王都の市場へ
前日の優菜による食事会は大成功に終わった。優菜の「名誉専属料理人」としての地位は、みんなにとっても誇らしいものとなった。
公爵からは、「自由に、好きなように過ごすように」と言われていたものの、優菜はすぐに、王都の食材を見て回りたいという衝動に駆られた。異世界の珍しい調味料や、旬の野菜を知ることは、優菜にとって何よりの楽しみだった。
「ライル、私、今日の午後は王都の市場へ行きたいんだけど...」
優菜の提案に、ライルは即座に頷いた。
「ああ、俺が護衛する。王都内はまだ混乱しているからな。それに、王都の市場は初めてだろ?」
ライルの言葉を受け、優菜は支度を整えるため一度自室に戻った。優菜は外出着に着替えると、鏡の前でふと立ち止まる。そして、少し前にティナがくれた小さな花のついた可愛らしい髪飾りを、髪にそっと飾った。新しい生活の始まりに、ティナの優しさを身につけて出かけたいと思ったのだ。
出かけてる間は、ゲオルグは子どもたちの見守りを引き受けてくれるとのことで、優菜とライルは二人で公爵邸の裏門から静かに王都へと繰り出した。
王都の市場は、ロンドの市場とは比べ物にならないほど巨大で、活気に満ちていた。石畳の通りには色鮮やかな露店が立ち並び、多種多様な人々が賑やかに声を上げている。
優菜は、その異世界の日常の風景に、心の底からワクワクしていた。
「見て、ライル!あそこの果物、初めて見るわ。これは…どういう味がするのかしら」
「ユウナ。危ないなら離れたらだめだよ」
ライルは優菜の隣で穏やかに笑った。
賑わう人波を縫って歩くうち、ライルは自然と優菜の少し斜め後ろに立ち、常に周囲を警戒していた。しかし、人が密集した場所へ差し掛かった時、ライルは優菜が他の客とぶつからないように、優菜の肩に手を添え、そっと自分の方へ引き寄せた。
「ユウナ、ここ、少し人が多いぞ」
ライルの手が触れた瞬間、優菜の胸にドキッとした動揺が走った。すぐ隣にライルの温もりと、わずかに爽やかな風のような、清潔感のある匂いを感じる。それは、まるで恋人同士が人混みで自然と体を寄せ合うような、親密な距離だった。
優菜は頬が熱くなるのを感じた。
(デートじゃないのに、どうしてこんなに緊張するんだろう...)
優菜は家事そのものに集中することで、高鳴る心を落ち着かせようとした。
「この魚は、身が締まっていて煮付けに良さそう。こっちのスパイスは、香りが独特だから、新しいドレッシングの隠し味に使えるかも...!」




