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46 本番

 会場は多くの招待客で賑わっていた。


 色とりどりのドレスを身に纏った貴婦人や令嬢が談笑しながら本日の主役を待っている。

 参加者は必ずペアで参加しているのだが、多くの女性はペア相手が父であったり兄弟とほとんどが親類で、実際はこの会場に結婚相手となる将来有望な男性を探しに来ているようだった。


 ランスの腕を取りエスコートされながら会場へと入ると、二人を他の多くの参加者たちが振り返る。そしてヒソヒソとなにやら言葉を交し合っていた。

 シオンがランスをそっと見上げれば、ランスはにっこりと微笑んで会場の壁際へと移動する。


 少し他の招待客からは離れたその場所で、シオンは小さく息をついた。


「なんだかすごく見られている気がして落ち着かない」

「まぁ、貴族のご令嬢たちは色々と必死だろうからなぁ。ライバルを気にしているんだろう」


 ランスの言葉にシオンは眉尻を寄せる。

 どうやら自分のほうが注目されていることにランスは本気で気がついていないようだった。


 ランスの細身のように見えて実際は必要な筋肉がしっかりとついた肢体はシオンにとって理想的とも言え、それでいて顔も間違いなく美形の部類に入る。今は正装していて更にそれが際立っているのだ。

 今はまだどこの家の人間なのかわからないので直接声をかけられていないだけで、バートン家の人間だとわかれば間違いなく多くの女性に囲まれるだろう。


(そうなったら俺一人ででもヴィオラを守らなくっちゃな)


 シオンは隠れるようにして小さく拳を握り締める。ちなみにシオンの中ではユージンも女性に群がられることは決定事項となっていてた。


 しばらくすると会場が突然静かになり、招待客の視線は会場の奥へと注がれていた。

 会場の奥にある舞台に姿を現したのはクリスだ。やはりクリスも正装で王子様度は学園での姿に比べて格段にアップしていて、今更ながらに王子様なんだなぁと実感させられる。


い つもとは違う王子らしい口調で招待客に挨拶の言葉をかけ、そして本日の主役であるヴィオラを紹介する。ユージンにエスコートされながらヴィオラが壇上に姿を現せば、招待客の多くから感嘆の溜息がこぼれた。


 今日のヴィオラはサイドの髪をだけ結い上げ後ろの部分はそのままふわふわと流した髪形で、その髪の色が映える白のふんわりとしたシルエットの可愛らしいドレスに身を包んでいる。それは妖精じゃないかと見紛うほどの可愛らしさだ。

 ヴィオラを見て頬を染める男性の招待客に、シオンは自分の事のように誇らしく思うと同時に露払いも大変そうだと身を引き締めた。


「それでは皆さん、ごゆっくりお楽しみください」


 挨拶を締めくくり、クリスは壇上から会場へと降りる。それにユージンとヴィオラも続き、他の招待客と同じ場所へと移動する。

 ここからが本番であり、シオンたちの出番となる。


 クリスたちが壇上から降りる邪魔にならぬように招待客は一旦その付近から離れる。そのタイミングを逃すことなくシオンとランスはその人垣の最前列へと移動した。

 シオンはランスに手を引かれ、不思議なほど自然にあっさりと気がつけば最前列に立っていたのだった。


「やあランス。来てくれたんだね」


 真っ先にクリスは人垣の一部となっていたシオンたちに声をかける。

 ランスはシオンと共に人垣から一歩前に出てにっこりとクリスに笑いかけた。


「お招きありがとう」

「イェシオン=ファシールと申します。兄が大変お世話になって……ありがとうございます」


 クリスとランスが握手を交わし、シオンはその一歩後ろで軽く会釈をする。少々ぎこちない動きであったかもしれないが、それは王子を前にした緊張と思われる程度で問題はないはずだ。


「シオンの妹君ですね。シオンにはとてもよくしてもらっています。そうだ、ヴィオラ姫はまだこの国に来られたばかりで心細くていらっしゃるだろうと思うのです。よろしければ彼女の話し相手になっていただけませんか?」

「私でよろしければ喜んで」


 この会話はすべて事前に決めていたことであり、ここまでは順調に事が進んでいた。こうして多少強引ではあるが、シオンが問題なくヴィオラの隣にいられる状況を作り出したのだ。

 多少強引だろうがこういう場面では先に仕掛けたほうがやりやすい。もちろん時と場合によるのだが、今回は先に仕掛けたほうがいいだろうということになったのだ。


 楽しそうに会話をするシオンとヴィオラの元へ挨拶にくる人間も多かったのだが、その度ユージンとランスがさりげなくフォローして必要以上に長く会話を続けられぬ状況を作り出していた。


 その為か直接ヴィオラに話しかけるのではなくシオンを経由して自分との会話のきっかけを作ろうとシオンに声をかけてくる男性もちらほらと現れてたのだが、やはりそちらもユージンとランスが上手くあしらってくれていた。



「少々人に酔ってしまったようなので、あちらのテラスで休んできますね」

「あら、でしたら私もご一緒させてください」


 夜会も終盤にさしかかる頃、シオンはやはり事前に決めていた通り病弱を装いつつヴィオラと共にテラスへと移動した。テラスの入り口は他の招待客が入ってこないようにユージンとランスが控えている。


「くっはぁぁ、疲れる……」

「ふふ、シオンの演技はとても上手だったわよ? あれなら気づかれることもないわね」

「そう? ならいいんだけど」


 テラスに置かれたテーブルセットの椅子に向かい合うように座り、会場からは見えないのをいい事にシオンはぐったりとテーブルに突っ伏した。そんなシオンをヴィオラはくすくすと微笑んで労う。


「あとは終了時間の少し前に会場に戻ればいいんだよね」

「ええ」


 会場は熱気に溢れていたのでテラスの涼しさが心地よく感じられる。

 シオンがテーブルに突っ伏したままの状態で顔だけ動かし空を見上げれば、見事な満月が夜空を照らしていた。


 のんびりとシオンがヴィオラと夜空を眺めながら取り留めのない会話を楽んでいると、テラスと会場を隔てているカーテンがばさりと音を立て誰かが二人の元へと近づいてくる。

 招待客の誰かかもしれないのでシオンは慌てて佇まいを正して振り返りその誰かを確認する。振り返った先に立っていたのはグラスを手にしたクリスだった。


「なんだクリスかぁ。驚かせないでよ」

「……なぁシオン。その姿のときはあまりそういう言動はだな」

「あー、俺喉渇いてたんだよね。それちょーだい?」


 シオンは口を尖らせて文句を言いつつも、クリスの手にもつグラスを奪い取った。クリスは諦めたような様子で苦笑して空いている椅子に腰掛ける。

 グラスに入っていたのは少し甘酸っぱい炭酸でシオンの渇いた喉を潤してくれた。


「それで、あとどれぐらいで終わるの?」

「あと半刻とちょっとといったところだな」

「ふむー。中はどんな様子?」

「主役は脈無しと判断し、もっと手近な相手を探している者が多いようだな」


 クリスの言葉にシオンは自分の役目は無事果たせたようだと満足げに笑みを浮かべた。

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