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サノバガン  作者: 不覚たん
第一部 青
12/36

動く荷物 一

 秋は短い。

 もう肌寒くなってきた。


 出社すると、しんとしたミーティングルームに集められた。

 メンバーは二班のみ。

「配達の依頼が来た。依頼主は、内藤とフジコをご指名だ」

 越水はまずそう切り出した。


 やはり来た。


 越水は、しかし苦い表情だ。

「うちは運び屋じゃない。興信所だ。本来なら受けない仕事だが、やまれぬ事情により、引き受けることになった」

 これに各務も顔をしかめた。

「特例ってことですか?」

「背後は探るな。社長の判断だ」

 カルトの仕事は受けないと言っていたはずだが。


 越水はこちらを見た。

「匿名希望の依頼主からだ。ある場所から荷物を回収し、別の場所へ送り届けて欲しいとのことだ」

「ある場所とは?」

「当日、GPSで指示があるらしい」

「了解」

 当日まで情報が分からないというのは、よくあることだ。

 中身も分からない荷物を、ある場所から、別の場所へ届ける。それを機械的にやる。運び屋というのはそういうものだ。事情や背景などは知らないほうがいい。


 社がすっと手をあげたので、越水は「社」と発言を許可した。

「私たちの仕事は?」

「バックアップとして同行する」

 いい上司だ。

 人材が豊富だと、こういうことが可能になる。


 各務は不機嫌そうだった。

「なんで僕たちが……」

「同じチームだからだ。もし逆の立場でも同じことをするぞ。不満か、各務?」

「いえ……」

 越水にたしなめられて、さすがに黙った。


 それだけならいいのだが、フジコが調子に乗り始めた。

「そうよ、各務。あなたは許可があるまで黙ってなさい。次に口を開いたらぶっ飛ばすわ」

「えっ?」

 一同、閉口だ。

 せっかく丸く収まりそうだったのに、焚きつけやがって。


 だが各務は信じられないといった顔で固まったまま、言い返してこなかった。

 その代わり、越水が「お前たち、いい加減にしろ」と注意した。


 気持ちは分かるが、いまは仲間同士で争っている場合ではない。

 せっかく「俺たちの仕事」を「バックアップ」してくれるというのだから。


 *


 さて、当日だ。

 後ろにフジコを乗せ、フローターにまたがった。

 このフローターは会社の備品。新型だし、きちんと整備もされている。俺がプライベートで酷使している中古とは違って性能がいい。


 無線が飛んできた。

『2Aから2Bへ。こちら越水。距離をおいて追走する。お前は依頼主の指示に従ってくれ』

「了解。2B、出発します」

 GPSはナビゲーションに送られている。

 ターゲットは神奈川の川崎。

 大田区から橋を使って入ることになるだろう。


 フローターを進める。

 ふっと浮遊して、すっと加速。このときほんのわずかに前へ傾く。

 エンジン音はない代わり、やや耳障りなプロペラ音がずっと続く。


 空は純白のスクリーンのように輝いている。

 薄く広がった雲に、光が乱反射しているのだ。

 このまま天気が崩れてもおかしくない。


 いや、今日は天気よりも気がかりなことがあった。

 GPSの位置だ。

 さっきからずっと微震している。

 精度が悪いせいじゃない。

 むしろ精度がいいからこうなっている。


 こういうのには心当たりがある。

 荷物が「移動している」のだ。


 *


「なんか寒くない? 私、死ぬんじゃない?」

 後ろのフジコから苦情が来た。

「防寒着ないのかよ?」

「は? お金ないって言ってるでしょ! 何度言わせんの? サディストなの?」

「……」

 向井さんから借りればよかったのでは?

 いくら身長差があるとはいえ、ジャケットくらいは着られるだろう。


 まだ神奈川にも入っていなかったが、俺は無線へ告げた。

「2Bから2A。休憩のため一時停車します」

『休憩? 了解……』

 まだ出発から五分くらいなのに、いきなり休憩だ。

 トラブルだと思うだろう。


 俺は自販機でホットのジュースを二つ買い、フジコにも渡した。

「やるよ」

「あなたって気遣いのできる男なのね。見直したわ」

 いや、この気遣いは強制されたものだ。

 仕方がない。

「あとこれ。着てくれ」

「いいの?」

「ああ」

 着ていたジャケットも渡した。

 長年使ってるブルゾンだ。ちゃんと洗濯しているから安心して着て欲しい。

 少し寒くなるとは思うが、後ろから苦情をもらうよりは全然いい。


「どう? 似合ってる?」

 フジコは両手を広げて、表を見せたり、裏を見せたりしてきた。

 男物のジャケットでもよく似合う。

 彼女は仕事上はなんらの役にも立たないが、マネキンとしては一流だ。

「ああ、似合ってるよ。それより、飲んだら出発だ。後ろを待たせてると、またいろいろ言われる」

「言ってきたらぶっ飛ばすから大丈夫よ」

「大丈夫じゃないんだよ」

 子守りでもしている気分だ。

 きっと向井さんも苦労していることだろう。


 *


 川崎に入った。

 GPSは微震しているものの、大きな移動はない。

 小さな建物の中を行ったり来たりしているだけかもしれない。いったい正体はなんだろうか。経験上、この手の荷物は必ず生モノなのだが。


 通信が来たのを、フジコが受けた。

「しもしも?」

『よう。ずいぶん安全運転だな。もっと急げねぇのか?』

「なに? お客?」

『ああ、依頼主だ。あんましモタモタしてると、捕まえらんなくなるぞ』

 機械音声ではない。男の声だ。あまり丁寧な言葉遣いとは言えない。


 この感じだと、依頼主はカルトではなさそうだ。

 ではいったい誰が?

