目覚めと、リリアの帰還
優菜は、深く、そして長い眠りからゆっくりと覚醒した。
最初に感じたのは、頬を撫でる暖かく優しい風だった。次に、自分の身体が最高級の羽毛布団に包まれ、驚くほど柔らかく広いベッドに横たわっていること。そして、窓から差し込む光の眩しさが、ここはロンドの孤児院ではないことを示していた。
(わたし、たしか……あのとき、力を使いすぎて、意識が……それで、どうなったんだっけ?)
優菜は身体を起こし、周囲を見渡した。部屋は白と金で統一され、豪奢な家具と、磨き抜かれた床が光を反射している。優菜は、この場所が、ライルたちが子どもたちと共に避難してきた王都の、特別な居場所であることだけを直感的に理解した。
ベッドサイドの椅子には、ティナが座り、静かに優菜の様子を見守っていた。
「ユウナ、目が覚めた?」
ティナは立ち上がり、優菜の手にそっと触れた。その瞳には、安堵の涙が浮かんでいた。
「ティナ...ごめんね、心配かけちゃったね」
優菜は優しく微笑むと、ティナの手を握り返した。
ティナは静かに首を横に振り、言った。
「ううん。みんな、ユウナがすごく頑張ってくれたのを知ってるから。公爵様が、ユウナは国を救ったって...」
「国を救う?」
優菜は首をかしげた。彼女の意識にあるのは、ただ皆を守りたかった、という一心だけだった。
優菜の目覚めを知らされ、公爵邸の奥室へ入ってきたのは、ライル、ゲオルグ、そしてハーヴェイ公爵本人だった。彼らの顔は疲弊していたが、優菜の無事を確認すると、安堵の色が浮かんだ。
「おや、優菜殿。お目覚めになったか。これほど長くお休みになるとは、本当に心配したぞ」
公爵が静かに言った。
「公爵様、ご迷惑を...」
優菜はベッドから降りようとしたが、公爵が手で制した。
「迷惑などではない。貴方は、この国を救った。その功績は、もはや『神の叡智』として王城に知れ渡った。だが、優菜殿。力を持つ者には、相応の立場が必要だ。そなたの安全のため、そして子どもたちの安住のため、私から提案がある」
公爵は、優菜の目を見て、冷徹ながらも現実的な通告を行った。
「貴方を、当公爵邸の『名誉専属料理人』とする。これは、優菜殿の身分と庇護を公に示すための形式的な地位だ。そして、子どもたち全員が心安らかに暮らせる王都での大きな居場所の確保を、私が全面的に支援しよう。その代わり、そなたは今後、私の庇護下で王国の秩序に従い、公爵家の一員として振る舞うのだ」
ライルが前に進み出た。
「公爵。ユウナは、皆のために尽くしすぎて、ご自身のことを疎かにされがちな方です。この地位が、ユウナを縛り付けたり、家事を楽しむ時間を奪うようなことにならないか、私としては心配でなりません」
公爵は、ライルの言葉を遮らず、静かに頷いた。
「無論だ、ライル。優菜殿には、公務や義務は一切ない。ただ、子どもたちや、自身が望む時に厨房に立ってもらえればいい。これは、そなたの好きな料理を、公爵家の全面的な支援のもと、安全に、楽しく続けてほしいという私の願いでもある」
優菜は、公爵が自分の料理への想いを理解し、自由を保証してくれたことに安堵し、静かに頷いた。
優菜が、公爵の提案の重さを感じて押し黙ったその時、部屋の扉がノックされ、公爵家の侍女が顔を覗かせた。
「公爵様、申し上げます。リリア様がお戻りになりました」
優菜は息を呑んだ。ライルとゲオルグも顔を見合わせ、驚きと安堵が入り混じった表情を浮かべる。
次の瞬間、優菜の視界に飛び込んできたのは、多少の汚れはあるものの、見慣れたリリアの姿だった。リリアは部屋を見回し、まずライルとゲオルグに向かって明るい笑顔を見せた。
「ライル、ゲオルグ!みんな、ただいま!約束通り、無事に戻ってきたよ!」
優菜は堪えていた涙腺が崩壊し、リリアに抱きついた。
「リリア!あんな、あんなことになって...!生きて...!」
「もちろん!『私は大丈夫!先に、王都に戻って、ユウナを助けて!』って言ったでしょ?」
リリアは悪戯っぽく笑った。
「あの時の鎖は、ただの魔力の道標として利用させてもらって、転移の座標を王都に書き換えたんだ。ただ、予想より少し遠い場所に飛ばされちゃって、自力でここまで戻るのに時間がかかったのよ。計画は狂ったけど、命は無事よ!」
優菜は、リリアの無事な姿、そしてその機転と自己犠牲の裏にあった明確な策を知り、心から安堵した。
ライルは、安堵のあまり優菜とリリアに近づき、静かに言った。
「本当に...よく戻ってくれた。」
優菜は、公爵からの自由と支援の約束、そして何よりもリリアの生還という最大の安息を得た。公爵邸での新生活は、「独りで頑張らなくてもいい」という温かい現実と、子どもたちのための居場所を作るという希望に満ちて始まるのだった。




