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30 再会

「違う!そこはもっとこう……」


 イェシオンとなったシオンはリオルの淑女講義を受けていた。

 目の前で手本を見せるリオルの動作は完璧な淑女のそれで、シオンはどう言えばいいのか複雑な心境だった。


 見事なまでに女性らしいしなを作るリオル。

 男性としては線が細く整った顔立ちである兄は、服装こそ男であれどその道の人にしか見えない。

 そんなシオンの考えを知ってか知らずか、リオルは溜息をついてシオンを諭す。


「この町に着いた当日は滞在先などへの挨拶などがあるだろうから……恐らく王子達がこの家に来るのは早くても明日。それまでにしっかりとイェシオンとしての動作を身に付けなければ困るのはシオン、お前なんだよ?」

「わかって……ますわ」


 慣れない動作に慣れない言葉遣い。

 シオンは必死に練習を続けたが体に染み付いた癖はすぐに直せるはずもなく、昼食で一時中断となるまでひたすらリオルと動作の確認をしていた。


 ぐぅぅとシオンのお腹が限界を迎え淑女らしくない音を立てると、タイミングよくティカが昼食を運びバルコニーで昼食をとることにした。

 バルコニーには心地よい風が吹きぬけ沈みがちだったシオンの気分も浮上する。

 そしてシオンがいつも通りの食事の量を平らげ、ティカが食後の紅茶をカップに注いている時だった。


 ぴくり、と何かに気付きティカが顔を上げる。その眉根にはくっきりとしわが寄せられていた。

 それに気付いたシオンとリオルがティカの視線の先を見れば少し距離を空けて二頭の馬がこの屋敷に向かって疾走してくるのが見える。

 次第に近づいてくるその馬の背にはシオンの良く知る人物。


「ちょ、クリス待てって……!」


 後から走ってくる馬に乗り叫んでいるのはランス。ランスを振り返ることなくその前を走る馬に乗っているのはクリスだった。

 シオンの顔から血の気が引き、がたりと音を立ててよろめく。


「ちょっと兄様!クリスが来るのは早くても明日なんじゃ……!」

「恐らく、と言ったろう。王子は相当お前に会いたかったみたいだね」


 どうしようと頭を抱えるシオンの隣でリオルは平然と迫り来るクリスたちを眺めていた。すでにティカは玄関へと向かっている。

 こうなってしまっては覚悟を決めるしかなく、シオンは出来るだけ自分のイメージと異なるように病弱そうに見えるようにと表情を作りつつカーテンの影から近づいてくる友人たちを見つめた。



 屋敷に到着したクリスは馬を繋ぐとさっと服装を整えて玄関の前に立つがそこはシオンのいるバルコニーからは死角となって様子が伺えない。すぐに追いついたランスも馬を繋ぐとクリスの後に続きシオンの視界から二人が見えなくなってしまった。

 すでにリオルも部屋を後にしている。恐らく居間へ向かったのだろう。


 シオンも部屋の中へと戻り鏡で己の姿を確認し、身だしなみを確認した。

 そして目を伏せ、心を落ち着かせようと深呼吸をする。


(大丈夫、おかしなところはない。これから私は『イェシオン』になる……!)


 自己暗示のように心の中で呟き、瞳を開く。

 その言葉はシオンがイェシオンとなるきっかけ。


 シオンはすぐにでも呼ばれると思っていたが、なかなか呼ばれることはなく今日は会わずに済むのかと多少気が緩んできた頃。

 コンコンと扉がノックされ、ティカがシオンを迎えに来たのだった。


「失礼します。イェシオン様にお会いしたいというお客人が居間でリオル様とお待ちでございます」

「わかりました」


 シオンはゆっくりと立ち上がり、ティカの後をついて居間へと向かった。

 この闘いに勝たねばシオンだけでなく家族、家で働く人々にまで迷惑をかけることになる。知らずとシオンの額からは一筋の汗が流れ落ちていた。



「失礼致します。イェシオン様をお連れしました」

「ああ、入ってくれ」

「失礼致します」


 シオンはティカが開いてくれた扉の前にたちワンピースの裾をつまんで軽く会釈し、促されるままに伏し目がちのままリオルの隣の席へとつく。


「妹のイェシオンです。ご存知のとおりシオンの双子の妹です」

「はじめまして、イェシオンと申します」


 そこでシオンははじめて視線をあげて友人たちと目を合わせた。

 緊張でドクドクと心臓が大きく脈打ち、あまりにも大きなその音は周りにも聞こえてしまうのではないかと心配になるほどだ。


「あ、あの……?」


 クリスとランスは驚きを隠しきれない表情でシオンを見つめていたが、シオンが声をかけるとはっとしたように二人とも笑顔を浮かべた。

 それは普段シオンが見ていた二人の笑顔よりもずっと優しげなもので、シオンの心臓がさらに大きく脈打つ。


「お久しぶりです、イェシオン嬢。私はクリストフ=ウィル=アヴァロンと申します。今回は急な訪問で申し訳ありません」

「俺はランスロット=バートンです。シオンとクリス、いやクリストフ王子の友人です」


 二人が立ち上がりシオンに向かって礼を取るのでシオンも慌てて立ち上がり礼を返す。

 再び視線が二人と合うと、シオンはどうしてよいかわからずに目を伏せた。

 困ったときは目を伏せれば大概は誤魔化せるとティカが断言していたからである。


 シオンが困った原因はクリスとランスの浮かべる笑顔。二人の笑顔は朝にリオルが見せたのと同じ溶けそうなほど甘い笑顔。

 そもそもクリスもランスも系統は違えど整った顔立ちなのだ。それが蕩けそうな笑顔でこちらを見つめているのである。普通の乙女であればときめいたり恋心を抱いたりするのだろうが、残念なことにシオンは普通の乙女とは立場も思考回路もかけ離れていた。


(うわぁ、二人とも女の子にはそんな笑顔を向けるんだ。これじゃさぞかしモテるんだろうなぁ。これは後日からかういいネタに……いやでもシオンはこの場にいないんだからそれもだめか。うぅ、残念すぎる)


 そんなとても残念な思考回路であり、そんな自分を誤魔化すために目を伏せたのである。

 笑いをこらるために微妙に息を止めていたが少々涙目になり、ぷるぷると肩を震わせていたが、シオンにとってはそれでも十分抑えていての結果である。

 そんなシオンをティカが頬を染めて見つめていた。

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