48 結界
「とりあえず、そこへ座れ」
「ハイ」
シオンはクリスに指し示された場所に正座してクリスを見上げた。
シオンを見下ろすその表情は、怒っているそれではないが明らかに呆れている。
「ここは俺の部屋で、俺は一応この国の皇太子。つまりここは皇太子の部屋ということになっている」
「知ってます」
「そこでいきなり魔力を放つ阿呆がいるかっ! 一応それなりに警備も厳重で結界も張られているんだぞ」
「結界?」
「結界によってこの室内である程度の魔力が感知されれば衛兵が駆けつけてくる。つまり……」
「……見つかる?」
シオンはそう答えながらも自分の顔が引きつっているのがわかった。
王子の部屋にこんな深夜に滞在しているなどといえば怪しまれて当然で、いくら部屋の主の許可があるとはいえ褒められたことではない。家名に傷がついてもおかしくなく、そうでなくとも城下のお嬢さん方の噂の王子の相手はユージンからシオンに変わるだろう。
「どうしよう!」
「下手に逃げても余計に怪しまれるだけだからな。このままここで大人しくしているのが一番だろう」
「でも見つかったら……」
「面倒ではあるが、俺が無理矢理滞在させたと説明する。実際その通りだからな」
明後日の方向を見つめながら細く息をはくクリスを見上げながら、最悪の事態は免れてもお嬢さん方の噂の対象となる事態は避けられそうにないとシオンはキリキリと痛む胃を抑え衛兵が飛び込んでくるであろう部屋の扉を見つめた。
どれだけ時間が止まってくれればと願っても時間は絶え間なく流れ続ける。
次第に白みゆく空をシオンとクリスは窓辺に並んで座りつつ眺めていた。
「衛兵……来なかったね」
「ああ。職務怠慢にもほどがある」
クリスの部屋に異変を察知した衛兵が来ることはなく、今か今かと気を張り待ち構えていた二人は肩透かしを食らい呆然とした様子で呟く。
ふるふると頭を振って、先に気を取り直したのはクリスだった。
「とにかく見つからなかったのだから、予定通り今のうちに寮に戻るぞ」
「うん、そうだねっ」
「とりあえずこれに着替えろ」
クリスは手早く着替え身支度を整えシオンに服を差し出し、シオンは慌てて立ち上がり差し出された服を受け取る。
手渡された服はシンプルだが質が良くシオンには気持ち大きいと思われるサイズで、恐らくクリスが数年前に着ていたであろうものだと思われた。
中に着ているインナーの上から被るタイプの服だったのでさっとそれを被り、クリスの視線が自分に向いていないことを確認して急いでズボンも履き替えた。着ていた服はドレスを入れた袋に一緒に無造作に詰め込んだ。皺になってしまうがこの際仕方がないだろう。
「さあ、人目の少ないうちに行くぞ」
クリスの言葉に頷き、シオンは服を詰め込んだ袋を背負った。
ベランダから抜け出した二人は城内の隠し通路から外へと抜け出し寮へと向かう。
この隠し通路はクリスが幼い頃に城から抜け出す際に利用していたものらしい。
(クリスでも城から抜け出したりしてたんだなぁ……意外)
外から賊が侵入したりしないのかと気になったシオンは寮へと帰る道すがら尋ねてみた。
「その心配はほぼないな。入り口と出口は王家の血筋の魔力を感知しないと開かないからな。だから血縁関係のない者は王妃であっても一人では通ることができないんだ。結局王やその子供たちをいざという時に逃がすためだけに作られたものだろう」
「ふうん」
王家の血を守る為だけのものだと吐き捨てるクリスにシオンは首を傾げた。
抜けてきた隠し通路は随分と小さな作りで走ることが難しいほどに天井が低く、王が有事の際に逃げるには不向きだとしか思えないのだ。しかも抜けた先は王城から大して距離の離れていない場所で、人目には付きにくいが近くには多くの人が行きかう通りがある。
シオンは隣を歩くクリスを少し見上げるようにして口を開いた。
「俺の勝手な想像なんだけど、さっきの通路って完全に子供用だと思うんだよね」
「どうしてだ?」
シオンに振り返ることなく歩みを進めるクリスにシオンは思いつきだけど、と断り言葉を続けた。
「子供なら走れる程度の天井の高さの通路に抜けた先は城下町。しかも大通りのすぐ近く。これってわざと子供が抜け出しやすい通路を作っておいて、抜け出した子供を影から見守ってるとかいうやつじゃないかなぁって思ったんだ」
いざという時にはクリスのいうような意図もあるだろうけど、と付け足して。
クリスは少しだけ驚いたような表情をしたかと思うとすぐにくっと笑みを漏らした。
「……だろうな。今思えば危険なことがあった時は決まって誰かが助けてくれたし、ある程度時間がたった時には必ず迎えがきたからな。当時はそんな事考える余裕なんてなかったが」
「そんなものなんだ」
「ああ」
シオンはきっとクリスのことなのだから、何かに必死になりすぎてその息抜きに抜け出したのだろうと一人で納得する。
程なくして城下町の一角にある学園の門が前方に見え、二人は無事寮へと戻ってきたのだった。
寮に到着した二人はとりあえず一人部屋であるシオンの部屋へ入り、シオンはぼすんとベッドに座りクリスはその傍らにある椅子へ座った。
「あーそうだ。この服どうすればいい?」
「好きにすればいい。どうせ俺にはもう小さすぎて着れないからな」
「そうだなぁ、せっかくだし貰っておこうかな」
そう言ってシオンがくあっと欠伸をすれば、それにつられるようにクリスも欠伸を漏らす。
「俺も戻って寝るとするか。ユージンたちが戻って来れば寝てもいられないだろうからな」
「ふあー、ならそっちのベッド使えば? 誰も使ってないけどちゃんとシーツ交換もしてて綺麗だよ」
何故かシオンの部屋のベッドには二人分の布団が用意されていたので、せっかくなのだからとシオンが自分の使っているものと一緒に手入れをしていた。そして抜け切らない庶民感覚でそれを使わないのは勿体無いと感じていた。
眠気で働きの鈍った頭で勿体無いという部分だけが強く感じていたシオンはさっさと自分のベッドに横になりながら、クリスにもう片方のベッドを使うようにと勧めたのだった。




