44 留学
いつものメンバーにヴィオラという紅一点が加わっての夕食が終わっても、シオンたちはヴィオラ専用席で他の生徒が使うことがないということもあってのんびりと食後のお茶を楽しんでいた。
「三日後に城で夜会があるんだが、そのことで少々に頼みたいことがある」
突然それまでむすっとした様子で黙ったままであったクリスが四人を見渡しながらそう言葉を発した。
「夜会……?」
シオンはただ一度だけ参加した事のある夜会を思い出し、あからさまに眉をひそめる。
クリスはヴィオラを一瞥して視線を友人たちへと戻し頷く。
「ヴィオラ王女の留学を歓迎するための夜会だ」
「……恐縮ですわ」
「留学?」
「バルタークの王女は魔術を学ぶ為にこの国に留学したんだ」
シオンがその意味がわからずに首を傾げていると、隣のランスがこっそりと耳打ちして教えてくれた。
恐らくヴィオラは正式に見合いとしてこの国に来たのではない。
留学という名目で来てはいるが、クリスと同じ学園に通わせた理由はあわよくばこの国の王妃の座に就かせたいというバルターク王の目論見ではないか。
クリスは夜会以外では女性と接する機会はほぼ皆無といっていい状態なので、少しでも一緒にいられる時間を作るためだろう、と。
そう言われてみれば、長く顔を合わせる相手のほうが恋愛に発展する確率も高いのかもしれないとは思う。そもそも会わなければ恋愛に発展することなどまずありえないだろう。
しかし確かユージンは最初からヴィオラのことを見合い相手と言っていたのだから、もしかしたら両国の王がクリスとヴィオラの学園という出会いの場を用意したのかもしれない。だとすれば二人は両親公認であり、後は本人同士の意思だけという状態だ。
(これは俺が二人の愛のキューピッドになるしかない!)
使命に燃えるシオンは表情を一転させクリスを見つめる。シオンのそんな様子に気づいていたユージンが肩を震わせながら笑いを堪えていたのだが、もちろんシオン本人がその事に気づくことはなかった。
「それでだ。王女のパートナーをこの中の誰かに頼みたい。夜会に出席するには男女のペアでなくてはいけないからな」
「それぐらい構わないぞ」
ランスの言葉に他のメンバーも同意するようにそれぞれ頷く。もちろんシオンも力強く頷いていた。
「できれば必要以上に王女に群がる人間をうまくあしらってもらいたい。そこでもう一組ぐらい参加してほしいんだが……」
「待ってくれ。それもペアじゃないといけないよな?」
「……そうなるな」
「ならペアの女性は?」
「察してくれ」
クリスの言葉にストップをかけたのはやはりランスだ。クリスの察してくれという言葉にユージン以外が振り返ったのはエミリオ。
「僕は無理ですよ? 貴族ではありませんし。そもそも先約がありますので申し訳ありませんが無理です」
一番の適任であろうエミリオはにっこりと笑って明確な拒否をした。
ならば多少大柄にはなるが演技の上手そうなランスだろうとシオンはランスを振り返る。
「は? まさか俺に女装しろと……?」
その言葉にシオンが頷けば、ランスはぶんぶんと手を振って拒絶する。
「無理だって。大体ユージンと俺じゃいくらなんでもでかすぎるだろ。こんな大柄な女はそうそういないぞ」
「身長もだが俺は顔も知られているから無理だ」
「化粧は塗って描くものだから顔は問題ないはず!」
そうシオンがそう言っても、その場の誰も首を縦に振る者はいなかった。ユージンやランスが女装すれば大柄すぎるのは間違いないのだ。
「シオン。お前は王女と並ぶのなら違和感もないかもしれないが、俺やユージンと並べば明らかに逆の差がある。つまり女装した俺たちのほうがでかいんだ。」
「その点シオンが女装するのなら何の問題もない。そうだろう?」
そう言われてしまえばシオンに言い返すことなどできるはずもなかった。実際シオンの身長と他の三人との身長は十五センチ以上の差があるのだ。
「都合のよいことにシオンには妹がいるじゃないか。妹のフリをして参加してくれれば身元も問題ない。妹との体格差もほとんどないんじゃないか?」
「うぐっ」
ランスの言葉にシオンは言葉を詰まらせる。
暗にそれはシオンの身長が低いと言われているようなものなのだが、実際その妹とシオンは同一人物なので体格差がないのは当然で、シオンは女性としては少し長身だが男性としては少々小柄なのだ。
「ならば王女のペアはユージン。ランスとシオンのペアで参加ということで頼む」
「わかった」
「ああ」
「俺は女装するなんて一言も……」
女装は何としても拒否したいシオンであったが、その言葉は全員の、特に懇願するかのような王女の眼差しによってその言葉の続きを飲み込んだ。拒否できない、そんな場の雰囲気だったのだ。何より拒否したらヴィオラが泣いてしまいそうな、そんな表情でシオンを見つめていた。
もちろんそれはヴィオラの意図した表情なのだがシオンにそれを見破ることなどできるはずもなく、仕方なく了承してしまったのだ。
「では当日はユージンの家で支度をして城へ来てくれ。服はこちらで準備しておく」
「あー……俺は実家で準備するよ」
「そうか。ならば俺とランスの準備が出来次第迎えに行こう」
「うん、よろしくー……」
はぁっと溜息をついて、シオンは三日後を思い憂鬱になった。
ヴィオラは申し訳なさそうに微笑み、ランスは苦笑を浮かべる。クリスはどことなく嬉しそうに笑みをこぼし、ユージンはいつもどおりの表情で少しだけ口角を持ち上げていた。
こうして夏季休暇終了と同時にシオンの女装が決定したのだった。
友人たちと別れ部屋へと戻り、シオンはぼふんと音を立ててベッドへと倒れこむ。そしてごろりと寝返りを打ち天井を眺め、家族に女装して夜会にいくと伝えた後のことを想像してさらに憂鬱になった。
それでもこれはクリスとヴィオラの為なのだと再び使命感を奮い起こし、憂鬱な気分を振り払う。
「クリスとヴィオラの幸せのためだし、俺ががんばらなくっちゃ!」
当人の気持ちなど知らないシオンは、ぐっと拳をにぎりしめ気合をいれるのだった。




