動く荷物 一
秋は短い。
もう肌寒くなってきた。
出社すると、しんとしたミーティングルームに集められた。
メンバーは二班のみ。
「配達の依頼が来た。依頼主は、内藤とフジコをご指名だ」
越水はまずそう切り出した。
やはり来た。
越水は、しかし苦い表情だ。
「うちは運び屋じゃない。興信所だ。本来なら受けない仕事だが、やまれぬ事情により、引き受けることになった」
これに各務も顔をしかめた。
「特例ってことですか?」
「背後は探るな。社長の判断だ」
カルトの仕事は受けないと言っていたはずだが。
越水はこちらを見た。
「匿名希望の依頼主からだ。ある場所から荷物を回収し、別の場所へ送り届けて欲しいとのことだ」
「ある場所とは?」
「当日、GPSで指示があるらしい」
「了解」
当日まで情報が分からないというのは、よくあることだ。
中身も分からない荷物を、ある場所から、別の場所へ届ける。それを機械的にやる。運び屋というのはそういうものだ。事情や背景などは知らないほうがいい。
社がすっと手をあげたので、越水は「社」と発言を許可した。
「私たちの仕事は?」
「バックアップとして同行する」
いい上司だ。
人材が豊富だと、こういうことが可能になる。
各務は不機嫌そうだった。
「なんで僕たちが……」
「同じチームだからだ。もし逆の立場でも同じことをするぞ。不満か、各務?」
「いえ……」
越水にたしなめられて、さすがに黙った。
それだけならいいのだが、フジコが調子に乗り始めた。
「そうよ、各務。あなたは許可があるまで黙ってなさい。次に口を開いたらぶっ飛ばすわ」
「えっ?」
一同、閉口だ。
せっかく丸く収まりそうだったのに、焚きつけやがって。
だが各務は信じられないといった顔で固まったまま、言い返してこなかった。
その代わり、越水が「お前たち、いい加減にしろ」と注意した。
気持ちは分かるが、いまは仲間同士で争っている場合ではない。
せっかく「俺たちの仕事」を「バックアップ」してくれるというのだから。
*
さて、当日だ。
後ろにフジコを乗せ、フローターにまたがった。
このフローターは会社の備品。新型だし、きちんと整備もされている。俺がプライベートで酷使している中古とは違って性能がいい。
無線が飛んできた。
『2Aから2Bへ。こちら越水。距離をおいて追走する。お前は依頼主の指示に従ってくれ』
「了解。2B、出発します」
GPSはナビゲーションに送られている。
ターゲットは神奈川の川崎。
大田区から橋を使って入ることになるだろう。
フローターを進める。
ふっと浮遊して、すっと加速。このときほんのわずかに前へ傾く。
エンジン音はない代わり、やや耳障りなプロペラ音がずっと続く。
空は純白のスクリーンのように輝いている。
薄く広がった雲に、光が乱反射しているのだ。
このまま天気が崩れてもおかしくない。
いや、今日は天気よりも気がかりなことがあった。
GPSの位置だ。
さっきからずっと微震している。
精度が悪いせいじゃない。
むしろ精度がいいからこうなっている。
こういうのには心当たりがある。
荷物が「移動している」のだ。
*
「なんか寒くない? 私、死ぬんじゃない?」
後ろのフジコから苦情が来た。
「防寒着ないのかよ?」
「は? お金ないって言ってるでしょ! 何度言わせんの? サディストなの?」
「……」
向井さんから借りればよかったのでは?
いくら身長差があるとはいえ、ジャケットくらいは着られるだろう。
まだ神奈川にも入っていなかったが、俺は無線へ告げた。
「2Bから2A。休憩のため一時停車します」
『休憩? 了解……』
まだ出発から五分くらいなのに、いきなり休憩だ。
トラブルだと思うだろう。
俺は自販機でホットのジュースを二つ買い、フジコにも渡した。
「やるよ」
「あなたって気遣いのできる男なのね。見直したわ」
いや、この気遣いは強制されたものだ。
仕方がない。
「あとこれ。着てくれ」
「いいの?」
「ああ」
着ていたジャケットも渡した。
長年使ってるブルゾンだ。ちゃんと洗濯しているから安心して着て欲しい。
少し寒くなるとは思うが、後ろから苦情をもらうよりは全然いい。
「どう? 似合ってる?」
フジコは両手を広げて、表を見せたり、裏を見せたりしてきた。
男物のジャケットでもよく似合う。
彼女は仕事上はなんらの役にも立たないが、マネキンとしては一流だ。
「ああ、似合ってるよ。それより、飲んだら出発だ。後ろを待たせてると、またいろいろ言われる」
「言ってきたらぶっ飛ばすから大丈夫よ」
「大丈夫じゃないんだよ」
子守りでもしている気分だ。
きっと向井さんも苦労していることだろう。
*
川崎に入った。
GPSは微震しているものの、大きな移動はない。
小さな建物の中を行ったり来たりしているだけかもしれない。いったい正体はなんだろうか。経験上、この手の荷物は必ず生モノなのだが。
通信が来たのを、フジコが受けた。
「しもしも?」
『よう。ずいぶん安全運転だな。もっと急げねぇのか?』
「なに? お客?」
『ああ、依頼主だ。あんましモタモタしてると、捕まえらんなくなるぞ』
機械音声ではない。男の声だ。あまり丁寧な言葉遣いとは言えない。
この感じだと、依頼主はカルトではなさそうだ。
ではいったい誰が?
