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第2章 覚悟

王を怖い感じにしました。

時をさかのぼること一年前――異世界アルテナの中央に広がる大陸、サンキへゴ。

その最南端に位置する王都オルディナは、表向きこそ温暖で穏やかな地とされているが、石畳の街路の至るところに影がよどみ、異様な静けさが漂っていた。


 王都の中央広場には、一際大きな銅像がそびえ立つ。かつて剣聖ジンがこの地で育ったという伝承に基づく偶像だ。その眼差しは人々を守る者のように見える。

 

 そして今日――。


「……時が来た。雲海から赤子が落ちる日だ。皆、深く深く、祈りを捧げよ」


 群衆の前で声を張り上げるのは現国王、オルディナ・ケネル。

その風貌はまるで死を宣告する審判者のようで、ただ立っているだけで民を圧し潰す威圧感を放っていた。


 ケネルの隣に立つのは「雷帝」の名で恐れられる女、ローゼ。かつてS級冒険者として名を馳せた彼女は、すでに三十を超える年齢ながら、夜を切り裂く稲妻のような美貌を保っている。彼女は長身で風に揺れる金色の髪は、まるで陽光をそのまま編み込んだかのように輝き、豊満な胸はその存在感を隠しきれず、黒く煌めく瞳が人々を射抜く。

その姿はただ美しいだけではない。

あまりに艶やかで、もし死者が目にしたならば――

朽ちた心臓でさえ再び脈打ち始めるに違いない。


 ――ピカン。


 祈りの刹那、雷鳴にも似た閃光が広場を裂いた。

 光が収まると、そこには三人の異邦人が立ち尽くしていた。


 彼らの視界に広がるのは、石造りの建物、土臭い空気、そして異様な数の群衆。その全てが、現実のものとは思えなかった。


 俊は顔を上げ、呟く。


「……こ、ここは……どこだ?」


 声はかすれ、耳に届く自分の言葉すら遠く感じられる。頭の中がぐらぐらと揺れ、足元の石畳が歪んで見えた。


 瑞葉は周囲の群衆から突き刺さる視線に怯え、肩を抱くように震えながら俊の袖を掴む。


「人が……見てる……。なんなの、……どうして……」


 彼女の衣服は、この世界の者からすれば奇妙なものであった。群衆がざわつき、ひそひそと呟き合う声が耳にまとわりつく。


 その横で、美愛は――俯いたまま、心の奥で笑っていた。


(……ふふ、やっと来たか。この“選ばれし舞台”が)


 胸の奥で脈打つのは恐怖ではない。むしろ昂揚。

 中学の頃から心に描いてきた数々の妄想――“異世界召喚”“特別な力”“世界を揺るがす存在”――それらが現実に具現化した瞬間だった。


 だが、顔には出さない。周囲から見れば、美愛はただ怯え、震えている少女にしか見えない。

 けれど瞳の奥では、炎のような好奇と快感が燃え盛っていた。


(王と群衆が、私を見ている……。まるで劇の主役。いいわ、見せてあげる。この世界が絶望で染まるその日まで……)


 口角がわずかに上がりそうになるのを、必死で抑え込む。

 今はまだ、隠す時。凡庸を装い、内に潜む“黒の真実”を温存する時。


 俊や瑞葉の混乱は、彼女にとってはむしろ心地よい。

 二人が怯えれば怯えるほど、自分が“違う”という事実が確信に変わっていくからだ。


 美愛はぎゅっと両手を握りしめ、うつむいたまま息を荒げて見せる。

 だがその胸中では、夜明けを告げる鐘のように、鼓動が昂ぶっていた。


 群衆のざわめきが波のように押し寄せるたび、三人の耳には怒号にも嘲笑にも聞こえ、全身を苛む。

足は鉛のように重く、言葉はうまく出てこない。ただ自分が異質な存在として晒されている事実だけが、鮮烈に突き刺さっていた。


「ようこそ、我が国オルディナへ……。そして――帝国を滅ぼすため、その力をお貸しくだされ」


 重苦しい声が響く。召喚の儀は、この世界の者ではない異界の人間を兵器として利用するための狂信的行為。呼ばれた者は“天授”と呼ばれる絶大な力を宿し、ただそれだけでS級冒険者を凌ぐ存在になると信じられていた。


「ふざけるな! 戦争なんて、俺たちは参加しない!」

「そうよ! 勝手に異世界に連れてきて……兵器扱いだなんて正気じゃない!」


 三人は感情を爆発させる。だが――


「……少々、混乱しているようだな」


 ケネルが冷ややかに呟くと同時に、抑制の呪が放たれた。


「レストレイン」


 刹那、三人の心は縛られ、激情は霧散していく。怒りも恐怖も押し殺され、ただ操り人形のように静まる。


「私はオルディナ・ケネル。君たちの名はなんだ」


 柔らかい声音に聞こえるが、その裏に潜む冷徹な支配欲が皮膚を焼くように伝わってくる。


「……僕は、氷室ひむろ しゅん

「私は、早乙女さおとめ 瑞葉みずは。そして、こちらは……如月きさらぎ 美愛みあ


 奇妙な名に群衆はざわめき、しかしケネルは愉悦を滲ませながら頷いた。


「お前たちには、既に力が備わっている……それを証明してやろう」


 緑がかった宝玉が宙に浮かび、禍々しい光を放つ。


「触れよ。己に宿る力を、この場に示せ」


 俊が宝玉に触れた瞬間、大地が軋み、地の底から銀色の鎧を纏った巨躯が這い出てきた。

それはまるで鉄の鎧を着た巨大なゴーレム。それの黒い瞳孔は俊を見下ろし、無言で命令を待つ。


「……跳べ」


 俊がか細く命じると、ゴーレムは天を突き破るかのように十数メートル跳躍し、そのまま地を抉って落下した。轟音とともに石畳は砕け、噴水が崩れ落ち、水が血のように飛散する。群衆は悲鳴を上げ、広場は混沌に沈んだ。


「見事だ……お前は“ゴーレム使い”だな」


 ケネルの声には、獲物を得た猛禽のような冷たい喜びが滲む。


「次は……女の番だ」


 瑞葉が宝玉に触れると、空はたちまち黒雲に覆われ、日差しは掻き消えた。

次の瞬間、稲妻が大地を裂き、轟く雷鳴が広場を焼き尽くさんと降り注ぐ。


 だが全ての雷撃はローゼが受け止め、抑え込んでいた。


「この娘は、私が育てよう」


 甘い声に潜む捕食者の響きに、瑞葉はただ頷くしかなかった。


「さぁ……最後はお前だ」


 震える美愛に群衆の視線が突き刺さる。だが彼女が宝玉に触れても、何も起きなかった。


 ーーー沈黙ーーー

 

 広場に重苦しい空気が流れる。


「もう一度だ」


 ケネルの命令で何度も試されるが、宝玉は応じない。


「……何度もさせてすまない」


 その謝罪は冷たく乾いており、まるで価値のない駒に下された判決のようだった。

8月20日書き直し。

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