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サノバガン  作者: 不覚たん
第一部 青
11/36

浮気調査

 それから数日、俺は浮気調査に駆り出された。

 薄暗い車内でじっと待機して、ターゲットが現れたら写真を撮る。現れなければ、ずっと同じ景色を眺める。

 仕事なんだから、退屈なのはいい。

 だが、ボスのことが気になって仕方がなかった。


「内藤さん、集中してくださいよ。マジで。何回言ったら分かるんですか?」

「はい?」

 各務がしかめっつらで、急にダメ出しを始めた。

 確かに集中していなかったが、俺は集中してるときとなんら変わらない姿勢でいた。こいつはいったい、なにを見て判断しているんだ?

「ターゲット、いつ来るか分からないから、ずっと見ててって僕言いましたよね?」

「はい」

「なんで見てないんです?」

「見てましたよ」

「いや、見てなかったでしょ? 言い訳はやめてくださいよ」

 こいつ、他人を責めることで自分の立場を確認するタイプか?

 少なくとも業務時間中は仲間なんだから、協力し合ったほうがいいと思うのだが?


 この車内には、俺と、各務と、越水と、フジコがいる。

 本当は四人もいらない。

 だが俺とフジコが「新人」ということで、研修も兼ねてこのメンバーになった。


「各務、その辺にしておけ」

「はい……」

 さすがにイライラしたのか、越水から制止が入った。

 フジコはなぜか大物みたいに後部座席でふんぞり返っている。

「クソみたいな仕事ね、これ」

「……」

 誰からも反論はなかった。


 ターゲットは、三十代の既婚女性。

 浮気相手の男と駅前で合流し、この路地裏にあるラブホテルに入るはずだった。だが、駅前のファミレスで長話をしているらしく、なかなかホテルにやってこなかった。

 時刻は昼を少し回ったところ。


 男は会社員だ。営業職なんだろう。昼間から会社を抜け出して、女とイチャついている。いいご身分だ。だがその身分も、もしかしたら遠からず失われるかもしれない。


 通信機が鳴った。

 発信者は非表示。


「内藤さん、私用の電話はやめてくださいよ。仕事中でしょ? いくつなんだよ」

「すみません」

 俺はそのまま通信を切った。


 すると今度はフジコの通信機が鳴った。

「はい、しもしも?」

 普通に出やがった。


『あなた方、そんなくだらない仕事をしている場合ですか?』

 例の合成音声だ。

 越水は「誰だ?」と不振がっているが、フジコは無視して通話を続けた。

「知ってるでしょ? 私たち、クビになったの。いまは転職先で浮気調査。全部あなたのせいよ。責任取りなさい」

『責任? 莫大な借金を踏み倒したあなたが、人の責任を問うのですか?』

「問うのよ。面白いわよね」

『報告する義理はありませんが、芝さんは配達の仕事をやり遂げましたよ。ですが、もう芝商店さんに用はありません。次回はあなた方にやってもらいます』

「目的は?」

『いまは言いません。ですが、いずれ説明するときが来るかもしれません』

「そう。楽しみにしてるわ」

『それでは』


 通信が切れた。


 ボスは無事らしい。

 それは安心したが、次はこちらへ仕事を依頼してくるという。

 移籍するだけムダだったのでは?


「なんだ? 誰だいまのは?」

 越水の問いに、フジコは肩をすくめた。

「例のカルト。もしかして、お話ししたかった?」

「お前たちに依頼があると言ったな?」

「言ってたわね。でも決めるのは私たちじゃないし」

 その通りだ。

 仕事を受けるかどうかは、上層部が決める。だが、前に白木社長と話した限りでは、突っぱねる可能性がある。少しモメるかもしれない。


「あ、来た」

 フジコが急にどこかを見た。


 ターゲットか?

 こんな真っ昼間から、堂々とエンジョイし始めるのか?

 だが、誰もいない気がするが。


 フジコはぶるっと震えた。

「違う。霧よ。いますぐ逃げたほうがいい」

「えっ?」

 フジコを除く全員が、間抜けな声を発した。


 霧?

 青色スモッグか?

 本当に?

 だが、ここは最初の一回目以外、霧の出たことのない安全地帯だ。だから人々は堂々と活動しているし、浮気だって……。


 だが、事実だった。


 ブーッと空いっぱいに響き渡るような音が鳴った。

 通称「ラッパ」。

 この路地裏からは見えないが、きっと駅前を行く人々は、驚いて顔をあげたことだろう。


 遠くで悲鳴があがった。

 それから、路地裏に何人かが走り込んで来た。


 無線が鳴った。

『こちら寺田! いますごい音がして……青い霧が……』

 ファミレスを見張っていた仲間だ。


 越水が怒鳴りつけた。

「いますぐそこから退避しろ! 早く!」

『はい!』


 それから、彼は強く運転席を蹴った。

「各務! 車を出せ!」

「えっ?」

「逃げるぞ!」

「でも調査は……」

「いいから出せバカ野郎!」

「はい!」

 各務のヤツ、霧が出てるのに浮気調査するつもりだったのか。


 だが、車が発進した途端、越水はまた後部座席を叩いた。

「おい止めろ!」

「はい?」

「止めろッ!」

 車はガクンと止まった。

 越水はドアを開き、逃げてきた女の腕をつかんだ。

「きゃあっ」

 ターゲットだ。

 越水は強引に中へ引き込み、急いでドアを閉めた。

「車出せ!」

「はい!」


 霧はすさまじい勢いで拡大をはじめ、路地裏にまで侵入してきた。

 だが、偽物の霧ほど速くはなかった。表面にびっしりとヒトのシルエットが浮かび上がっており、彼らはなんとか走ろうとするのだが、後ろの霧に引っ張られて思うように前進できないらしかった。