わざわざ俺たちを指名して来そうなのは……。
俺も会話に参加した。
「少し急ぎますよ。荷物の特徴は?」
『現場についてからのお楽しみだ』
「それだと手遅れになるかも」
すると舌打ちが聞こえた。
『ある実験体が、研究施設から搬出されて、殺処分されることになってる。そいつをうまいこと横からぶんどる作戦だ。チャンスは一瞬しかない』
「それを俺たちだけでやれと?」
『いや、こっちも手を貸す。派手に暴れて隙を作るから、その間にかっさらうんだ。ただし、そいつにはGPSがつけられてる。現地で道具を渡すから、そいつで無効化してくれ。言っておくが、くれぐれも無効化しないまま連れてくるなよ? もしそんなことになれば、俺もお前も全滅だからな』
「確認なんですが、その荷物、生死を問わずですか?」
『バカ野郎! 生きたまま連れてこい! 絶対に殺すな!』
「了解」
フジコみたいな特異体質か?
だったらフジコ本人を狙えばいいものを。
いや、フジコが狙われているからこそ、今回のご指名なのかもしれない。現地についた瞬間、俺は用済みになる可能性がある。
少し警戒度をあげておくか。
通信が切れた途端、また別の通信が来た。
今度は機械音声だ。
『ずいぶん乱暴な作戦ですね』
「盗聴してたのか?」
『そうなります。しかしご安心ください。私は手を出しません。管轄が違いますから』
「あんた、マジで誰なんだ?」
『その情報は開示できません。その代わり、ご自由に推測してください』
例の第三セクターの関係者なのは間違いない。
ずっとカルト側だと思っていたが、管轄とか言い出すということは、政府関係者かもしれない。いや、カルトにも管轄はあるか……。
「じゃあ質問を変える。この仕事の依頼主は誰だ?」
『おそらく千里眼でしょうね。それ以外の組織は、あのレベルの実験体に興味を示すこともないでしょう』
あのレベル、か。
殺処分するくらいだから、本気でどうでもいいと思っているのだろう。
俺がうんざりしていると、そいつはこう言葉を続けた。
『では本題に入ります。この先、青色スモッグが出ます。ご注意ください』
「え、スモッグ? どこに?」
『どこにでも』
「脅しか?」
『いいえ。私たちがなにもせずとも、スモッグは発生するのです。どうかお気をつけて』
そこで通信切断。
ヒントを出すつもりなら、きちんと頭からケツまで説明して欲しいものだ。
フジコは首をかしげた。
「霧が出るの? ぜんぜんそんな気配ないけど」
「前から気になってたんだが、なんでフジコは霧が出るって分かるんだ?」
「どうでもいいでしょ」
これも体質か?
ともあれ、いつも事前に察知するフジコが「ない」と言っている。
きっと霧は出ないだろう。
無線が飛んできた。
『2Aより2B。情報を共有しろ。なにか報告することがあるだろう?』
「聞いての通りですよ。上が反社の仕事を受けたばかりに、人を一人誘拐することになったんです。これで俺も立派な犯罪者ですよ」
『以前から犯罪者だろ』
「ええ。逮捕されてないのが不思議なくらいですよ」
どうでもいいが、まさか皮肉を言うために通信を飛ばして来たのか?
こっちは安全運転で忙しいってのに。
『キリのいいところで停車せよ。防犯用の備品を渡す』
「了解」
そう来なくちゃな。
丸腰で乱闘パーティーに参加するのは絶対にごめんだ。
*
渡されたのはスタンガンと防刃ベスト。
このスタンガンは、針を飛ばし、電気ショックで相手を気絶させるタイプのもの。場合によっては相手が死亡する可能性もある。実銃よりは死ににくいだけの、れっきとした殺傷兵器だ。もちろん違法。
ただし飛距離はない。接近してきた相手にしか使えないから、いちおう護身用ということになるか。
一方、防刃ベストは……。まあ、ないよりマシといったところか。
いまの俺にとっては、むしろ防寒効果のほうが期待できる。
デカい事務所は、こういうのをポンと出してくる。
この資金力だけは正直羨ましい。
それに比べて芝商店は……。
いや、いまは目の前の仕事に集中だ。
少しばかりスピードを出させてもらう。間に合わなかったらすべてが水の泡だ。気の毒な実験体を、殺処分から救い出さねばならない。
(続く)




