養は摂取したい」
ランスの言葉にユージンが頷き、それにクリスも同意する。
「食べられるときに食べるのは基本です。食堂に行きましょう!」
エミリオがぱんと手を叩き、花の咲くような可愛らしい笑みを浮かべた。
「え、でも……」
戸惑うシオンの背中をエミリオが押し、食堂へと向かう。
いざ食堂に着いてしまえばシオンに食事を我慢するという選択肢はない。まだ他の生徒の姿が無いことをいいことに、普段以上の量を手に席へとついた。
「シオン、ほどほどにね?」
リオルはシオンの前に並ぶ大量の料理とそれを次々に胃に収めていく様子に、深い深い溜息を漏らしたのだった。




