転職
正当性があるのかどうかも不明だが、俺もフジコもその日のうちに解雇された。
労基に訴えたら勝てそうな気もするが。
いや、そんなことをしたところで、これまでの非合法な活動がバレてパクられるのがオチだろうな。上に言われて仕方なくやっただけなのに。
俺たちはいま、ファミレスでダラダラと時間を潰していた。
フジコの住むところを探さないといけない。こいつは金がないから、無料で宿泊できるところじゃないとダメだ。かといって俺の自宅はムリだ。もう一人住めるスペースがない。
「なあ、段ボール集めるか?」
「は?」
「あんたの住むところ作らないと」
「それ、本気で言ってる? え、なに? 自分の家に泊めてぐへへみたいな下心はないワケ?」
「あるわけねーだろ……」
いや、なくはないが、フジコだしな……。
なんかな。
フジコはいつものマネキンみたいな顔をやめて、呪い人形みたいになっていた。
「マジで使えねーなこいつ……」
「おい。一緒に段ボール集めようとしてるだけ優しいだろ。この店だって俺のおごりなのに」
「これまで数々の仕事をこなしてきた相棒じゃない?」
「知ってるか? 相棒ってのは絶対じゃない。シーズンごとにコロコロ入れ替わるものなんだ」
俺は詳しいんだ。
するとタブレット端末を手にした落ち武者みたいなヘアスタイルのおじさんが、テーブルに近づいてきた。
「ちょっと詰めてくんねーか」
「ああ、はい。って、えっ? 明智さん?」
インテリジェンスチームの明智さんだ。
極度の猫背で、三角おにぎりみたいなシルエットをしている。
「え、なに? いかにも犯罪くさいおじさんが絡んで来たんですけど?」
フジコは不審そうに目を細めている。
もしかして明智さんと会うのは初めてだったか。
彼は演技じみた溜め息をついた。
「明智だ。俺もクビだとよ。世知辛ぇよな、ホント」
「誰、明智って。光秀?」
「光秀じゃないほうの明智だ。お前のいた会社の、唯一のインテリジェンスチームだよ。少なくとも数時間前まではそうだった」
「え、誰? お前? 私のこと?」
さすがに理解しろ。
俺はオーダー用のパネルを操作した。
「ドリンクバーでいいですか?」
「パフェも頼む」
「痛風悪化しますよ?」
「うるさい。それより、大事な打ち合わせがあるだろ? な? 次の職場のこと」
「はぁ」
ドリンクバーとパフェをオーダーした。
このおじさんは、運動もしないで甘いものばかり食べて、自分の健康に配慮する気もないのだろうか?
フジコは眉をひそめている。
「なに? 仕事を斡旋してくれるってわけ? エロい仕事だったらこの場で泣き叫ぶけど?」
「エロくない。聞いてないのか? ポラリスだぞ?」
「ポラリス? 本気で言ってんの? 入れてくれるワケないでしょ?」
「いや、それが違うんだ。すでに話がついててな。俺たちはまるまるポラリスに移籍することになる」
なるほど。
そのための封筒だったのか。
ボスの野郎、勝手に決めやがって……。
するとフジコはストローから勢いよくオレンジジュースを飲み干した。
「え、ホントに? 住める?」
「さすがにムリだろ。住むところは自分で探せ」
「いや、お金ないんですけど? おじさんの家に泊めてよ?」
「おじさんじゃない。泊めるのもムリだ。お前みたいなのが来たらネコが怖がる」
そうだぞ。
本当に、落ち武者とネコがたわむれてるところに混ざりたいのか?
