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74 警護

 歩けばその動きにあわせてふわふわと少しくせのある柔らかそうな金の髪が揺れる。

 真っ直ぐに前を見つめるぱっちりとした瞳は、可愛らしさ以上に意思の強さを感じさせた。


「失礼いたします」


 部屋に入ってきたのは最近全く姿を見かけることのなかったエミリオ。

 エミリオは王からある程度距離を置いたところで立ち止まると膝をつき、頭を下げる。


「変わりはないか?」

「はい。ご配慮いただき誠にありがとうございます」

「そうか。では、とりあえずクリスたちの隣に」


 王に促され立ち上がったエミリオは王に深く一礼するとユージンの隣の席へと座った。


「エミリオは現在アルヴォと共に身を隠しているのではなかったのですか?」

「そうだ。だがこれからはお前たちがバルトリの息子の警護に加わるからな。前もって呼び戻したのだ」

「確かに警護には加わりますが……」


 眉を寄せるクリスの言葉に王はゆったりとした動作で顎を撫でながら、さも当然だろうといわんばかりに口の端を持ち上げる。

 そんな王の様子にシオンは目を瞬かせ、ユージンが眉の端を動かす。クリスは僅かに顔をしかめ、ランスは難しい顔で何かを考えていた。


「現状を考えるとエミリオを呼び戻すのは危険すぎはしませんか? 私たちが迎えに向かったほうがよかったのでは……」

「お前たちはミカゲが特に気にしている人間だからな。下手に二人が身を隠しているところへ向かえば気づかれる恐れがある。ならば恐らくまだ素性が知られていないであろうバルトリの息子がこちらに来る方が危険が少ないだろう」

「しかし、もしミカゲが気づいていた場合――」

「ばあ!!」


 それでも、と食い下がるように言葉を続けるクリスの目の前に、場違いな明るい大音量の声を響かせて何かが落ちてきた。


「オレがちゃんと護衛してたから問題ありませんよー。父親のほうは安全な場所で待っていてもらってますから」


 そう言ったのは天井から伸びたロープにつかまり逆さまの状態で揺れる金の髪。首元から垂れ下がる無駄に長いマフラーは床まで届いている。それはエミリオとその父と共に身を隠しているはずのアルヴォだった。

 クリスはこめかみを引き攣らせ、目の前でぶらぶらと揺れるアルヴォをべしりと手の甲ではたく。目の前で動かれてかなり鬱陶しかったようだ。


「これから二週間、お前たちは騎士クラスに通いバルトリの息子の傍を離れないようにしてもらいたい。お前たちならば騎士クラスでも十分やっていけるだろう」

「確かに私やユージン、ランスは問題ないとは思いますが……シオンもですか?」

「もちろんだ。身体能力に問題はないと聞いているが、何か問題があるのか? 本人もやる気のようだが」

「――……そのようですね」


 言葉を詰まらせ難色を隠せないクリスに対して、王は面白がっている様子を隠しもせずシオンに視線を向けている。その視線の先でシオンはわかりやすく目を輝かせていた。


「名目上は相互理解のための交流となっている。魔術師クラスには騎士クラスから同人数を送ろう。寮も騎士クラスの寮を使うように。二週間で問題が解決しなかった場合はまた別の理由で警護に当たれるようにする」

「はい」

「話は以上だ。学園まではアルヴォに送らせるが学園でも油断はできん。ミカゲが本気を出した時、本当の意味で対抗できるのはクリスにシオン、そしてアルヴォだけだからな」

「心得ています」

「では話はここまでだ」


 まだ仕事が残っていてな、と言って退室する王の背中をシオンたちは頭を下げて見送った。本当の意味で対抗できると言う人間にアルヴォが含まれている、その言葉の意味を考えながら。


「んじゃ、オレたちも行きましょうか。大丈夫とはいえ、オレも早く戻った方がいいですからね」


 王の姿が見えなくなると、未だ天井からぶら下がったままだったアルヴォがロープから手を離す。マフラーがとても邪魔そうだが、本人は身軽なようでふわりと床に降り立った。

 そこでふと思い出したかのような様子でアルヴィがクリスを振り返る。


「若様、結界張れるようになりました?」

「――アレか。問題ない」

「ではオレも含めてお願いしますー」

「お前もか……?」

「ほらほら、時間がないですからね。さっさとお願いしますよー」


 にへら、と気の抜けた笑顔でアルヴォがクリスを急かす。クリスは小さく息を吐いて了承の言葉の代わりに頷いた。


 クリスは最近魔法の上達が目覚ましい。もちろんそれは本人が努力をした結果に他ならない。

 それは主にシオンの相手をして磨かれた感覚や、主にシオンを相手にした際に磨かれた咄嗟でもある程度可能になった細かい制御など。それ以外にも本人が鍛錬していたこともあるが、シオンに教えたことがクリスにも大きな成果をもたらしたのは間違いない。


