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47 舞踏

「ところで二人とも、会場で誰ともダンスを踊らなかったのか?招待客の何人かにお前たちをダンスに誘いたかったのにと嘆かれたぞ」


 椅子の背にもたれ足を組みながらクリスは二人に尋ねる。

 シオンとヴィオラは顔を見合わせ「そういえば……」と誰ともダンスをしていなかったことに気がついた。


「ダンスを踊るのは社交辞令みたいなものだからな。誰とも踊らなかったのはちょっとやりすぎたんじゃないか?」

「あら、でもどなたにも誘われなかったのは事実よ?」

「それはわかっている。やりすぎたのはユージンとランスだ。やりすぎればそれでまた変な噂が出かねないからな」


 クリスは仰け反るようにして空を仰ぎならが眉間を押さえた。

 ヴィオラは指を立てて顎に添え、首を少し傾ける。


「確かに、せっかくの夜会で一曲も踊らなかったのはもったいなかったわね」

「え……俺は踊れないから助かったよ?」


 シオンの言葉に苦笑を浮かべていたクリスとヴィオラが驚いた様子で振り返った。

 確かに次男と認定される前はダンスの練習もしていたのだが、その後に学んだダンスは男性のステップのみである。シオンには今更女性のステップを踊れる自信は全くなかった。


「……今後また頼むときに踊れないと困るな。よし、俺が手ほどきしてやろう」

「結構です。そもそも今後って何だよ」

「ほら、そう言わずに」

「シオン、私もシオンのダンスが見てみたいわ」


 クリスが差し出した手をシオンはジト目で睨む。

 明らかに面白がるクリスの誘いに乗る気など全くなかったシオンであったが、ヴィオラに上目遣いでお願いされあっけなく陥落し、結局クリスとダンスを踊ることとなってしまった。


 わざとクリスの足を踏みつけつつもクリスにリードされてステップを踏む。最後に踊ったのは幼い頃であったとはいえ基礎の部分は体が覚えていたらしく、数曲踊った頃にはシオンはすっかりと女性のステップで踊れるようになり無意識の内にダンスを楽しんでいた。

 シオンは基本、何であれ体を動かすことが好きなのだ。


「驚いた。シオン、もう立派なレディだな」

「ええ、すばらしいダンスだったわ」

「…………」


 心底驚いたという表情のクリスとレディという部分を否定することなく褒め称えるヴィオラ。シオンはなんともいえない心境となり椅子の上で膝を抱えて顔を埋めた。


「そうだシオン。私とも踊ってくれる?」

「え?でも俺今はこんな格好だし……」

「気にしなければ問題ないだろう。ん?テラスの下にいるのはお前の兄と……エミリオ?」


 クリスが指し示す先をみれば、テラスの下の庭園にいたのはこちらを見上げながら微笑み手を振る正装したリオルとエミリオの姿があった。そしてリオルの手にはなにやら大きな包みが抱えられている。


「なんで兄さんが……それしてもエミリオ違和感ないなぁ」


 おもわずシオンがそう漏らすほど、リオルの隣に立つドレス姿のエミリオは違和感なく可愛らしい少女の姿をしていた。

 テラスからシオンが顔をだすと、リオルはしっと口に指を当てると手にした包みをふわりと浮かせた。包みはふわふわとシオンたちのいるテラスまで移動し、ぽすんとシオンの腕の中に落ちる。


 再びリオルを見れば、リオルすでにシオンたちに背を向けてエミリオと共に出口へと向かっていた。シオンが首を捻りつつも包みを開くと、そこにはシオン用の、つまり男性用の正装の衣装が用意されていた。

 クリスは横から覗き込んでその中身を確認してくっと口角を持ち上げる。


「イェシオン嬢は体調が悪くなったため一足先に家族と共に帰ったと言えば問題ないだろう。隣のテラスの部屋は兵士の待機する部屋だが、今の時間兵士はいないからそこで着替えるといい。窓も開いているはずだ」