 わざわざ俺たちを指名して来そうなのは……。


 俺も会話に参加した。

「少し急ぎますよ。荷物の特徴は?」

『現場についてからのお楽しみだ』

「それだと手遅れになるかも」

 すると舌打ちが聞こえた。

『ある実験体が、研究施設から搬出されて、殺処分されることになってる。そいつをうまいこと横からぶんどる作戦だ。チャンスは一瞬しかない』

「それを俺たちだけでやれと?」

『いや、こっちも手を貸す。派手に暴れて隙を作るから、その間にかっさらうんだ。ただし、そいつにはGPSがつけられてる。現地で道具を渡すから、そいつで無効化してくれ。言っておくが、くれぐれも無効化しないまま連れてくるなよ? もしそんなことになれば、俺もお前も全滅だからな』

「確認なんですが、その荷物、生死を問わずですか?」

『バカ野郎! 生きたまま連れてこい! 絶対に殺すな!』

「了解」

 フジコみたいな特異体質か?

 だったらフジコ本人を狙えばいいものを。

 いや、フジコが狙われているからこそ、今回のご指名なのかもしれない。現地についた瞬間、俺は用済みになる可能性がある。

 少し警戒度をあげておくか。


 通信が切れた途端、また別の通信が来た。

 今度は機械音声だ。

『ずいぶん乱暴な作戦ですね』

「盗聴してたのか?」

『そうなります。しかしご安心ください。私は手を出しません。管轄が違いますから』

「あんた、マジで誰なんだ?」

『その情報は開示できません。その代わり、ご自由に推測してください』

 例の第三セクターの関係者なのは間違いない。

 ずっとカルト側だと思っていたが、管轄とか言い出すということは、政府関係者かもしれない。いや、カルトにも管轄はあるか……。

「じゃあ質問を変える。この仕事の依頼主は誰だ?」

『おそらく千里眼でしょうね。それ以外の組織は、あのレベルの実験体に興味を示すこともないでしょう』

 あのレベル、か。

 殺処分するくらいだから、本気でどうでもいいと思っているのだろう。


 俺がうんざりしていると、そいつはこう言葉を続けた。

『では本題に入ります。この先、青色スモッグが出ます。ご注意ください』

「え、スモッグ? どこに?」

『どこにでも』

「脅しか?」

『いいえ。私たちがなにもせずとも、スモッグは発生するのです。どうかお気をつけて』

 そこで通信切断。

 ヒントを出すつもりなら、きちんと頭からケツまで説明して欲しいものだ。


 フジコは首をかしげた。

「霧が出るの? ぜんぜんそんな気配ないけど」

「前から気になってたんだが、なんでフジコは霧が出るって分かるんだ?」

「どうでもいいでしょ」

 これも体質か?

 ともあれ、いつも事前に察知するフジコが「ない」と言っている。

 きっと霧は出ないだろう。


 無線が飛んできた。

『2Aより2B。情報を共有しろ。なにか報告することがあるだろう?』

「聞いての通りですよ。上が反社の仕事を受けたばかりに、人を一人誘拐することになったんです。これで俺も立派な犯罪者ですよ」

『以前から犯罪者だろ』

「ええ。逮捕されてないのが不思議なくらいですよ」

 どうでもいいが、まさか皮肉を言うために通信を飛ばして来たのか?

 こっちは安全運転で忙しいってのに。


『キリのいいところで停車せよ。防犯用の備品を渡す』

「了解」

 そう来なくちゃな。

 丸腰で乱闘パーティーに参加するのは絶対にごめんだ。


 *


 渡されたのはスタンガンと防刃ベスト。

 このスタンガンは、針を飛ばし、電気ショックで相手を気絶させるタイプのもの。場合によっては相手が死亡する可能性もある。実銃よりは死ににくいだけの、れっきとした殺傷兵器だ。もちろん違法。

 ただし飛距離はない。接近してきた相手にしか使えないから、いちおう護身用ということになるか。


 一方、防刃ベストは……。まあ、ないよりマシといったところか。

 いまの俺にとっては、むしろ防寒効果のほうが期待できる。


 デカい事務所は、こういうのをポンと出してくる。

 この資金力だけは正直羨ましい。

 それに比べて芝商店は……。


 いや、いまは目の前の仕事に集中だ。

 少しばかりスピードを出させてもらう。間に合わなかったらすべてが水の泡だ。気の毒な実験体を、殺処分から救い出さねばならない。


(続く)

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