71 虚偽
シオンが一部とはいえ忘れていたことを思い出したことに喜ぶ一方、クリスは苦しげに表情を歪めていた。自身の胸元を掴む手は力が入り、ふるふると震えている。
「魔王によって滅ぼされたとされてはいるが、実際は違う。魔王の脅威がなくなった直後、アヴァロンとキャメロットは争い、敗北したキャメロットの国土がアヴァロンの一部となったんだ」
「まぁまてクリス。王家にどのように伝わっているのかは知らないが、キャメロットが滅んだのは自滅に等しいぞ」
「……どういうことだ? そもそも王家にのみ伝わっているはずの史実を、何故お前が知っている?」
沈痛な面持ちで吐き捨てるように告げたクリスにユージンが首を傾げる。
ユージンの言葉にクリスはしばし目を丸くしぽかんと口を開いて呆然としていたが、すぐに立ち直るとユージンに詰め寄り口早に尋ねた。
「簡単に説明すると、キャメロットは影響力の高い勇者を亡き者にしようと画策した。その計画はもちろん失敗したが、それがきっかけとなり圧政を敷かれていた国民が反旗を翻したんだ。確かにアヴァロンが介入し、結果としてキャメロットはアヴァロンの一部となったが攻め入ったわけではない」
「――いくらなんでもそんな話、信じられるわけがないだろう」
「まぁそうだろうな」
ユージンはさも当然といわんばかりに頷く。自分の言葉をすんなり信じてもらえるとは最初から思っていなかったらしい。
二人の会話についていけないシオンはただ黙って二人の会話に耳を傾けていた。
「最近お前が調べていたのはミカゲのことか?」
「ああ。シオンの兄のリオルも同じことを調べていたのでお互い協力してな。シオン、お前の兄は本当に優秀だな」
「うん、兄さんはすごい。俺もいつか兄さんみたいになりたいんだ。いつか兄さんみたいな立派な騎士に」
「――お前の兄は騎士クラスだが本来は魔術師だろうが」
最近ユージンが授業後時々姿を消していたのはミカゲを調べていたからであった。闇の魔術師の記録は少なく、その数少ない記録のほとんどは城の研究所に保管されている。
ミカゲを調べるために親の権力と家柄を存分に利用して城を訪れたユージンとリオルが出会ったのは当然といえば当然の結果だ。
「うっぎゃああぁぁぁぁ!」
「何!?」
突然聞こえた悲鳴にシオンがびくりと体を震わせて立ち上がると、クリスとユージンも膝をついて立ち上がり扉へと向き直る。
「愚弟が騒がしくてごめんなさいね」
勢いよく扉を開いて姿を見せたのは、以前にもここを訪れたことのあるランスの姉であるフィリア。扉を開いたのとは反対の手でランスの胸元を掴みあげているためランスはぐったりとしていて顔色が悪い。
「フィリアさん、ランスが逝きそうです」
「あらやだ、やわねぇ」
ユージンが真面目な顔で指摘すると、フィリアは眉を寄せランスを掴んでいた手を離す。解放されたランスはべちゃりとその場に崩れ落ちしばらくゲホゲホとむせていたが、はっとしてフィリアの顔を見るとがさがさと這いずるようにしてシオンの背に隠れる。
フィリアは情けない弟の行動に顔をしかめたが、腰に手を当てゆっくりと弟以外の三人を見渡した。
「王があなたたちを城に召喚したわ。寮長にも伝えてあるからすぐにお城に向かいなさい。あのお姫様は私が見ているから心配はいらないわ」
「……俺は?」
「あんたもオマケで呼ばれてるわよ」
「オマケ……」
「そうそう、私服で向かいなさいね」
そういうとフィリアは部屋を出て、ヴィオラの部屋へと向かったようだ。その場に残された四人は首を傾げつつも部屋に戻り制服から私服へと着替え再びシオンの部屋へと集まった。
「何故フィリア殿が召喚を伝えに来たのかはわからないが、急いだ方がよさそうだな」
「ああ……」
「すぐ行こう。俺は一刻も早くこの場を離れたい」
クリスの言葉にユージンは頷きつつ何かを思案しているようだ。一方ランスは早く姉から離れたくて仕方がないらしく、しきりにシオンたちを急かしている。
ヴィオラのそばにフィリアが残るのは、ヴィオラを一人で残すと危ないという事なのだろう。
(ミカゲ、一体どこに?)