「そりゃ男物のほうが動きやすくてありがたいけど……いいのかなぁ?」

「別に俺はその姿のままでもいいと思うぞ。シオンの普段とは違う面白い反応が見られるからな」


 クリスの提案に大丈夫なのかと難色を示したシオンを、クリスは笑みを浮かべて突然後ろから抱きしめた。


「うおわああぁ!? もういい、着替えてくるっ」

「ほら面白い」


 ばっとクリスの腕を振り払い、シオンは狼狽しながらもドレスの裾を翻して隣のテラスへと飛び移った。あっさりとクリスの腕を振りほどくことができたのはからかわれていた証拠であり、現にクリスは肩を震わせて笑いを堪えている。


 憤慨しながらも会場の隣の部屋へと無事侵入したシオンは、手早くドレスを脱ぎ捨て用意された服に着替えた。包みの中には化粧を落とすための道具やブラシまできちんと用意されており、これを準備してくれたであろうティカと持ってきてくれたリオルとエミリオにシオンは感謝した。


 別に用意されていたドレスを入れることの出来るサイズの袋に乱雑にドレスやカツラを詰め込み、その袋を担いでシオンは再びクリスとヴィオラの待つテラスへと戻る。

 ドレスの時はあまり余裕のなかったそのテラス間の距離も、普段よりはかちっとしていてもドレスに比べればずっと動きやすい服装となったシオンは危なげなく飛び越える。


「ドレスもとても似合っていたけれど私はそっちのほうが好きだわ」

「あはは、ありがとう。ヴィオラ」


 シオンとヴィオラは顔を見合わせて笑いあい、そしてシオンは一歩後ろへと下がってヴィオラに手を差し出す。


「それでは姫、私と踊っていただけますか?」

「よろこんで」


 踊れるようになったとはいえやはりまだたどたどしい部分があった女性としてのダンスとは違い、目の前で優雅にそれでいて生き生きとした表情で踊るシオンとヴィオラをクリスは複雑そうな顔で見つめていた。



 夜会は無事終了しユージンとランスはユージンの家へと戻り、ヴィオラとシオンはそのまま城に留まっている。

 ヴィオラは公賓として招かれた為もともと部屋が用意されており、すでに休んでいる。逆にシオンは本来この場にはいない人物で夜会終了で他の客に紛れて帰宅しようとしたのだが、イェシオンと同じ顔のシオンに下手に気づかれると後々面倒だとして強制的に城に滞在するように強要されたのだ。


「無理っ!」

「何故だ? 一番人目につきにくくて隠れて滞在するにはもってこいの部屋だぞ」

「一応クリスは王子様なんだし、一般市民の俺と朝まで同室とか駄目だと思うっ」

「色々忘れているようだがお前は立派な貴族だ。しかも上位のな。それに朝までといっても実際は早朝には城を出るんだから、あと数時間といったところだろう」

「無理なものは無理いぃぃぃ」


 必死にクリスの部屋へと連行されそうになるのを拒否していたシオンだが、埒が明かないと判断したクリスによって口を塞がれそのまま部屋へと引きずられていったのだった。


 無常にもシオンの目の前で部屋の扉が閉められ、逃げ道は閉ざされた。そもそも王族の部屋付近で誰かに見つかれば大騒ぎになってしまうので今更逃げるわけにもいかないのだが。

 シオンは諦めの心境で、しかし王子の部屋というものに興味がないわけでもなかったのでぐるりと部屋の中を見渡し、そして見つけてしまった。


「うひゃあぁぁ! 出た!!」


 クリスの部屋の窓際の角に浮かぶ黒いもの。その何かに向かってシオンは反射的に魔力を放つ。シオンの放った魔力はクリスの部屋の壁の一部を削り取り、そして黒い何かと共に消滅した。


 部屋の主であるクリスはその様子を唖然として見つめていた。

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