 それでもパニックになった通行人の一人が、腰を抜かして座り込んでしまった。

 車を飛び出して助けるには、あまりに遠過ぎる。というか、車はもう走り出してしまった。

 通行人は霧に捕まり、奇声をあげているうちに、ぱっと霧散して消えてしまった。


「えっ? えっ? なに?」

 ターゲットは横たわったままキョロキョロしていた。

 若くて溌溂とした女性だ。

 家で暇をしているタイプには見えない。


「手荒な真似をして申し訳ありませんでした。我々は探偵です。あなたの浮気調査のため、張り込んでおりました」

「浮気!? し、してない! してない!」

「あくまで調査中です。結論は出ておりません。ところで、ご一緒だった男性はどちらへ?」

「それが……」

「霧の中に?」

「はい……」


 車は速度をあげ、ぐんぐん霧を引き離した。

 俺たちは助かるだろう。

 だが、駅の利用客は飲まれた可能性が高い。


 いったいどれだけの被害が出ることやら……。


 *


 寺田くんは、近くに停めていたフローターで逃げ切ったようだ。

 社さんはもともと事務所待機だったため無事。


 事務所へ戻ると、白木社長も交えてミーティングが始まった。

「なるほど。霧が……。動画は?」

「車載カメラで録画してます」

 越水はタブレット端末でその映像を見せた。


 まずはラッパの音が十秒ほど鳴り続け、それから少々の静寂が訪れる。

 人々が路地裏に殺到する。

 青黒い霧が発生し、周囲を侵食する。

 車は急発進で逃走。

 ただそれだけだ。


 現場では大雑把にしか把握できなかったが、こうして落ち着いて映像で見ると、霧の表面に無数のヒトが張り付いていて、かなりグロテスクに感じた。内側から逃げ出そうともがいているような……。


 白木社長は溜め息をついた。

「ターゲットはどうした?」

「自宅付近で解放しました」

 越水の言葉に、白木社長はうなずいた。

「分かった。報告書をまとめてくれ。依頼人への説明は、その後考える」

「はい」


 浮気調査は失敗に終わった。

 だが、少なくともターゲットの生命を守ることはできた。

 皮肉な話だ。


 *


 会議を終えてオフィスに戻ると、フジコの端末が鳴った。

『まさか、あんな場所に霧が発生するとは思いませんでしたね』

 例の機械音声だ。

「あなたがやったんじゃないの?」

『きっと誤解していると思いました。しかし答えはノーです。我々が霧を出すには、あらかじめ地下に大規模な工場を設置する必要があります。しかもその霧は、本物と異なり、ヒト状の変化をしない』

 まあそうだ。

 こいつらの技術は、まだその域に達していない。


「あのラッパはなんなの?」

『その件は私たちも調査中です。いまのところ分かっているのは、たった一度の例外を除き、使用された周波数が同じものであるということです』

「例外って?」

『人類の半数を消し去った、最初の青色スモッグです』


 俺はその瞬間、家で寝ていた。

 だが映像はあとから見た。

 ブーッと鳴っていた。今日の音との違いは分からない。俺には絶対音感がない。


 機械音声はこう続いた。

『とにかく、今日の霧は私たちの仕事ではありません。お伝えしたかったのはそれだけ。また連絡します』

 そして通信終了。


 どうやら霧の動作は、音によって変わるということらしい。

 そして、どんな音が鳴っているのかは分かっているのに、その現象をまだ誰も再現できていない。


 アメリカの焦り方からして、犯人はアメリカではないのだろう。でなければ「オーシャン」などというプロジェクトに金をかけたりしない。

 日本でもない。もし日本にそんな技術力があるなら、政府の参加する第三セクターが現象を再現できないのはおかしい。

 だがもし可能だとして、動機は?

 人口が半分になれば、どの国も尋常じゃないダメージを受ける。経済活動、消費行動、そのいずれもが半減する。

 霧は世界中で発生している。

 その被害を受けていない国はひとつもない。


 なにも分からない。


 世界を滅ぼしたいと考えるカルトの犯行なら、筋は通る。

 だが、「自分たちがやった」と声明を出した組織もあるにはあるが、その誰もが霧の技術を有していなかった。もっとも可能性があるとすれば日本のカルトだが、すでに判明している通り、まだ試作の段階。

 もしそれさえ偽装のためのアリバイ工作なのだとしたら、もう完全にヒントさえ失う。


 いや、考えたところで、一市民の俺に分かるわけがないのだ。

 アメリカでさえ分からないのだ。

 俺が頭を使うだけエネルギーのムダ、というわけだ。


「フジコ、どう思う?」

「えっ?」

 彼女は、もういまのやり取りなど忘れたという顔で端末をいじっていた。

 怪しいエロサイトを見ている。

「いや、どうかと思って」

「かなりいい感じね。あなたも見る?」

「いや、いい」

 いまのは俺が悪い。

 相談する相手を間違えた。


 いまの調子で霧が蔓延すれば、本当に人類は絶滅するだろう。

 青色スモッグは、あきらかに自然現象じゃない。

 誰かがやっている。

 凄まじい科学の力で、人類を殲滅しようとしている。


 あえて考えないようにしていたが、これらは宇宙人の仕業だったりするのだろうか?

 ほかに可能性が思いつかない。


(続く)

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