21 面影
ディアンはシオンの部屋の鍵を開けると、まだ寮長の仕事があるからと自室に戻っていった。
その胸ポケットには手紙があり、誰も気づくことはなかったその手紙の差出人は『リオル=ファシール』だった。
彼らと別れ、自室に戻ったディオルはその手紙を読み悪戯っ子のような笑みを浮かべていた。
「シオン君、驚くだろうなぁ――夏が楽しみでならないよ」
可愛らしい闇色の後輩を思い浮かべる。その彼の驚く顔を思い、ディアンは笑みを深くするのだった。
一方その頃シオンの部屋では、ランスが盛大に母親っぷりを発揮していた。
部屋のキャビネットの上の荷物が何かの拍子で崩れ落ちたらしく、床に散乱していた。それを甲斐甲斐しく整頓して並べているのである。
「ランス、人のものを勝手に触るのはどうかと思うぞ」
そんなクリスの言葉も気にする様子も無く、鼻歌交じりで整理をしている。
大して数も多くなかったため、あっさりと整頓し終え満足そうに頷いていた。その時ランスがキャビネットと棚の間に落ちているものがあるのに気づいて拾い上げる。
「あれ、これは……」
それは小さめの写真立てで、そこには幼い男の子と女の子、その両親と思われる人物が写っていた。
その写真に気づいたクリスが息を呑む。
「っ! ちょっと見せてくれ」
「クリス、どうしたんだ?」
半ばランスから奪い取るような形でクリスは写真をじっと見つめる。
その視線は写真の幼い少女に注がれていた。
写真を見つめたまま無言になってしまったクリスの後ろから覗き込む形となったランスが興味深そうに写真を眺める。
「シオンと同じ黒髪に黒い瞳。ってことはこの子が双子の妹か?」
「勝手に人のものを許可無くみるのは感心できない」
ユージンは二人を咎め、クリスから写真立てを取り上げキャビネットの上に伏せて置く。
そこでその話題は終了となり、ランスは食堂へおかゆを作りに行きユージンとクリスが部屋でシオンの様子をみることとなった。
しばらくしてシオンが目を覚ますまで、ユージンとクリスはそれぞれ物思いにふけっていた。
目を覚ましたシオンはユージンとクリスの普段とは違う様子を見て、不思議そうに首を傾げるのだった。
二人がシオンが目を覚ましたことに気づいたのはそれから少しだけ後の事。
「おかゆができたぞー! おっ、シオン起きたんだな、気分はどうだ?」
そんなランスの声を聞いてからだった。
「ん、もう大丈夫みたい。心配かけたみたいでごめん」
シオンは三人を見回してベッドで起き上がったままの体勢でペコリと頭を下げた。そんなシオンの頭をランスがわしわしと撫でる。
「友達なんだから心配するのが当たり前だ。気にすんな」
にっと笑うランスはエプロンをつけ、片手にミトンをはめて湯気のあがる鍋を持っていた。
爽やかだが立派なオカンスタイルである。
「ランスの言うとおりだ。ただ……酒は控えたほうがいいだろうな」
「そうだな……」
ユージンの言葉にクリスが神妙な顔で相槌をうつ。
「酒?お酒なんて俺は――あ」
飲んでいない、と言おうとしてシオンは固まる。
脳裏に浮かぶのは医務室での失態の数々。どうやらシオンは記憶の残るタイプのヨッパライのようだ。
「うああああ、ごめん。ほんとーにゴメン!」
シオンは自分が何をしたのかを思い出し、布団に突っ伏す形で謝罪した。
そんなシオンを三人は、やはり「気にするな」と宥めだのだった。
(あの行動は痴女そのものじゃないかっ……!!)
それでもシオンは布団から顔を上げられずに呻いていた。
しかしそれも、ぐうぅぅぅとシオンのお腹が自己主張を始めたために、
「ほら、冷めないうちに食え」
と、ランスが差し出したおかゆによって顔を上げることとなった。
はふはふ、とおかゆを食べているシオンはそれは幸せそうな顔だった。
(餌付け……)
(餌付けだな)
それを見ていた二人の友人がそんな感想を持っているとは知らずに。
そしてすっかり調子の戻ったシオンはその日の夕食もしっかりいつも通りの量を平らげていた。
その日の夜。
クリスは窓辺に座り、あの時と同じ欠けた月を見上げていた。
「クリス、もう休め」
「……もう少しだけこうしている。ユージンは先に休んでくれ」
「そうか、わかった」
そんなクリスを深く追求することはせずに、ユージンは先に布団へ入った。
「――ありがとう、ユージン」
「今日は疲れたから早く寝たいだけだ」
ユージンは背中を向けて横になる。
そんなルームメイトにクリスは「それでも、ありがとう」と小さく声をかけ、再び月を見上げた。
幼く周囲の期待に答えようと必死だった頃を思い出す。
必死すぎて狭くなっていた視界が一気に開けたあの夜の出来事を。
「やっと、見つけた」
そう呟くクリスは今まで見せたことも無いような優しい笑みを浮かべていた。
この場に女性がいたら何人も失神させてしまえそうなぐらい魅力的であったその笑みを視界の淵で捕らえていたユージンだったが、声をかけることはせずそのまま眠りについた。