73 血脈
表立って反対する声がなかったとはいえ、城に務める者すべてが王に賛同していたわけではない。
王子と勇者は姿を現す前に、そういった人物の中から協力してくれそうだと思われる人間に接触し協力を取り付けていた。主に情報を集めたのは勇者で、自ら協力を求めたそうだ。
多くの協力者を得て反乱軍は血を流すことなく容易に城に入り込むことができた。迅速な行動のため、城に侵入したのは王子と勇者の二人だけだったという。
そんな二人だけで攻め込んだ解放軍にあっけなく王やその配下の者は討たれ、国民は悪政から解放されたのだ。
王を討ち取った王子が民衆の前に姿を現し王が倒れたことを宣言したその時、城の真上に突然漆黒の竜が姿を現した。
王子の隣に立っていた勇者は迷うことなく飛び出し、壁を伝いって屋根から屋根へと飛びうつるとあっという間に竜のいる城の最上階の屋根の上へと登っていく。
悲鳴と歓声の飛び交う中、竜は隣に立った勇者を見ると寄り添うようにして一声鳴いて大人しくなった。
竜は無害だと判断した王子がキャメロットをアヴァロンの一部とすることを国民に告げると、徐に光の球を生み出した勇者はその光をキャメロットの上空へと放り投げる。
キャメロットの国内のどこからでも見えるほどに大きく強い光は見た者の心にあることを深く刻み込んだ。
人の意識に深く作用すし記憶を塗り替えるような魔法は人道に反するが、それは王子のアヴァロンへの吸収に対する混乱を極力少なくするためにという強い願いに勇者が半ば押し切られる形となった結果だ。王の意思を継ぐ者が、当時勇者の恋人となっていた少女を再び狙うかもしれないという危惧があったこともその理由だったのだろう。王子が何故キャメロットをアヴァロンに託したのかは詳しく伝えられていないが何かしらの理由があったのは間違いない。
勇者の力によりキャメロットは大した混乱もなくアヴァロンの一部となり、キャメロット地方として新たな歴史を歩み始めた。
王子の処刑後、勇者を亡き者にしようとした愚王は自ら生み出した黒竜によって命を落とした。黒竜は勇者によって討たれたが、荒廃したキャメロットは再興のためアヴァロンの一部となった。
――それが勇者によって作り上げられたキャメロット国民にとっての真実。
しかしすべての国民がその魔法で記憶を塗り替えられたわけではなく、一部の人間は真実を覚えていてがそれが真実と認められることはなく、いつしか妄言として忘れ去られていった。
それでも真実を探求するものはいて、その対策でアヴァロン王家には真実と虚偽の入り混じった話が受け継がれているのだが、唯一アヴァロンの王にだけ真実が口伝されている。
後に勇者は国に戻り新しい学校の設立に尽力し、姿を消した王子は国内を巡り各所に残されていた悪しき研究の記録を処分した。その後アヴァロンの城下へと向かい、て身分を伏せてとある屋敷に仕えたという。
「それがユージンの家……フィッツジェラルド家というわけですか?」
「そうだ。その子孫は今でもフィッツジェラルド家に仕えている」
「その子孫というのは一体誰なのです?」
「待ってクリス。俺たちには代々ユージンの家に仕えているという友人がいる。もしかしたら――」
真っ先に思い浮かんだのは女の子と見まごうほどに可愛らしい外見をもつ友人。
シオンとクリスとランスは顔を見合わせてユージンを見るが、ユージンは目を伏せて口を閉ざしたまま。シオンたちの疑問に答えたのはにやりと笑みを浮かべたセルジオ王だった。
「そう、エミリオ=バルトリ。彼がキャメロット王家の血を引く者。バルトリは母である王妃の生家の名だ」
やはり、とクリスが息をつく。
ランスは珍しく苛立った様子で、「くそっ、あいつ知ってたな……!」と小さく吐き捨てガシガシと髪をかきむしったが、王の視線に築いて慌てて姿勢を正す。
ランスに向けられていた王の視線がゆっくりと移され、シオンを捕らえたところでぴたり止められる。シオンは自分に向けられる視線の威圧感で、手のひらにじんわりと汗が滲み何か苦いものがこみ上げてくるのを感じていた。
「――父上、そのように鋭い視線を向けるのはどうかと。シオンが委縮して吐きそうになっています」
「ああ、そうだな。すまない、シオンに聞きたいことがあったのでな」
「……何でしょうか?」
委縮するシオンを見かねてか、クリスが王に進言する。
