52 前兆(クリス視点)
夜会の後は本来この場に訪れたという記録のないシオンを正面から帰すわけにもいかず、そのまま城に滞在させることにした。
人目につかないように帰らせることが出来ない訳ではなかったが、このまま城に滞在させ明け方に俺と一緒に秘密の通路で城を出るほうが容易であると同時にリスクも低い。
明け方までどこでシオンを匿うかという話となった時、ヴィオラが自分の部屋で匿うと言い出した。
もちろん国賓であるヴィオラには護衛と侍女が張り付いているのだから当然その申し出は一蹴したが、そもそもヴィオラは女性でいくら仲が良いとはいえ男であるシオンを匿うというのは問題がある。見つかった時にどういう事になるのか考えれば容易にそれが悪手だとわかるだろう。
無理だと騒ぐシオンの口を手で塞ぎ、見つからないようにと半ば引きずるような形で自分の部屋へと戻った。
部屋に入り扉を閉めるとシオンはがっくりと肩を落としたが、すぐに顔を上げてきょろきょろと部屋の中を見回し始める。そのわかりやすい態度に思わず笑みがこぼれたが、すぐにその笑みは消え去る事となった。
「うひゃあぁぁ! 出た!!」
突然叫び声をあげたシオンは窓側の部屋の角に向かって魔力を放った。
咄嗟にその魔力を相殺しようとするが間に合うわけもなく、放たれた魔力は部屋の壁の一部を削り取って霧散した。
俺との特訓の成果で魔力をより凝縮できるようになり、シオンの魔力放出は物理的にも威力を発揮できるようになっていたようだ。その成果がうれしくもあり、また恐ろしくもある。
普通には防ぐ事のできないその魔力が、それまでは昏倒する程度の被害であったものが物理的にも凶器となって襲い掛かってくるのだ。そして本人に自覚はないようだがその内包する魔力量は計り知れない。
暗部がのどから手が出るほどに欲しがりそうな人材だとつくづく思う。学園を卒業する頃には恐らく何らかの接触があると思って間違いないだろう。
俺はすっかり逸れていた思考を戻し、シオンにこの部屋に結界があることとすぐにでも衛兵が駆けつけてくるであろうことを説明した。
衛兵が駆けつけてくる前に一応どうして魔力を放ったかを尋ねた。授業以外ではあまり魔法を使いたがらないシオンが理由もなくあんなことをするわけがない。
「えっと……何かもやもやとした黒いものが浮かんでいて……幽霊でもいたのかと思って」
ごにょごにょと口ごもりながらも答えたシオンに俺は溜息を付いたのだが、今は消えてしまったというその黒いものが少々引っかかったので後日調べることにした。
そして覚悟を決めて衛兵を待つ俺たちの間には張り詰めた空気が流れ、お互いに口を開く事もなくただじっと衛兵が扉を開くその時を待っていた。
待てど暮らせど衛兵が来ることはなく、すっかりと空は白んで当初俺たちが城を出る予定の時刻となった。
何故衛兵が来なかったのかは気になるが、それも黒い何かと一緒に後日調べればいい。それよりも今は急いで寮に戻る事の方が先決だ。
急いで着替え、クローゼットから何となく捨てる事ができずにそのままにしてあった服を取り出す。それは俺にはすでに小さくなってしまって着る事ができない服なのだが、シオンには今の俺の服を貸すよりも良いだろうとその服に着替えるようにと促した。
城を抜け出す時に使ったのは昔よく使っていた王家の血を受け継ぐものだけが通る事ができる隠し通路。
いざという時に王家の血を受け継ぐものだけが逃げ出すための通路なんだと思い込んでいた。自分たちが助かるためだけに作られた卑怯なものなのだと。
黒髪の少女を探さずにはいられなかったあの頃の自分はこの通路を使って抜け出してはお目付け役の騎士を困らせていた。
毎回ここぞというタイミングで現れるのが不思議だったが、少女の事で頭がいっぱいだったその頃の俺はその事をただの偶然だとして大して気にしていなかった。
今はその通路が子供の為の通路なんだというシオンの言葉にすんなりと納得することができる。そしてずっと見守られていた事に今更ながら感謝した。
城下町にある学園まで、早朝ということもあって人と会う事も無く無事に戻る事ができた。
一旦寮のシオンの部屋へ入り、一息つく。やはりまだユージンたちは戻ってきていないようだった。
無事に戻りほっとした事で緊張の糸が切れ、それまで感じる事のなかった眠気が途端に俺たちを襲う。シオンがくあっと欠伸をして眠そうに目を擦ると、つられるかのように欠伸が出た。
「俺も戻って寝るとするか。ユージンたちが戻って来れば寝てもいられないだろうからな」
「ふあー、ならそっちのベッド使えば? 誰も使ってないけどちゃんとシーツ交換もしてて綺麗だよ」
もぞもぞと布団にもぐり込みながらそう俺に空いているベッドを勧めるシオン。次の瞬間には寝息を立てて、夢の世界へと旅立っていた。
このまま俺が自分の部屋に戻ればシオンの部屋は鍵が掛かっていないといういくら学園の寮とはいえ無用心な状態となる。
「まぁせっかくの申し出だから受けるとするか。それになにより眠……」
ふあっと大きく欠伸をして俺は使われていないベッドの、それでいてきちんと手入れされたそれにごろりと横になった。
睡魔の波に身を委ねればすぐに俺の意識は途切れ、そして夢を見た。
その瞳に映る自分の姿に頬が緩む。
そんな俺に彼女は少し照れたように、けれど俺から視線を逸らすことなく微笑む。
その手を取り、どこからか聞こえてくる音楽に合わせてステップを踏めば彼女の淡い青いドレスの裾がふわりと揺れた。
「クリス」
ダンスを終えると、俺の名を呼んで彼女が微笑む。
それがあまりにも嬉しくて幸せで、俺は彼女をぎゅっと抱きしめた。
彼女が着ているドレスは多くの女性が着るような体の線が強調されるようなものではなかったが、彼女はやはり力を入れれば折れてしまいそうなほど細く柔らかだった。
もう一度彼女の名を呼ぼうと再び彼女と目を合わせたその瞬間。
周りが一気に闇に染まり、見えない力が俺から彼女を引き離そうとする。俺は引き離されまいとぐっと腕に力を込めて強く彼女を抱きしめた。
しかし頭に何か強い衝撃を受け、そこですべてが黒に染まった。




