45 準備
王女とは縦ロールで扇で口元を隠しながら高笑いしているものだと信じていたシオンは本物のお姫様という存在に驚き、戸惑い、そして友人となっていた。
「シオンの双子の妹さんにいつか会ってみたいわ。そっくりなのでしょう?」
すっかりと口調も友人らしくなったヴィオラは、何かあるとまずシオンを頼るようになっていた。曰く、シオンが一番話しやすいからだという。
「そうだね、クリスたちにもよく似てるって言われた。いつか会うことがあったら仲良くしてやってね」
「もちろんよ。こちらがお願いしたいぐらいだわ」
今日は夜会当日である休日の朝で、シオンは自室でヴィオラとヴィオラの迎えが来るのを待っていた。
クリスたちはすでにそれぞれ準備のために戻っていて学園にはおらず、シオンもヴィオラの迎えが来た後に実家へと戻ることになっている。
「それにしても、本当にシオンには悪いと思っているの」
「え?」
「今日の事よ。私のために女装しなくてはいけないでしょう?」
「なんだ、そんな事。ヴィオラの、友達のためなんだからどうってことないよ。気にせず俺たちに守られていてね?」
「……ありがとう」
ぽそっと照れたようにお礼を言うヴィオラはとても愛らしくて、シオンは改めてクリスは本当に見る目がないと思う。
しばらくしてコンコンと控えめに扉がノックされ、シオンが扉を開くとそこに立っていたのはディアンだった。
「ヴィオラさん、お迎えの方が到着されました。今は来賓室で待っていただいているので、そこまで俺が案内をさせてもらいます」
「よろしくお願いしますわ」
「じゃあヴィオラ、また後で」
「ええ」
シオンは部屋を出るヴィオラとディアンに手をふりながら二人の背中を見送ると、すぐに自身も急ぎ実家へと戻った。
「おかえりなさいませ、シオン様」
シオンを出迎えたのは先日マルツェッラから戻ったばかりのティカだ。
シオンが自分の部屋へ入ると、事前に連絡を入れてあったのですでにシオンの女装用の衣装であるイェシオンのドレスやカツラなどが用意され並べられていた。
「よろしく、ティカ」
「お任せくださいませ」
ティカの手際のよい腕前で、あっという間にシオンは再びイェシオンの姿となる。
前回と違う点は、今回はドレスでありこととイェシオンのふりをするシオンとしてクリスたちの前に出ることだ。つまりそれは前回のように貴族の令嬢を演じつつも、シオンらしい点も見せねばならない。
鏡に映る自分の姿に溜息をつきながらもドレスの裾をつまんで歩く練習をしていると、扉をノックしてリオルが部屋へと入ってきた。
「シオン、お友達が到着して玄関で待っているよ」
「わかった、すぐに行きます」
「ああ、そのドレスもよく似合っているね」
にこにこと機嫌のよいリオルにシオンは苦笑を浮かべ、待っている友人たちの元へと急ぐ。裾を持ち上げてはいるがやはりドレスは動きづらくてしかたがなかった。
「ユージン、ランス、お待たせ!」
「シオン、そんなに急がなくても大丈夫だぞ」
玄関を入ってすぐの場所にある階段を駆け下りるシオンに玄関から見上げるように声をかけたのはランスだ。シオンは待たせるのは悪いとそのまま階段を駆け下りて、お約束通りに躓いてしまった。
階段は大きな洋館といえばイメージされやすいであろう玄関から見るとT字になった形のもので、シオンが躓いたのは玄関から見ればすぐ先の直線状の部分。
シオンは玄関に向かって飛び出すように落下していった。
シオンが躓いたことに気づいたランスが慌てて駆け出したが、その瞬間にランスの後ろからぶわっと強い風が吹きシオンを包み込むようにその落下の速度を緩める。
風に包まれたシオンはゆっくりとランスの横を通り過ぎユージンの腕に抱きとめられた。
「っはー、驚かせるなよシオン。ユージンの魔法がなきゃ危なかったぞ?」
「ランス、心配かけてごめん。ありがとう、助かったよユージン」
「ああ。本当にお前はそそっかしいやつだな」
「……悪かったよ」
胸をなでおろすランスに謝罪し、助けてくれたユージンにお礼を言ってシオンはユージンに降ろしてくれるようにと頼んだ。
「どうせだからこのまま馬車までお連れしますよ、お姫様?」
「そうだな、シオンのことだからまた転びかねないし。何よりそのほうが安全で早そうだ」
「えっ? ちょっとユージン! ランスっ!?」
懐かしい笑顔でユージンはシオンを抱き上げたまま馬車へと向かい、それは良い考えだといわんばかりにランスが頷く。
助けを求めシオンは玄関で見送るために佇むティカに視線を投げかけたのだが、ティカは綺麗に腰を折り礼をする。
「頑張ってくださいね、シオン様。それではいってらっしゃいませ」
そう言って優秀な執事は綺麗な笑顔でシオンを送り出したのだった。
結局シオンはランスが先に馬車の扉を開いて待っていたので、抱えられたままの状態で馬車の中まで運ばれた。
運ばれている間、ずっとユージンはイェシオンへ向けていたのと同じ優しい笑顔でシオンを見つめていた。
シオンは真っ赤になりながらも文句を言おうとしたのだが、上手く言葉が出てこず口をパクパクとさせるだけになってしまい、そんなシオンにユージンが「可愛い」などと耳元で囁くものだからシオンは今なら顔から火が出せるんじゃないかと思うほどにより一層真っ赤なってしまったのだった。
お城へ到着するまでの間、シオンはずっとむっすりとそっぽを向き膝を抱えるようにして過ごし、お城に着くと今回の主役であるヴィオラのペアということでシオンたちはヴィオラの待つ貴賓室へと通され、そこでドレスアップしたヴィオラと対面した。
案内の人間が下がると、ヴィオラはほぅっと息をついてシオンの前へ立つ。
「本当に女の子みたいね、シオン」
「ヴィオラ、ここでは俺のことはイェシオンと」
「そうだったわね。ところで……それは?」
ヴィオラの言葉にシオンは指を立て唇に当てしっと言葉を遮る。ヴィオラは慌てて口を押さえ辺りを見回し近くに人がいない事を確認し、そしてじっとシオンのある場所を見つめて呟くように尋ねた。
「えっと……」
ヴィオラが見つめているのはシオンの胸。多少の自前は含まれているが、ティカによってしっかりと盛られた場所である。
「うちの執事がやたら嬉しそうに何か詰め込んでた」
「触ってもいい?」
「……どうぞ」
ヴィオラのお願いにシオンは顔を背けながら了承した。実際偽物の胸に間違いはないので問題はないだろう。
「すごいわ……違和感のない触感。執事さん良い仕事するわね」
真剣な表情でふにふにと胸を触るヴィオラにシオンは目頭を押さえて天井を仰ぐ。ランスは見てはいけないものを見てしまったかのように頬を染めつつ視線を泳がせ、ユージンは苦笑しつつそんな二人を眺める。
そこへタイミングよく現れたクリスがその光景に驚きよろめいて壁にぶつかり大きな音をたてたのだが、その音でヴィオラは正気に戻りシオンは開放されたのだった。