ふっと緩んだ威圧感にこっそり息をつくと、シオンは少々上ずった声で尋ねた。
「ミカゲは本に遺された記憶だと言っていたが、それはつまりミカゲは本体であるミカゲが本を作った時までの記憶しかないということか?」
「はい、本人がそう言っていました」
「ではその本がいつ遺されたものであるかは?」
「そこまでは……たしかキャメロットがもうないはずだとか言っていました」
シオンははっきりしない記憶の中で聞いた言葉を必死で思い出す。
思い出そうとすると霧がかかるかのようにはっきりしなかったのだが、ふと違和感を感じてその違和感のある部分に意識を集中させてみたところ、突如記憶がはっきりと思い出された。
違和感は自分でない魔力であり、魔力の流れを制御できるようになったからこそ取り除けたのだとシオンは頭の片隅で理解し、同時に少し悲しくなった。はっきりした記憶の中のミカゲはとても悲しそうだったから。
「ないはず、ということは実際にキャメロットがなくなる前であるということか。他に何か思い当たることはないか?」
「話した感じでは魔王でなくなった後だと思います。――……とても悲しそうでしたが、その理由はわかりません」
シオンの言葉にセルジオ王は顎に手を当てて視線を落として少々考え込んだが、ふいに顔を上げる。その眉間にはくっきりと皺が刻まれていた。
「恐らく魔王討伐後、勇者がキャメロットの動きに気づきキャメロットに赴いた後。その時
勇者はキャメロットでしばらく王子と行動を共にしていて、ミカゲに連絡を取れていなかったらしい。公にされてはないが、勇者とミカゲは恋人同士だ」
「ではミカゲが悲しそうであったというのは……」
「恐らくキャメロット王が勇者に害成したと思ってのことだろう。王を討ち取った後に現れた黒竜は実はミカゲだというから、敵を取るつもりであったのかもしれんな」
愛する人が突然いなくなったら。
紫苑も両親を突然亡くしたという記憶があり、シオンはずきりと心が痛んだ。
ミカゲではないのでミカゲ気持ちはわからないが、それが酷く悲しいということだけはわかる。
「つまり、現状はかなりマズイってことじゃ……」
「――だろうな」
ランスの呟きにやっと視線を上げたユージンが答える。
痛い、悲しいという気持ちで頭がいっぱいになっていたシオンは小さく首を傾げた。
「つまり、ミカゲは敵を討ちに行こうとした時の記憶。キャメロットがすでにないことは知っているだろうが、今になって姿を消したということは……」
クリスは確かめるようにゆっくりと言葉を紡ぐ。その言葉を遮るように、ユージンがふっと息を吐いた。
「見つけたんだろう、キャメロット王家の子孫を」
「エミリオを?」
「ああ、エミリオだけでなくエミリオの父親もだ。念のため二人をミカゲに合わせない方が賢明だと思いエミリオを一時家に戻したのだが……ミカゲが姿を消した今、二人がそうだと気づいていなくても子孫がいるということは気づかれたと考えるのが妥当だろう」
シオンはぐっと握りしめる手に力を込めて気持ちを落ち着かせ、必死に考えを巡らせる。
ミカゲは勇者が無事なことも、キャメロット王を討ち取ったのが王子と勇者の二人であることも知らない。勇者を失ったのだという悲しみと、勇者を奪ったキャメロット王に対する恨みだけが残っているのだとしたら。
姿が見えなかった時はキャメロットについて調べていたのだろう。勇者の存在自体が公にされていないので調べるのは容易ではないだろうが、ミカゲならば可能だろう。ミカゲの魔力の前には厳重な警備も魔法による封印も大した問題にはなりそうにない。
セルジオ王は視線を真っ直ぐシオンに向けたまま、ゆっくりと口を開いた。
「――ミカゲが二人に危害を加える恐れがある」
その言葉を聞いた瞬間、シオンは目の前が真っ暗になったかのような錯覚を覚えた。
ミカゲがエミリオたちに危害を加えるなど信じられないが、本を遺した時のミカゲの状況を考えると相当追い詰められていただろうということもわかる。
本当に追い詰められたあの時、紫苑は叫ぶことすらできなかった。臣のおかげで少し落ち着きを取り戻した後はどこか他人事のようにパニックを起こす人々を眺めていたが、それはその時すでに諦めていたからだ。
シオンはミカゲはどうだったのだろうかと考える。臣のように隣に誰かいてくれたのだろうか。そして不安定な状態で本を遺したその理由を考えて――はっとして息を飲んだ。