 クリスが目を伏せ、魔力を練り上げる。

 練り上げられたふわりとした魔力がシオンたちを包み、その魔力は一瞬シオンたちの肌に留まったかと思うと溶け込むようにして消えた。


「どうだ?」

「ばっちりですよー。さすが若様」

「クリス、これって……」


 呟きながら、シオンは妙な違和感を感じていた。そしてその違和感はユージンやランスも感じているようで、ランスはしきりに自分の腕を眺めて首を傾げている。

 それは自分の周りに目には見えないが薄い膜が張っているような感覚。内包する魔力に何ら変わりはないが体外で感じる魔力は明らかに質が違う。まるで他人の魔力であるかのように感じるのだ。直接魔力でその人の属性を感じ取れるわけではないのでクリスたちの魔力に違和感を感じることはほとんどないが、慣れ親しんだ自分の魔力が違って感じられると違和感が大きい。

 不便はないが何だかすっきりしない。それがシオンたちが共通して感じていることだった。


「それは魔力を探知されないための結界だ。魔力を感知する者にその魔力の性質を錯覚させることができる。ミカゲは俺たちの魔力を知っているから一応魔法で探査されないようにだ」

「――すごい。すごいね! それに比べて……俺はもっとがんばらなきゃ…………」


 さらりと告げられたその内容がとても高度であることは明白で、すごい、と目を輝かせたシオンだったがすぐに自分との上達具合の差を思い知らされうなだれた。

 がっくりと頭を下げたシオンにクリスは困ったように眉を下げ、その頭にぽんと手を乗せる。


「シオン、お前が努力しているのは俺たちはみんな知っている。それに錯覚させるだけならそう高度な魔法じゃないんだ。先生もいたが、何よりお前という存在が大きい」


 クリスの言葉にユージンとランスが頷く。クリスもランスも、普段は笑顔を見せないユージンまでもが笑みを浮かべている。エミリオとアルヴォもにこにこと微笑んでシオンたちを見守っていた。


「――そ、そうだ。先生って誰?」

「アルヴォだ。あいつは変な知識が豊富で光や闇の属性にも詳しい。だから正面からは無理でも小細工さえすればミカゲに対抗することも可能なんだそうだ」

「尊敬していいですよっ!」


 自分に向けられた笑顔にシオンは恥ずかしくなり、慌てて話を逸らそうとクリスに尋ねる。

 クリスは答えながら、とても残念そうな目をアルヴォに向けた。しかしアルヴォはそんな視線など気にすることもなく胸を張る。

 確かにその話だけで十分尊敬に値するのだが、その言動と服装が相まってエミリオ以外のその場全員から残念そうな目が向けられた。



「バルトリの旦那なら心配ないですよ。今頃嬉々として聖地の手入れをしてるんじゃないですかね」


 学園までのそう長くはない道のりで、ユージンがエミリオの父について尋ねた。


「勇者が姿を消した場所か。その後何故か魔力が一切効果を発揮しない魔境となっているが、確かにあそこならミカゲの力も効果が薄れるかもしれないな」

「しかもオレがその周囲に結界を張ってきましたからね! 探査魔法でもなにも掴めません。崇めていいですよー!」

「わかったから黙れ。迷惑だ」


 勇者の存在すら知らなかったシオンは勇者が姿を消したということやその場所のことなど全く知るはずもなかったのだが、エミリオもそのことを知っていたようで特に驚きはしていなかった。

 なるほど、と納得するランスにやはりアルヴォが誇らしげに胸を張る。

 深夜、しかも怪しい服装のアルヴォが大声を出すという近所迷惑な行動に、クリスがその脳天に迷うことなく手刀を振り下ろしアルヴォを沈黙させた。

 その後はクリスの結界のおかげか何事もなく学園へと到着したのだが、学園の敷地に入ったところでアルヴォがシオンたちを呼び止める。


「若様たち、このまま騎士クラスの寮に向かってくださいね。寮長の生徒には話が通してありますから。そうそう、学園の外に出るときは若様の結界と変装が必須ですよ!」

「……どうして変装しなくてはいけないんだ?」

「だって結界で魔力は誤魔化せますけど、姿は誤魔化せませんからね。念のためですよー」


 アルヴォはそう言うと、ふっとその姿を消す。音もなく消えるその身のこなしはまるで本当に忍者のようだ。


(本当に、アルヴォさんは忍者を知っているみたいだなぁ。この世界にそんな人がいるなんて聞いたことないけど)


「寮に向かうぞ」


 ユージンの言葉に、はぁ、と息をついてクリスが顔を上げた。

 エミリオに案内されて向かった寮の入り口には二つの人影があり、近づくにつれその姿がはっきりととらえられる。一人は見覚えのないがっちりとした体つきの生徒、そしてもう一人はその色こそわからないがシオンの良く知る同じ一年の生徒だった。


「やあ、待っていたよ」

「兄さん!」

「静かに。もう遅い時間だからね」


 リオルは口元に人差し指を当て、しぃ、と子供を窘めるように微笑む。シオンは慌てて口を押えて何度も頷き、そんなシオンの様子にリオルは笑みを深くした。

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