20 帰寮
結局その日は一日武術演習の予定であったのだが、合成獣騒動で午後からは演習が中止となり自習となった。
担当教官のハワードが念の為、他の教官達と付近の見回りに出ているからだ。
自習となった魔術師クラスの生徒のほとんどは学園の図書館などに行っていて、教室に残っているのはユージンとランスの二人だけだ。
特にすることもなく二人が他愛もない会話をしているところへ、学園長に報告に行っていたクリスが戻ってきた。その気配にランスがガタンと音を立てて立ち上がり、扉を開きかけていたクリスへと声をかける。
「どうだった?」
「シオンを寮に連れて戻ってよいそうだ」
「そうか」
クリスの返答にユージンが静かに答え、鞄を持ち立ち上がる。
ランスも慌てて自分とクリスの鞄も持って立ち上がりユージンの後に続く。そして教室の外で待っているクリスへとクリスのカバンを手渡した。
「ランス、そんなに慌てなくても大丈夫だ」
「でもな、ユージン。シオンのやつ熱が出てきたっていうじゃないか。風邪も酷くなると大変なんだぞ」
「微熱だそうだ」
「風邪は引き始めが肝心なんだ!そうだ、夕飯はおかゆがいいだろうから後で材料だけ貰ってくるか」
そんなランスとユージンのやり取りを眺めていたクリスが、ふと思い出したように口を開いた。
「そういえばつい先日までシオンの兄は風邪をこじらせて寝込んでいたらしい。それで兄の代わりに入学したと聞いたな」
「代わりに入学ということは……十日間ぐらい寝込んでいたのか」
「シオンもあんなに細いのは実は病弱だからとかじゃないか!?」
「いや、病弱な人間はあんなに食わないだろう」
クリスの話を受けてユージンがぽつりともらした言葉にランスが過剰に反応するが、冷静なユージンにばっさりと切り捨てられていた。
その後もランスはシオン病弱説を力説し、そのすべてをユージンに否定されながら医務室へと向かった。
「ここは病人や怪我人が利用する場所です。静かにしてくださいね」
「すいません」
慌しく医務室へと駆け込んできたランスはヨルに注意されしょんぼりと項垂れ、その視線をシオンへと向ける。
シオンは静かな寝息を立てて眠っていた。
「大丈夫、今は風邪薬で眠っているだけです。まぁ風邪薬で眠る人も珍しいですけどね」
「そうですか……」
その様子を見てヨルがくすりと微笑み、ランスは照れたように苦笑する。
そんなランスを眺めていたクリスがぽつりと呟いた。
「まるで母親のようだな。かなり過保護な」
「ランスには言わないほうがいい」
そんなクリスの言葉に、ユージンは少し眉間にシワを寄せ難しい表情で答えたのだった。
「ファシール君の鞄はここに。悪いんだけどまた騎士クラスで怪我人が多数でたらしくって、僕はそっちを見に行かないといけないんだ」
そういってヨルはシオンの鞄を机の上に置き、応急セットの入った鞄を手に立ち上がる。
「それで悪いんだけど、重傷者がいたらここに運び込むことになるからファシール君の事を頼むね」
「わかりました。責任をもって私達が寮まで連れ帰ります」
「うん、ありがとう。それじゃ」
クリスの返答にヨルはにっこりと微笑んで医務室を出る。
医務室から演習場へは怪我人がでる事が多いこともあって近く、もし重傷者がいるのならばすぐにでも戻ってくるだろう。
「可哀想だが起こすか……おい、シオン」
そう言ってクリスが寝ているシオン軽くゆすり、声をかける。しかしシオンは「うぅーん」と小さく唸るだけで一向に目を覚ます気配はない。
「……よく寝ているようだな」
「ああ、しかし困ったな。怪我人がくるならばシオンにとってもこの場に残っているのはよくないだろうからな」
それは騒がしいからだけではなく、衛生上もよくないからだ。
その時、それまでずっとシオンを見つめていたランスがすっと前に出て二人を振り返る。
「俺がこいつを寮まで運ぶ。悪いけど俺とシオンの荷物を運んでくれるか?」
「あぁ。それが無難だろう」
「では怪我人が運ばれてくる前に戻ろう」
ユージンが頷き、クリスが二人の鞄を持ちランスを促す。
促されランスはシオンに掛けられてる布団をどかし、シオンの首と膝の下へと手を差し入れ持ち上げた。
それは学園に戻ってくるときにユージンがしたものと同じお姫様抱っこといわれるものである。
「さぁ、戻るぞ」
「ああ」
そう言ってユージンが扉を開き、クリスが三人分の鞄を持って先に部屋の外へ出る。
シオンを抱き上げたランスがその後に続き、再びユージンが扉を閉め寮へと向かった。
講義中の時間ということもあり四人は他の生徒や教師に会う事もなく寮へと戻ったが、寮の入り口で四人を待っている人物がいた。
その人物は四人に気づくと、にこやかに歩み寄り声をかけてきた。
「やぁ、待っていたよ」
「貴方は……」
「この魔術師クラスの寮の寮長をしている三回生のディアン=フィリオムです。学園長から連絡を受けて君達を待ってたんだ。シオン君の部屋の鍵を寮の管理人から預かってきているからね」
「あっ、そういえば鍵のこと忘れてた……」
「では行こうか」
「はい」
ランスの言葉にディアンはふっと微笑み、先導して寮の中へと入る。
ランスが慌ててディアンの後を追い、その後をユージンとクリスが続きシオンの部屋へと向かった。




