49 懐古(ユージン視点)
決して同情なんかじゃなく、純粋に彼女の力になりたいと思った。
まだ幼かったあの日、両親が連れてきた友人の娘だという紫苑。
幼いからだけというだけではないその中性的な容姿は子供心にとても綺麗だと思った。
唯一の肉親だという祖母が倒れて父の経営する病院に入院し、一人きりとなってしまった紫苑は俺の家で一緒に暮らす事になったのだ。
ただその頃の紫苑は何に対しても無気力で、俺はそんな紫苑が心配で、笑顔になって欲しくて必死に紫苑に話しかけた。最初はほとんど表情に変化すら見られないほどの無表情だったけれど、中学に入学して夏休みに入る頃には稀に面倒そうな表情などを見せるようになっていた。
笑顔で紫苑に話しかけるように心がけていたからか、気づいた時には俺は学校の王子様などと影で呼ばれるようになっていた。
そんなことに興味は無かったのだが、近づいてくる多くの人間は笑顔で答えていればある一定以上は近づいて来なかったのでそれはそれで都合がよかった。王子様なんて本当の俺からは遠い存在だったけれど、その時に紫苑の王子様になるのもいいと思った。
冬になると紫苑は笑顔も見せるようになっていた。
失笑や鼻で笑うといったものがほとんどだったけれど稀に本当の笑顔もあり、その頃から俺は紫苑にとって特別な存在なのだと少しの優越感を感じるようになっていた。
けれどそれは近寄りがたかった紫苑のイメージを払拭して紫苑の周りにも人が集まる結果となった。
嬉しく思う反面、俺の特別な場所に踏み入られているようで面白くない。けれど紫苑にそんな自分を晒して幻滅されるわけにはいかなかったから俺は紫苑の隣でただ見守ることにした。
その後はどこをどう間違ったのか。
俺は実家からは少し遠い高校に進学した紫苑を追いかけるように同じ高校に進学したのだが、そこで何故か俺だけでなく紫苑までもが王子様だと呼ばれるようになっていた。
紫苑の性格上王子様などと呼ばれることを好まないことを知っていたからか、直接紫苑にそう呼びかけるような人間はいなかったので本人だけはその事実を知らないようだったけれど。
確かにその学校は私服通学で紫苑は男物の服ばかり着ていたから紫苑の外見上そう呼ばれてもおかしくはないとは思うけれど。だけど紫苑はれっきとした女の子で、俺が守ると決めた俺にとってはただ一人のお姫様なのに。
王子様だとかお姫様だとか、自分がこんなに少女趣味だったとは思いもしなかった。けれどそれぐらい紫苑のことが大切で――そう、好きだった。
ゆっくりと時間をかけてそのことを紫苑に気づかせて、そして俺を意識するようになればいいと思っていた。まだまだ俺たちには長い将来の時間があるのだからと。
実際は俺たちに残されていた時間なんてほとんど無かった。
宝くじで一等を当てるよりずっと低い確率だといわれる飛行機事故に、俺たちは遭ってしまった。
普段は少し冷めたような表情の紫苑もその時は目に見えて顔から血の気が引き、じっと俺を見つめていた。
「怖い?」
口から出たのはそんな当たり前のことを尋ねる言葉。
そんな気の利かない俺の言葉に紫苑は無言で頷いたので、俺はぎゅっと紫苑の手を握った。少しでもその恐怖を和らげるように、そしてこんな時だけれど俺を見て欲しくて。
「俺も怖い。でも紫苑を守れないかもしれない事のほうがもっと……俺は紫苑が…………」
紫苑、君を守りたかったのに俺は本当に無力だった。
世の中にはどうにもならないことがあるのも事実で、俺が超能力者や魔法使いでもない限りどうしようもなかったこともわかっている。
けれど最後にせめてその言葉だけは伝えたかったのだけれどそれも適わないらしい。
「君が好きだよ」
その言葉は爆音にかき消され、真っ赤に染まりゆく視界と共に俺の意識も混濁していった。
そこで俺の自我は消えてしまったはずだった。
けれど突然、再び俺の藤崎 臣(ふじさき じん)としての自我が目覚めた。
ユージン=フィッツジェラルド、それが今の俺の名前。ほぼ呼ばれることなどないけれど、前と同じジンという愛称で呼ばれることもある。
臣としての自我が目覚めたのが一歳になった日で、俺は必死にこの世界の言葉を覚えた。せめてしっかりと言葉を覚えた後に臣の自我が出てくれればこんな苦労もしなかったのにと恨めしく思っても仕方が無い。
どうしても同じ年頃の子供に比べると言葉を覚えるのが遅くなり、それが悔しくて情けなくてすっかり俺は無口でむすっとした表情の子供といった存在になっていた。
新しい世界には魔法も魔物も存在していた。
騎士の家系に生まれた俺は、幼い頃から剣の扱いなどを叩き込まれて将来を有望視されるほどの腕前となり、それでいてかなりの魔力を持っていたらしい。
十四歳となった時、この国の決まりに基づいて学園の騎士クラスに通うものだと思っていたのだが実家ではほとんど学ぶことの出来なかった魔法を学ぶために魔術師クラスに通うこととなった。
独学でもそれなりには扱えるようになっていたとはいえ本職の魔術師から見ればそれは素人同然というレベル。俺は特に反対する理由もなく学園の魔術師クラスへと入学した。この世界で生きていくのならば戦う術は多いほうがいいのだから。
入学式のその日、俺の考えは一変する。
戦うための魔法ではなく、守るための魔法を学ぼうと。
それは間違いなく運命だと断言できる。
男しか通うことの無い学園だったけれど、同じ新入生が並ぶ列の中にずっと忘れることのなかった記憶と同じ姿の生徒を見つけた。
その生徒の名前はシオン=ファシール。
その名前、その姿、それは間違いなく紫苑。ファシール家の次男だというが、俺が紫苑を間違えるはずがない。
その後の自己紹介の時に真っ直ぐに俺に向けられた視線に、俺の考えが間違っていないのだと確信した。
ずっと探していた、遠い昔に無くした大切な宝物。
今度こそ守れるように、今の俺にはあの時には無かった力があるのだから。
ただこの世界には前の世界では触れることのなかった貴族や王族といった柵も多々あるのですぐに行動に移すわけにもいかなかった。
ユージン視点はまだ続きます。




