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32 旧友

 シオンが重い瞼を持ち上げつつ鏡を覗き込むと、映し出された顔は朝だというのに疲れたような表情で目の下にはしっかりとクマができていた。

 寝不足であり、明け方まで寝付けなかったのでそれは仕方が無いともいえる。

 しかしそれ以上に筋肉痛が辛い。それは体が固まってしまったのではないかというほどだ。


 痛む体を庇いながらぎこちない動作で朝食を取る。

 朝食後に見かねたティカがマッサージをしてくれたのだが、どうやら何かの魔法を使いながらマッサージしてくれたようで痛みが少し和らいだ。

 その後ティカに化粧を施してもらえばすっかり目の下のクマもわからなくなる。


 シオンは他人の小さな魔力の動きまでもがわかるようになっていたこと実感し、根気良く練習に付き合ってくれたクリスに心の中で感謝する。だが今回イェシオンとして過ごさねばならない原因もまたクリス。

 クリスたちが再び訪れる約束の時間は目前に迫っており、シオンは小さく溜息をついた。



「殿下、ランスロット様、お待ちしておりました」


 今回は事前に来る時間がわかっていたのでシオンもリオルとティカとの三人で友人たちを出迎える。


「おや、そちらは……フィッツジェラルド家の?」

「ご無沙汰しておりますリオル様、ユージン=フィッツジェラルドです」


 リオルがクリスの後ろに控えていたユージンに気付き声をかけた。

 どうやら二人は顔見知りであったらしく、再び昨日と同じテラスへと移動した後も二人は居間でなにやら話し込んでいる。

 親同士の面識があり、尚且つリオルは社交の場にも顔をだしているのだからこの二人に面識があったとしてもおかしくはないだろう。それより問題はシオンの目の前で今日も蕩けそうな笑顔を浮かべているクリスである。


 お茶を飲む姿も優雅で日の光を浴びるその蜂蜜色の髪はきらきらと光を放っているかのようだった。その上やはり蕩けそうな笑顔でシオンを見つめている。


(くぅ、何だか眩しい!)


 シオンは眩しくてクリスを直視することが出来ずに今日も伏し目がちである。眩しいのは日の光だけが原因ではないだろうが。

 出来るだけボロを出さないように気をつけながら三人で雑談をしていたのだが、ふとクリスがお茶を飲む手を止めた。


「イェシオン嬢、お願いがあるのですが」

「……何でしょうか?」


シオンが視線を向ければ、クリスは少し困ったような顔で『お願い』を口にする。


「私のことはクリスと呼んでいただけませんか?貴方とは対等な立場……シオンと同じ様に対等な友人でありたいと思っているのです」

「え、でも……」

「そうだな、俺のこともランスと」


 王子様と友人だということがどれだけ大事であるかはいくら貴族に疎いシオンにでも解かる。

 学友でありペアでもあるシオンはともかくその妹であるイェシオンが王子と友人であるということはありえないことではないが、他の貴族からみれば面白くないはずだ。シオンと違いイェシオンは女なのだから。

 やはりここは立場をわきまえ、丁重にお断りするべきだろう。


「あの、その申し出は嬉し「クリス、イェシオン嬢を困らせてどうするんだ」……え?」


 その声に振り返ればシオンのすぐ後ろに呆れた様子のユージンが立っていた。

シオンと視線が合ったユージンはふわりと微笑む。


「……っ」

「改めまして、ユージン=フィッツジェラルドです。貴方の双子の兄のシオンの友人でもあり、リオル様にも良くしていただいています」

「イェシオン=ファシールです。兄共々よろしくお願い致します……」

「こちらこそ」


 そう微笑むユージンにシオンは息を飲む。


 普段のユージンが見せることの無いその表情はシオンにとってとても懐かしい笑顔。

 今までずっと気にしないようにしていたけれどずっとどこかで気になっていたこと。目の前のユージンは服装こそ違えど臣そのものだった。


「先ほどリオル様とも相談したのですが、よろしければこれから町のはずれにある丘にご一緒しませんか? イェシオン嬢はあまりこの屋敷から出ないそうですがよい気分転換にもなりますよ」

「そうですね……」


 シオンはユージンの笑顔に見惚れてつい返答をしてしまったが、リオルと話したと付け足したということはすでに一緒に外出する許可を取っているということだろう。

 一緒に出かけてしまってボロをだす心配はあるが、リオルがよいと言うのならば大丈夫なのだとも思う。

 リオルがシオンにとって不利益なことをするとは到底考えらることではない。


 それならば、とシオンは思う。

 この町に来てまで数日しか経っていないがずっと屋敷の中にいたのだ。

 本来シオンは引きこもるタイプではなく外で体を動かすほうが好きなタイプである。動かせずとも外に出かけるだけでも十分気が紛れるのは間違いない。


「では……ご一緒させていただいてよろしいですか?」

「もちろんです。では遅くなる前に向かいましょう」


 騎士の礼を取るユージンに手を取られ、馬の元へと向かう。

 驚いたような様子のクリスとランスだったがすぐその表情は隠れ笑顔に戻り、ユージンとシオンの後に続いた。



「イェシオン嬢、馬には乗れますか?」

「乗れま……せん、申し訳ありません」


 乗れる、と答えかけたシオンの視界の淵に建物に隠れるようにしながらもブンブンと手を振り否定の動作を取るリオルの姿が映り慌てて否定の言葉を足す。

 シオンの言葉にユージンはふっと微笑み、ひらりと馬に跨りシオンに手を差し出した。


「では私の馬でご一緒しましょう」


 シオンが差し出されたユージンの手を取ろうとすると、その間にクリスが割って入る。


「何故ユージンなんだ。俺の馬では駄目なのか?」

「……クリス、お前は仮にも王子だ。下手な噂が立てば困るのはイェシオン嬢だぞ」

「だが……!」

「クリス」

「――わかった」


 シオンに背を向ける形で声を押し殺して言い合っていた二人だが、その声はしっかりとシオンの耳へと届いていた。


(確かに……これ以上の面倒ごとは困るな)


 ふとシオンが視線を向ければ同じように困ったような表情を浮かべて二人を見ていたランスと目が合い、お互いくすりと笑みがこぼれた。


「さぁ、出発するぞ」


 そう告げるクリスの声で、三人は馬を走り出させる。

 シオンは膝丈のワンピースだったので馬に横向きに座り、ユージンに抱えられるような形でその腕の中に収まっていた。そんな慣れない扱いがシオンには無償に恥ずかしい。


「お手数をおかけしてしまって申し訳ありません、ユージン様」


 ユージンをちらりと見上げ謝罪すれば、ユージンはやはりふんわりと微笑みシオンの耳元で囁く。


「その姿の間は昔のように臣と呼んで欲しいんだけどな、紫苑」

「!!」


 シオンは驚いて体を離そうとしたが、背中に回るユージンの腕にぐっと支えられ顔を上げるだけに留まる。

 そんなシオンを見つめながらユージンはくすりと微笑んだ。

やっぱりユージン=臣でした。

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