段ボールハウスのほうがマシだぞ。
「はぁ。この国のオスはマジでクソね。ステイサムなら泊めてくれてたわ」
ならステイサムに頼めよ。
ステイサムじゃないヤツに頼むな。
俺は遠慮なく溜め息をついた。
「向井さんに頼んだら? あの子なら、きっと泊めてくれるだろ」
「え? でもボスも一緒でしょ?」
「一緒じゃない。あの子、一人暮らしだぞ」
「マジで? それ最初に言ってよ。あ、てか連絡来てたわ。『行くところないならうちに来ませんか?』だって。どんだけいい子なの? 天使なの? チューしてあげようかしら」
ホントにな。
だが同意なくチューはするな。
同性でもハラスメントは成立するぞ。
パフェが来ると、明智さんはスプーン山盛りでむさぼり始めた。
「だが、内藤、なぜ支部に顔を出さなかった? 話したいことが山ほどあったのに」
「どうせ通信傍受してたんでしょ?」
「一部だけだ」
とんだ盗聴野郎だ。
こっちは味方だってのに。
「ちょっとジュースとってくる。あなたのも持ってきてあげる」
「悪いな」
フジコが席を立った。
どうせクソみたいなミックスジュースを作ってくるんだろう。まあなんでもいい。俺はあまり気にしない。
明智さんはそのフジコの背を横目で見送って、静かにこう告げた。
「あの女、いろんなところから狙われてるぞ」
「はい?」
「日本政府だけじゃない。アメリカ、イギリス、フランス、中国、ロシア、インド、北朝鮮。それに宇宙人民結社と、そのライバルの千里眼もだ」
「え、なんで?」
「なんで? 分かるだろ? 死なないんだぞ? あの技術を軍事に転用したら、とんでもないことになる。世界に一つしか存在しない『生きたサンプル』なんだ。いままで普通に暮らせてたのが不思議なくらいだ」
確かにそうだな。
普通に一緒にいたから感覚がマヒしていた。
あの能力で軍隊を作ったら、戦争は終わらなくなる。まあ火薬は足りなくなるだろうから、最終的には石と棒切れ戦うことになりそうだが。
明智さんはまたパフェを一口やってから言った。
「だが、どうも再現性がないらしくてな。ほかの検体に薬を打ち込んでも、ああはならないようだ。つまり、あの女はいろんな意味で特異なんだ。薬との相性がよかった。いや、悪かったと言ったほうがいいか。とにかく、各国から狙われてる」
「けど、まだ無事ってことは、みんな本気で動いてないってことですよね?」
「そうなるな。本気ならとっくにアメリカが持っていってる。応用の効く技術かどうか怪しいから、誘拐のコストに見合わないと試算してるんだろう。だがあくまでコストの問題だ。天秤が傾いた瞬間、あいつはさらわれる」
あくまで金の問題というわけだ。
人類が滅亡の危機に瀕しているというのに、手を取り合うどころか、パイの奪い合いとは。人類は、滅ぶべくして滅ぶのかもしれない。
「はい、ジュース」
「おう、ありがとう……」
俺には普通のアイスコーヒー。フジコは、よく分からないミックスジュースだった。
明智さんもかすかに苦い笑みを浮かべた。
「まあいい。それでな、参考になるかどうか分からんが、面白い情報を手に入れたぞ」
「なんです?」
「アメリカが『オーシャン』というプロジェクトを進めてる。その名の通り、海にもぐってなにかやってる」
「なにかって?」
「おそらくだが、青色スモッグの発生源を探ってる」
「はい?」
青色スモッグ?
カルトが作っていた偽物ではなく?
彼はパフェを食い終えると、紙ナプキンで口を拭った。
「最初に人間を消し去ったヤツだ。どうやら海から仕掛けられたらしくてな」
「海? どこの国が?」
「さあな。あの攻撃で被害を受けなかった国はないから、すべての国が被害者と言える。だが我が身を犠牲にしてまで世界を攻撃した可能性はある。つまり……まあ……なにも分からないということだが。とにかく海だ。それだけは分かってる。いや、分かってるっていっても、あくまでアメリカがそう思い込んでるってだけの話だが」
だが本当にアメリカが海を探しているなら、その可能性は高いんだろう。
無意味なことに金を使うような連中じゃない。
フジコはジュースを飲んで「うわ、なにこれ」と顔をしかめている。
自業自得だ。
「けどさ、私たちのことクビにして、ボスはどうするんだろう? 例の荷物、誰が運ぶの?」
これに答えたのは明智さんだ。
「きっと自分で運ぶ気なんだろ。ほかにも社員はいるが、一人は宮崎だし、もう一人は秋田だ」
「その、宮崎さんと秋田さんのなにが問題なの?」
「名前じゃなくて住所だ。お前、ちゃんと義務教育終えてるのか?」
「はぁ? いちおう大学出てますけど?」
「どうせFランだろ?」
「こいつ殺してぇ……」
無職が三人集まって、学歴でモメるなよ。みっともない。
ていうか確か、明智さん高校中退だったよな。なんで他人の学歴を攻撃してるんだよ。まあ面倒だし黙っておくか。
俺はコーヒーを一口やった。
「ま、とにかく、そのうちポラリスでお会いしましょう。長く続く気しないけど」
明智さんが顔をしかめた。
「そのうち? もう明日からポラリスだぞ。スーツで出社だ」
「スーツ……。どこにあったかな……」
「俺はない。出社もしない。支部からオンラインで参加する」
なに勝手に決めてんだよ。
デカい事務所が、そういう勝手を許容してくれるのだろうか?
