33 男装
後方から迫る追尾型のミサイルに気を取られていたら、すぐ前方にあった地雷を踏んでしまった。
今のシオンはそんな地雷を踏んだような気分だ。
何故今になってユージンが自分が臣であると告げたのかはわからないが、シオンが紫苑であると気付かれている。
それはシオンが紫苑だと気付いているのかイェシオンが紫苑だと気付いているのかは解からないが、恐らくどちらにも気付いているのだろうとシオンは思う。
呆然とするシオンにユージンは笑み向け、顔を上げる。
すでにその表情はいつものユージンに戻っていて、ユージンの腕の中でシオンは真っ赤になりながら俯くしかなかった。
こっそりとユージンを見上げれば、ユージンはにっこりと微笑むのだ。臣と同じ笑顔で。
とにかくシオンに理解できたことはユージンは臣であり、自分と同じように前世の記憶があるということ。そして何故か二人とも前世と同じ外見だということぐらいだった。
学園ではそんな素振りは全く見せなかったというのに、今のこの態度ときたらシオンの反応を楽しんでいるとしか思えない。
やっと目的地へと到達した時には、すでにシオンは疲労困憊でぐったりとしていた。
ユージンの手を借りて馬から降りると、すぐさまクリスが手を差し伸べる。
どうしたものかとシオンが戸惑っているとユージンが軽くシオンの肩を押し、シオンは促されるままにクリスの手を取り近くの木陰で腰を下ろす。
もちろん当たり前のようにクリスがかけていた外套を下に敷いて。顔色が悪いとお姫様抱っこされかけたのだが、さすがにそれは丁重にお断りしておいた。
(そんなお約束は必要ないのに。羞恥プレイすぎる)
どちらにしてもシオンにとっては恥ずかしい行為に違い無いのだ。
少しでも気を逸らすべく丘から一望できる町の景色を楽しもうと立ち上がる。甲斐甲斐しくシオンの体調を気にしてはぴったりと張り付くように離れないクリスにこっそりと溜息をつきつつ、吹き抜ける心地よい風を感じながら眼下に広がる町を眺めた。
どうしよう、そんな言葉ばかりがシオンの頭の中をめぐる。
ピクニックのようにその場でサンドイッチを食べたりお茶を飲んだりしたが、ずっとシオンは上の空だった。
そんなシオンはユージンの提案により一気に正気に戻されることとなる。
「帰りはクリスと一緒に馬に乗ってもらうと思うんだが……」
「いいのか? 俺が女性と同乗するのはまずいといったのはお前だろう」
「女性でなければいいんだろう? 都合のよいことにイェシオン嬢はシオンの双子の妹さんだ。外見上そっくりの、な」
「確かに……よく似ているとは思うが……」
ふっと笑うユージンが馬に乗せたままであった荷物から取り出したもの。それは男物のコートにズボン。そして大振りの帽子。
「イェシオン嬢には一時的にシオンになってもらう」
「そんなことでうまくいくか?」
ユージンの言葉にランスが訝しげな視線を送るが、ユージンに気にする様子など微塵もなかった。
「イェシオン嬢、申し訳ありませんが・・・」
「ええぇっ!?」
戸惑うシオンにユージンは手にした洋品を差し出す。
ランスは心配そうにこちらを見ていたが、その表情の中に多少の興味も見て取れた。
そしてクリスは。
「イェシオン嬢、お願いします。ご迷惑だとは解かっていますが私はどうしても貴方と……」
「わ、わかりましたから離れてください」
シオンの手をがっちりと握り締めて懇願するクリスは瞳を潤ませほんのりと頬を染めている。
そんな状態のクリスに見つめられ、シオンは慌てて視線を逸らした。
(イェシオンである今ですら……女としての魅力がクリスに負けているのは間違いないなぁ)
シオンから了承を得たクリスは表情を輝かせ、シオンは本日何度目かの溜息をついた。
ユージンから荷物を受け取り、三人からは死角となる木陰でズボンをはきワンピースの裾をウエスト近くで縛ってコートを羽織る。
コートの前を閉じればワンピースの裾も見えなくなり、仕上げに帽子の中に髪を押し込むようにして被った。
鏡などないので姿を確認できないが恐らく化粧をしたシオンにしか見えないだろうと思う。実際イェシオンはシオンなのだから。
「大丈夫ですか?」
木の陰から顔を出せば、それに気付いたユージンが近づきシオンに声をかけてきた。
シオンがその言葉に頷き木の陰から出るとクリスとランスは驚いたようにじっとシオンを見つめ、ユージンは帽子に納まりきらずに零れ落ちていた髪をきちんと帽子の中に収めてくれた。
「ありがとうございます」
「いえ、こちらが無理を言ってしまったのですから。申し訳ないぐらいですよ」
「あの、それであちらの二人は……」
視線でクリスとランスを指し示せば、ユージンはふっと笑みを深くする。
「クリス、ランス。イェシオン嬢が戸惑ってしまっているだろう。何か言う事はないのか?」
「え、あー、さすがに双子だけあって思っていた以上に似ていて驚いた。良く似合ってる」
「やはりイェシオン嬢は可愛らしい方ですね。これで馬でご一緒していただけるかと思うと嬉しくて声も出ませんでした」
ランスの言葉は間違いなく素直な感想だろうが、クリスの言葉はどうだろう。
王子補正で女性に向ける言葉がここまで甘くなるとでもいうのだろうかとシオンは不思議に思う。学園には男しかいなかったので気付かなかっただけなのかもしれないが。とにかくシオンにそんな言葉に対する免疫などなく、どう反応すればいいのかわからない。
結局シオンは目を伏せその場をやり過ごすしかなかった。
屋敷に着くまでの間、クリスは明らかに上機嫌だった。
あまりにも解かりやすいその態度にシオンはくすりと笑みをこぼす。
(本当に、クリスって王子様というよりは……犬っぽい)
そんなシオンの胸の内など知らないクリスはシオンの笑みにさらに上機嫌となっていた。




