王都での新しい絆
王都近郊の新しい家での生活が始まって一週間。公爵家の手厚いサポートにより、食料や生活物資はすぐに整い、優菜の安息の地は本格的に機能し始めていた。
厨房に立った優菜は、深く息を吸い込んだ。朝の静けさの中、今日も優菜の朝食で一日が始まる。
優菜は、迷いなくスキルを発動させた。
「【高速家事スキル】、始動!」
優菜の体が、再び常人離れした速度で動き出す。
まな板の上では、野菜がドォン、ドォン!とリズミカルに切り刻まれ、優菜が前日に仕込んだパイ生地が
ササッ、サササッ!
と手際よくタルト型に敷き詰められていく。具材と卵液が完璧なバランスで流し込まれ、キッシュが大きなオーブンに収められる。火加減は瞬時に最適化される。鍋とフライパンがぶつかる小気味良い音、カァン!という金属音が、優菜の集中力を高める。
広々とした厨房は、優菜の手によってあっという間に、温かく、優しい匂いで満たされた。焼きたてのキッシュと、ミネストローネの爽やかな香りは、眠っていた子どもたちを自然とリビングへと誘う。
優菜の【完全献立作成】による、栄養満点で完璧な朝食が、今日もこの新しい家族の活力を生み出していた。
そして、この家を支えるのは、優菜と子どもたちだけではない。
灰色の牙のメンバーは、公爵家から正式に優菜と孤児院の護衛任務を受け、王都を中心とした冒険者活動を再開した。彼らは孤児院の近くに一軒家を借り、活動の拠点としつつ、優菜と子どもたちの生活を最前線で守ることになった。
子どもたちも新しい環境で、それぞれの「未来への準備」を始めていた。
ティナは、ロンドの生活でゲオルグから教わった香辛料と薬草学を使うだけではなく、新しい家の庭に薬草を植え再び学び始めた。
「ユウナ、これはね、お腹が痛い時に効く草よ」
ティナは、目を輝かせながら優菜に報告する。ゲオルグは優菜に頼まれ、ティナに新しい家での薬草採集の指導にあたった。
ルークは、持ち前の発明の才を活かし、スタミナ干し肉の改良に熱中していた。改良した干し肉は、アレンの助けを借りて王都の市場で試売され、冒険者たちから好評を博し始めた。ルークの干し肉は、孤児院の大切な収入源となりつつあった。
他の子どもたちは、リリアに勉強を見てもらいながら、文字や算術を学んだ。リリアは魔法使いとしての知識だけでなく、一般教養にも長けており、子どもたちに優しく教える新しい役割を見出していた。
灰色の牙のパーティーは、王都外へ冒険者として活動に出る日もあれば、孤児院で優菜たちの生活を手伝う日もあった。彼らが出かける際、リリアは必ず孤児院の周囲に厳重な結界魔法を張り、優菜と子どもたちの安全を確保した。
ある夜、子どもたちが眠りにつき、優菜が翌日の料理の仕込みを終えた後のことだった。
優菜が厨房の片付けをしていると、巡回から戻ったライルが静かに厨房へ入ってきた。ライルは優菜の疲れていながらも満足そうな横顔を、静かに見つめた。
「ユウナ、無理をするなと言っても聞かないだろうな。だが、お前がここで楽しそうにしている姿を見れるのが、何より嬉しいよ」
ライルは優菜の隣に立ち、優菜の首に輝くネックレスをそっと指でなぞった。
「ユウナ。俺たち『灰色の牙』は、公爵の正式な依頼で、お前たちを守っている。だが、俺個人の願いは、この任務とは別にある」
優菜は、ドキリと胸が高鳴るのを感じた。ライルの瞳が、夜の静けさの中、優菜だけをまっすぐに見つめている。
「ユウナの優しさ、強さ、周りへの献身的な姿勢、すべてが愛おしく思う。俺は誰よりも、そばでユウナを守りたい」
ライルの手が優菜の頬に触れ、優しく顎を上げさせた。
ライルが優菜の唇に、そっと自分の唇を重ねた。
優菜は驚きに目を見開いたが、すぐにライルの温もりを感じて目を閉じた。一度、唇は離れたものの、二人は熱を帯びた瞳で見つめ合った。その一瞬の沈黙の中で、互いの心にある愛が溢れ出す。
どちらからともなく、再び唇を重ねた。ライルは優菜の背後に回した腕で、優菜の体をしっかりと引き寄せ、二人の間に隙間はなくなった。それは、新しい安息の地で、永遠に続く愛を誓い合うような、深く長いキスだった。
ライルが唇を離すと、優菜は息を弾ませながら、熱を帯びた瞳でライルを見つめた。ライルの瞳には、優菜への愛と、「もう離さない」という強い決意が宿っていた。