最後に部屋を出たシオンは、一度部屋の中を振り返る。もちろん部屋にミカゲがいるはずもなく、心の中で呟いた言葉に答える人などいるはずもなかった。
学園から城までは遠くはないが、シオンたちが到着したときにはすでに日も沈み、辺りを照らしていたのはいくつかの街灯と頼りげなく輝く糸のように細い月だけ。召喚されていたので前もってシオンたちについての話が伝わっていたことや、同行者に王子であるクリスがいたのですぐに城の中に入ることはできた。
通されたのは夏にシオンが王と面会した時と同じ部屋。クリスも自室に戻ることなくシオンたちと共に王を待っている。落ち着きないシオンとそれを宥めるランスの隣で、クリスとユージンは形の良い眉を寄せ難しい顔をしていた。
「このタイミングで呼んだ理由はなんだろうな。やはりミカゲに関することだろうか」
「だろうな。他に揃って呼ばれる理由は思いつかない」
「――なぁ、ミカゲって誰だ?」
「えっと……」
四人の中では唯一ミカゲの存在を知らないランスが首を傾げる。シオンはどう説明するべきかと頭を悩ませた。
シオンが落ち着きなく視線を彷徨わせるのを見て、ランスは顔つきを真剣なものに変えじっとシオンを見つめる。
「ランス?」
「もしかしてミカゲというのはイェシオン――いや、イェシオンのふりをしていた人間のことか?」
「なっ、なんでそれをっ!?」
「否定はしないんだな」
まさかイェシオンが別人であったことを知られているとは思わずに、シオンは慌てふためき言葉を詰まらせる。
否定されると思っていたらしいランスは苦笑を浮かべてぽんとシオンの頭に手を添えた。
「バートン家の情報収集能力を舐めてもらっちゃ困る。あの人だけは特殊でいろいろ突出しているが、基本的にうちの家系は何より情報を力としているんだ」
にかっと笑ってランスは胸をはる。シオンは嘘をつき隠していた後ろめたさから、おずおずとランスを見上げて尋ねた。
「……いつから知ってたの?」
「入学してくるとわかった直後だな。シオンが何も言わないから俺が何か言うべきじゃないと思ってた。ちなみに他にも知ってることはあるが、知られてしまった情報に力はなくなるからな」
ランスの返答にシオンがぐっと言葉を詰まらせると、それ以上は言うつもりはないとばかりにランスはわしわしとシオンの頭を撫でまわした。
「あ、悪い」
ぼさぼさになったシオンの髪に気づき、ランスは手を止め慌てて整える。シオンはランスの心遣いに感謝すると共に思わず潤んだ目を見られまいとぎゅっとランスの服を握りしめて顔をうずめた。
「シオンっ!? ちょっお前ら、視線で殺されそうだぞ!」
頭の上から慌てたランスの声が聞こえるが、今顔を見せたくないシオンはランスの服を掴む手にぎゅっと力を込めて離れない。腕力でシオンがランスに勝てるわけもないのだが、ランスは無理矢理シオンを引き離すことはしなかった。
「お前らどうしたんだよ、それじゃまるで――って、まさか!?」
自分を射殺しそうなほどに鋭い視線を向ける二人を宥めようとしてランスは何かに気づき息を飲む。わなわなと震えるランスにシオンが何事かとそっと隙間から様子を窺う。
「騎士と王子じゃ飽き足らずとうとうシオンにまで手を!!」
「変態思考に俺たちを巻き込むなっ!」
ランスが懐から取り出して突き付けた本をクリスは勢いよく奪い取りユージンに渡す。本を受け取ったユージンは迷いなくその本を二つに裂き床に叩きつけた。
様子を窺うシオンの視界がとらえたその本の表紙は抱き合う二人の男性のイラストが描かれた『騎士と王子』と銘打たれたもの。以前ランスが話していた城下のお嬢さん方の間で人気だという本なのだろうと世間に疎いシオンにも容易に理解できた。
「まったく、くだらないものをシオンに見せないでもらおうか」
シオンは後ろから伸ばされた手によってランスから引き離され、その直後にはユージンがランスを顔を掴み締め上げていた。ランスがバタバタと手を動かしユージンに手を離してくれるように態度で示すがユージンはにこやかに笑うだけで手の力を緩める様子はない。
「はっはっ、お前たちは仲が良いのだな」
いつの間にか部屋の入り口には王とアロルド、そしてユージンの父であるジオが立ってシオンたちを見つめていた。
その気配に気づいていなかったのはユージンも同じようで、慌ててランスを掴む手を離しバツが悪そうにその場に膝をついて頭を下げた。シオンとランスもユージンにならい膝をつく。
王はゆったりとした動作で席に着き、その背後にアロルドとジオが控えるように立つ。
「畏まる必要はない。まぁ座りなさい」
王に促されるがその言葉通り座っていいものかとシオンが父に視線を向けると、アロルドは大丈夫だというように小さく頷いた。
まずクリスが手近な椅子に座り、続いてシオンたちもその隣に座る。全員が座ると王は威厳たっぷりに笑みを浮かべ、ゆっくりとシオンたちを見回した。
「突然呼び立ててすまなかったな。至急お前たちに直接確認したいことがあったのだ」
「いえ、それで確認したいことというのは何でしょうか」
「クリストフ、そう急かすでない。まずはお前の学友に言っておきたいことがあるのだ」
シオンは落ち着きなく鼓動する心臓を落ち着かせようとゆっくりと息をつき、まっすぐ王を見つめて言葉の続きを待つ。
王は真っ直ぐ自分に向けられる四つの視線に満足そうに頷くと、その笑みを柔らかいものに変えた。
「まずはクリストフの父として感謝を伝えたい。強情な息子と仲良くしてくれてありがとう」
「勿体ないお言葉ありがとうございます」
その言葉にユージンがさらりと答え、頭を下げる。シオンとランスもそれにならうように慌ててぺこりと頭を下げた。
「これからもよろしく頼む。――では、時間もないので本題に移るとしよう」
そう言うと王は机に肘をついて手を組み、再び威厳をその身にまとう。
「まずは今回お前たちを呼ぶことになった根本の原因であるキャメロットの説明から始めようか」
笑みを消した王の言葉に、ごくりと喉を鳴らしたのは誰だったのか。
それすらもわからないほどにシオンは緊張し膝の上で握りしめる拳に力を込めていた。