(ミカゲも諦めてた? だから本を遺してキャメロットに向かったんじゃ……)
シオンは頭に浮かぶその考えを振り払おうとするが、悪い予想は途切れることなく膨れ上がる。
――ミカゲは勇者が自分の元へ戻ってこなかったのは勇者がすでにキャメロット王に害されたからだと考えたのではないか。
普段は落ち着いた調子で話すことが多かったが、最初に会った時などの様子を考えると実際は希少の起伏がはっきりした性格という印象だ。そんな彼女が勇者が帰ってくることを諦めたのだとしたら。
キャメロット王はミカゲを魔王にした人間であり、ミカゲの愛する人を奪った人間。そんな相手を恨むなという方が無理がある。
「ミカゲが復讐のために危害を加えるとは思えません。そのつもりであったなら、お……私の事など気にせず、本から出てきた時にキャメロット王の血縁を探すために姿を消していたと思うんです。けれどミカゲは俺と共にいて、色々教えてくれました」
「――もしかしたら、だが……ミカゲはシオンを守るつもりなのかもしれない。シオンの事を気にかけていたのは事実だろう?」
セルジオ王の視線から逃れるように目を伏せ、シオンは自分に言い聞かせるかのようにゆっくりと言葉を選ぶ。
クリスが仮定であることを強調しつつ言った復讐以外の理由に、そういったことは考えもしなかったシオンは目を丸くした。しかしユージンもランスも同じことを考えていたようで、クリスに同意して頷く。
「恐らくキャメロット王家の子孫が自分の時のようにシオンを魔王にするかもしれないと心配したんだろう。光属性の人間、つまり勇者を思い起こさせる属性を持つクリスがシオンの近くにいたことも要因の一つとなったのかもしれない」
「……すでに闇属性の人間が現れたという噂は街でも耳にするからな。ミカゲの時とは状況が違うとはいえ焦ったとしても不思議じゃない」
話の途中、ユージンはクリスを一瞥したがまたすぐに目を伏せた。クリスはむっとして眉をひそめたが、自分の属性が特殊であることは自覚していたし、ミカゲが時折観察しているかのような視線を向けていたことにも気づいていたのでその通りなのだろうと肩を落とした。
「理由はどうであれ、勇者との誓約によりアヴァロンは彼らを守らねばならん。しかし……」
「ミカゲの魔力を防ぐことができるのは私とシオンだけと?」
「そこでお前たち二人にはバルトリの者の警護に当たってもらいたい」
セルジオ王はゆっくりとシオンたちを見渡し、クリスの言葉に頷くとユージンとランスに視線を向けて小さく口の端を持ち上げた。
「――彼らは私の家族も同然です。どうか私も彼らの警護につく許可を」
「俺……いや、自分はミカゲに魔力では対抗できないかもしれませんが何かできることがあると思います。彼らは友人で、少しでも力になりたいのです」
「フィリア殿には弟は虫より弱いので危険な真似はさせないでほしいと言われているのだが」
「……っ、確かに自分は弱いかもしれませんが直接ミカゲと対峙しなくても、彼らを守る手助けはできるはずです」
ユージンの進言にセルジオ王は、ふむ、と少し考えるような仕草を見せ、ランスの言葉にはすっと目を細める。
セルジオ王が姉の名前を出したことでランスは一瞬びくりと体を震わせたが、膝の上でぐっと手を握りしめて真っ直ぐセルジオ王に視線を向けた。セルジオ王はその視線を受け止めると、ふっと笑みを深くして乗り出していた体を椅子の背に預ける。
「いいだろう。ではお前たちは友人であるエミリオの警護に当たってもらう。父であるジルロはアルヴォに警護させる」
「アルヴォが? ――大丈夫なんですか?」
「そういうな、やつは優秀だ。今もアルヴォが二人を連れて身を隠している」
セルジオ王の言葉にあからさまに不安そうな表情を浮かべたクリスに、王は苦笑すると再び体を乗り出す様にして机の上で手を組む。
ランスは警護を許可されたことよりも、発言が不敬とされずに済んだことに安堵し軽く脱力した。
「失礼いたします。客人が到着しましたのでお連れしました」
「わかった、お前はもう下がってよいぞ」
「はっ」
その時、軽いノックの音と共に小さく扉が開かれ兵士らしき人物が顔を覗かせた。
王はその訪問がわかっていたようで驚くこともなく、兵士を下がらせると客人だという人物に中に入るように促す。
ゆっくりと扉が開かれ、頭を下げて入ってきた人物はシオンたちの良く知る人物だった。