雇用形態によるのか。
フジコもすこぶる渋い表情だ。
「いや、スーツとかないんだけど。なに? 私をはずかしめたいの? クソがよ。全裸で出社してやろうかしら」
キレるなキレるな。
急な話だし、最初はしょうがないだろう。
スーツは給料をもらってから買うんだな。
*
翌日、ポラリス。
ピカピカのビルに乗り込み、二十八階に向かった。初日ということで、明智さんも強制参加させられた。だから三人での出社だ。
俺も明智さんもサイズの合ってないスーツ。フジコはいちおう不自然ではないパンツスーツだ。
「今日から新しいメンバーが所属することになった。芝商店さんからの移籍だ。この三人は、越水の下についてもらう」
白木社長がそう告げると、越水が「はい!」とキレのいい返事をした。
便宜上「上司」と呼んでいた男が、本当に上司になってしまった。
だがそうなると、各務の野郎とは同僚ということになる。
「彼らは新人ではない。経験者だ。互いに敬意をもって接するように。以上」
いいこと言うじゃないか。
あとは社員が真に受けてくれるのを願うしかない。
だが、グループミーティングで、早くも懸念が的中してしまった。
「あの弱小事務所でどんな仕事してたのか知りませんけど、ここではそのやり方は通用しませんから」
各務だ。
自分はデキる男のつもりなのだろう。
髪をなでつけ、ビシッとスーツも着て、自信に満ち溢れた態度。
だが俺の記憶によれば、現場での対応はトーシロそのものだった。
「ええ、頑張って敵に捕まらないようにしますよ」
俺がそう返すと、各務は信じられないような顔になって黙り込んでしまった。
その話を蒸し返さないとでも思ったのだろうか。
永遠にこすり続けるからな。
よろしく頼むぞ。
フジコが立ち上がった。
「文句があるなら拳で決着つけてあげる。ええと、自己紹介が遅れたわね。私は……本名はちょっとアレだけど、まあ匿名希望ってやつよ。この男はフジコって呼んでる。私もやむをえずその呼称を受け入れてるから、フジコと呼ぶことを許可するわ」
本名を名乗れよ、本名を。
「明智だ。明日からは支部に出社するから、用があれば支部まで連絡をくれ。起きてる限りいつでも対応する」
これが明智さんの自己紹介だ。
コミュ障ということは伝わっただろう。
俺も渋々ではあるが立ち上がった。
「内藤です。芝商店ではおもに運び屋をしてました。よろしくお願いします」
とはいえ、全員見知った顔だ。
越水、各務、それに若い男と女が一人ずつ。何度か現場で顔を合わせている。
越水がうなずいた。
「越水だ。二班の班長をしている。よろしく頼む」
それから若い男。
「寺田です。新人です。まだ未熟ですが、皆さんについていけるよう頑張ります」
こいつは悪い印象はない。
弱小事務所の俺たちにも礼儀正しかった。新人のうちだけかもしれないが。
若い女が立ち上がった。
「社です。お願いします」
まるで他人に興味がなさそうだ。
印象も薄い。
存在感も薄い。
最後は各務。
「副班長の各務です。ここでのやり方に慣れるまでは、新入社員として扱いますので、そのつもりで」
隙あらばマウントしてくる。
社長の素晴らしいスピーチをもう忘れたのか?
ニワトリ並の記憶力だな。
越水は渋い顔を見せたものの、特に訂正を入れなかった。
こういうところから各務の勘違いが始まるのだろう。
このまま各務が出世したら、クソみたいなチームになる。それでいいのだろうか?
そう考えると、いままでの俺は恵まれていた。
目の前の仕事以外、すべてボスがコントロールしてくれていた。あるいは事務員の向井さんが。
例の仕事は、うまく進めているだろうか。
心配でしょうがない。
(続く)




