19 休養
「ランスの家族ってトレジャーハンター?」
「んー、まぁな」
あれから一時間ほどして目を覚ましたシオンは自分の状況に気づき、真っ赤になりながらもユージンの腕の中から降りようとしたが、ユージンだけでなく他の二人からも咎められしかたなくそのまま学園の医務室まで運ばれた。
診察の結果シオンに目立った外傷はなく、魔力切れと精神的な疲れとで倒れたのだろうということであった。
現在は念の為、休養をとるようにと医務室のベッドの上で軟禁状態である。
シオン本人はすでに調子の悪いところもなく、ベッドから降りられないことの方が苦痛であった。
ちなみに他の三人は一応確認の為に診察を受けるようにと呼び出されていたが、保険医は騎士クラスで怪我人が出たということで現在席をはずしている。
「バートンといえば名の知れたトレジャーハンターの家系だ」
「そうなんだ……全然知らなかった」
「物心ついたころから当然のようにトレジャーハントに必要な技能の鍛錬はしていたんだ。最近魔力が高いことがわかって、その力を伸ばすためにこの学園に入ったんだ。家族に魔術師はいないからな」
「ふーん、だからその腹筋か。うらやましい」
「お前な……」
暇を持て余していたシオンは、ランスを先ほど見せた投石のことなど質問攻めにしていた。
バートンはランスのファミリーネームで、ランスはそのバートン家の次男坊らしい。
三人は聴診を受けるために上だけ服を脱いでいて上半身裸の状態で、そんな三人をシオンはまじまじと観察していた。
すでに男だらけのこの学園でシオンにはすっかり見慣れた光景でもある。
特に騎士クラスは演習後などに無駄に上半身の服を脱いでいる生徒も多かったのだ。筋骨隆々な生徒が汗を流しながら上半身裸でいるというむさ苦しいともいえる状況にすっかり慣れているシオンにとって、目の前の三人は美形であり尚且つ引き締まった体であって暑苦しく感じるはずもなく羨望の眼差しを向ける対象となっていた。
「ユージンはいかにも騎士って感じだよね。古傷もイッパイ……」
「まぁいつも無傷ってわけにはいかないからなってこら触るなっ……」
つうっとシオンに指で古傷をなぞられて、ユージンが後ずさる。
「クリスはいかにも王子様って感じで綺麗な肌だよね、男のクセに。それでいて腹筋割れてるんだからなぁ」
「お前っ……」
ぺたりとシオンに腹筋を触られ、いつもの冷静な表情を崩してうろたえるクリス。
「ランス……同志だと思ってたのに、その筋肉には裏切られた!」
「意味がわからんっ!」
すっかり据わった目をしたシオンががっしりとランスの二の腕を掴み、ぺちぺちと叩く。
脱いだ服をシオンの隣の空いたベッドに置こうと近づいた三人だったが、次々とシオンに絡まれ慌ててシオンと距離をとる。
「あれー、どうしたんだい?」
医務室に戻ってきた保険医のヨルは、ベッドに座ったシオンとその周りに距離を取って身構える三人に首をかしげた。
「シオン君、安静にしてないとだめじゃないか」
「でもあの三人の筋肉がですね」
「ほらほら横になってーって……」
ヨルは身構える三人を押しのけてシオンの前に出る。
「うっわ、酒くさっ!」
そう言ってダボダボとした白衣の袖で自分の鼻を押さえて、ベッドの横のサイドテーブルの上、シオンに飲むようにと出した安定剤の瓶に視線を移し……頭を抱えた。
「あぁー……しまった。これはハワード専用の安定剤だった」
「ハワード教官専用ってとこはおいといて、酒臭い安定剤って……それってつまり」
「うん、お酒。ハワードはお酒を与えないとおとなしく診療させてくれないからね。どんなにひどい怪我でも舐めとけば治るとか言って」
「うわぁ、ダメな大人」
ランスはヨルの返答につい本音が出てしまい、慌てて口を押さえて顔を逸らした。
そんなランスに、「否定できないな」とがっくりと肩を落としてハワード専用安定剤、別名ただの酒瓶をヨルは棚の奥へとしまい込んだ。
「ヨル先生、つまりシオンのこの状態は……」
「うん、ヨッパライ。講義の終了時間まではここで休ませておくから心配ないよ。帰る前に迎えに来てくれるかな」
「わかりました」
「えー……俺は酔っ払ってなんかいませんー」
シオンの言葉は無視して、普段は見せることのない苦笑を浮かべて問うたのはクリス。
ヨルの言葉に即答したのはユージンだった。その言葉にランスがうなずき、簡単な診察を受けて三人は医務室を後にした。
三人の気配が完全に去ったのを確認して、ヨルは椅子にもたれ掛かりながら天を仰ぎ、そして深い溜息をついた。
「あーあ、失敗しちゃったなぁ。それにしても噂の五人組に早々会うことになるとはねー……」
ちらり、とやっと眠ったシオンに視線を移し、ヨルは学園内でも有名な五人の話を思い出す。
アヴァロンの王子であり、尚且つ稀少な光の属性を持つ魔術師クラスの生徒クリストフ。
フィッツジェラルド家の長男で、現騎士団長を父に持つ本人も優秀な騎士となると思われていたのだが、強い魔力を持っていたので魔術師クラスへと入学したユージン。
フィッツジェラルド家に仕える執事の息子で、その愛らしい外見とは異なり「鬼神」とまで呼ばれている騎士クラスでもトップの実力のエミリオ。
国でもトップクラスのトレジャーハンターであるバートン家の次男で優秀なシーフ技能を持ち、さらに強い魔力をも兼ね備えた将来を有望視されているランスロット。
そして名門と名高いファシール家の次男で光以上に稀少な闇属性を持つシオン。何より闇色とも言うべき髪と瞳と中性的な容姿が目を引く。
「何か色々大変で、面白い子達みたいだね」
姿勢を正して、少し困ったようなそれでいて嬉しそうな表情を浮かべてヨルは机へと向き直る。
「――とりあえず報告書書かなきゃなぁ」
そう言って、黙々と事務作業を始めたのだった。