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11)身支度と魔法について


 事務仕事を片付けてきたらしいリナさんが病室に戻ってきた。


身支度を終えた俺の姿を見ると、制服似合っているわ素適(すてき)よと()めてくれる。


たとえ社交辞令(しゃこうじれい)だったとしても、ちょと嬉しい。

 


 彼女が(となり)の備品庫から運んできてくれた姿見(すがたみ)に、シンプルなシャツとズボンと灰色(はいいろ)のエプロンを着けた男が映っている。


他の人が仕事にならなくなるほどの顔だというので、自分の容姿はどんなに(ひど)いのだろうかと不安があった。


しかし、思っていたよりは普通に見えるのでほっとした。



 ボサボサに()ねている黒髪に、線の細い貧弱(ひんじゃく)な体格。


色白というよりは、病的に血色の良くない肌の色。


顔の造りは、男にしてはかなり頼りなさそうな感じで軟弱(なんじゃく)そうだ。


(くちびる)は一文字に結ばれていて、生気のない黒い瞳がこちらを見返している。


年のころは十代中ごろに見えるのに、我ながら若さが足りないと思う。


 多少は見苦しいだろうが……ちゃんと目鼻がついているし、人の顔に見える。


とりあえずは怪物だとか化け物みたいじゃなくて良かったじゃないかと、前向きに考えることにした。




ふと鏡に映る自分の首元に目がいく。


(にぶ)く光る銀色のチョーカーのようなものがついているのだ。


細い金属製のそれは装飾品のようだが飾り気もなく、まるで上品な首輪のようにも見える。


鏡で映してみるまで気づかなかったが、今までずっと付けたままだったらしい。


外してよく観察してみたくなった俺は、そっと首元に手を触れる。


「ああ、それはそのままで。ご自分で外したりなさいませんように」


後ろから少し慌てた様子でウィルヘルムさんに止められた。


どうしてだろうと振り返り彼に向かって首を(かし)げると、執事さんは苦笑しながらも説明してくれる。


「それは貴方がここで平穏(へいおん)に生活するために必要なんですよ」


(これは、何ですか?)


魔封(まふう)の輪という魔道具(まどうぐ)です。人によっては呪具(じゅぐ)だという者もいますが、これは賢者作の安心安全な品物です。その辺の胡散臭(うさんくさ)(のろ)いの(しな)とは別物ですよ」


(呪いって……魔封っていうんだから、魔法を使えなくするもの?)


「簡単に言うとそういうものですね。貴方は魔法の才能があるにはあるのですが、そちら方面の訓練をきちんとされていなかったらしいのです」


(それって、俺にも魔法が使えるかもしれないってことですか?)


「はい……。しかし、知識も技術もないままに力を行使すると大変危険なのです」


(どうしてですか? 一般常識的なことは俺でも知っているっていうか、頭に残っていると思うんだけど)


「通常は一般常識的な知識だけで問題ないのですが、貴方の場合はかなり特殊なので。魔封の輪を安全装置としているんです」


(俺って、特殊なんですか?)


「はい、それはもう」


(俺が間違って魔法を使ったら危ないから、この魔封じの輪が必要ということ?)


「はい。魔力暴走(まりょくぼうそう)や事故などで他の人を傷付けたりしてはいけないと、貴方がご自身で魔法を封じられたのですよ」


(そうだったんですか? それなら外したりしないようにします)


「はい。どうか、そのようにお願いします」


彼の説明によると、事故や暴走で小さな街などを吹き飛ばしてしまった事例もあるらしい。


半分くらいは(おど)かしで話を大きく盛っているんじゃないかとは思うけど、要するに無知な魔法使いは危険人物だということなのだろう。


自分にそんな危険な能力なんてありえないように思うのだけど、何か起こしてしまってからでは取り返しがつかないとも思う。


俺が自分でこれを着けた……そうなのか? 全然覚えていないや……。


とにかく、安全第一。これは外さないということで。





 魔法……世界の至るところに発生する不思議エネルギーである魔素(まそ)魔力(まりょく)という力に変換して活用する方法のことだ。


それは誰にでも使えるようなものではなくて、才能が必要だといわれている。


そしてそれを持ち合わせている者は全体のほんの一握(ひとにぎ)りだ。


種火を起こすとか飲み水を探すとかの日常生活に活かせる簡単なものなら、人間族でいうなら数十人に一人くらいは才能の持ち主がいるだろう。


それらを行使するのに必要な知識は、誰もが家庭や初等学校とかで習うことができるのだ。


たとえ魔法の才能がなくても魔道具を使えば魔法を利用することができるので、常識として知っているのが当たり前とされている。


 

 記憶が迷子の俺でも、読み書き計算やそんな一般常識程度の知識は頭の片隅に残っていたようだ。


しかし、それだけだった。


自分が特殊だということや(くわ)しい魔法学についてなんていうものは、全くもって記憶にない。


魔封じの輪を自分でつけたことすら、きれいさっぱりと忘れているらしいのだ。





 ぼんやりと魔法関連について考えを(めぐ)らせていると、ウィルヘルムさんが次はこちらをと眼鏡(めがね)を差し出してきた。


そうだった、外出の準備の途中だったはず。



 黒縁眼鏡(くろぶちめがね)を手にとる。


ほんとうにこんなもので効果があるのかと訝しみながらも身に着けると、鏡の中には特徴(とくちょう)のない男が立っていた。


認識阻害(にんしきそがい)は、ちゃんと仕事をしているらしい。


これなら、(ひど)いらしい素顔もやる気の無さそうな目つきも、見破(みやぶ)る人はいないだろうと思う。


どこにでも居そうな中肉中背の人物に見えるから、職場の人たちにも迷惑を掛けずに済みそうだ。



 こうして姿見の中には、誰が何処(どこ)から見ても平均的で平凡な人間が出来上がったのだった。


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