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砂漠の星 郵便飛行機乗り  作者: 降瀬さとる
第3章 ラシェット・クロード 時の試練編
83/136

カフェでの接触 2

実際に向かい合って見るナーウッドは、眼光の鋭い、偉丈夫と言ってよかった。


その感覚は、写真で見た時の彼の印象よりも、ずっと強く僕の意識の深いところに刻み込まれる。そして、僕は


「彼がもし、僕の敵だったら……僕はどうやって彼と戦い、勝つことができるだろうか?」


と、瞬時にそんなことまで考えさせられていた。


ただ目の前に座っているだけなのに……

こんなことも久しぶりだった。


僕は別に、特別腕に自信があるわけではない。

あるわけではないが、そんなことを考え、そしていくら考えても勝率の低そうな作戦しか出てこないのは、たぶん軍学校時代のリンダとの模擬戦以来だった。

彼がそれほどの強さを持っているのは、その全身の筋肉の付き方と、身に纏っている近寄りがたい雰囲気を見れば、容易に推し測ることができた。


こんな状態で、もし僕にアドバンテージがあるとしたら……


「さて、じゃあ彼の方は僕のことを、どう思っているかな…?」


ということだけだったが、彼が僕のことをうまい具合に買い被ってくれている保証など、当たり前だが、どこにもないのだった。


僕はそう思い、そして彼は何を思っているのか、そうやってお互いに睨み合っていると、ウェイターが僕にアイスコーヒーを持って来てくれた。


だから僕は礼を言ってグラスを受け取り、ストローを刺して、とりあえずブラックのまま一口飲む。

すると、それで緊張の糸が緩んだのか、ナーウッドが慣れない手つきでメガネを上げ、


「じゃあ、早速本題に入ろうか? 情報交換だ。まずは何が聞きたい?」


と話を切り出してきた。


僕はその仕草を見、レンズを見て、そのメガネが言うまでもなく伊達メガネだということを確認する。そして、グラスをテーブルに置くと、


「いや、時間がない。先にそちらの用件を全て聞こう」


と言った。

僕のその言葉に、ナーウッドは驚きの表情を見せる。なんでだ? と。彼は感情を隠すのが下手そうだ。顔が雄弁だった。


「……いいのか? ラシェットさん。先に聞いておかないと、俺はあんたから聞きたいことだけ聞き出して、さっさとこの場から消えちまうかもしれないぞ?」


彼はそんなふうに言う。しかし、僕は彼の用件は先ほどの会話で大体理解していたから、


「大丈夫です、ナーウッドさん。それはないと思いますから。僕がちゃんとあなたの頼み事を聞いてあげれば、たぶんあなたは僕を裏切りなどしないはずだ」


と、そう答えた。

その僕の答えにナーウッドは「頼み事……」と、益々驚いた様子になる。しかし、やがてニンマリと笑って


「へへっ、なるほどな…噂通りだ……」


と、独り言のように呟いた。


「噂ねぇ……」

またか。僕には色々な噂があるらしい。

僕はそれが、いったいどんな噂なのか気になったが…今はとにかく時間が惜しいので、あえて聞かないことにする。

そして、代わりに


「ナーウッドさん、あなたの用件は、きっとあの三人を……」

と言おうとしたのだが、ナーウッドが途中で話を引き受け、


「ああ。そうだ。俺は、あんたにあの三人を助けて欲しいと頼みに、ここまでやって来た」


と、僕の予想を認めるように言ってしまった。


なるほど。やはりそうだったのだ。

でも、それは僕にとっても大事なことだった。

だから、頼み事というほどの事でもない。

彼らを助ける、それは僕の望みでもあるのだから。


しかし、ナーウッドは僕のそんな気持ちなど、知らないので


「どうだ? 引き受けてくれるか?」

などと言う。

それは愚問だった。


「ええ。もちろん引き受けます。僕もあの三人を助けたい」


僕がそう、はっきりと言うとナーウッドはまた顔を和らげ、

「……すまない、助かる…」

と言った。

僕はその顔を見て、ちょっと安堵する。この問題については彼は僕と敵対する者ではないと、その表情でやっと確認することができたからだ。


「いや、気にすることはありません。これは僕の問題でもあるのですから」

「あんたの問題?」


「ええ……彼らは僕の友人の大切な仲間ですから。それにニコさんと交わした約束もある。あと、どちらにしろサマルを助けるためには、まずは彼らの安全の確保が不可欠です。でなければ僕は、いつまで経ってもショットと対等の立場にはなれない。そして、ショットと対等な立場にならなければ、僕は彼から何の情報も得られない……つまり、そういうことです」


僕はそう言うと、またコーヒーを一口飲んだ。

それにナーウッドはじっと次の言葉を待っている。が、僕が黙っていると、聞きたいことがあったらしく、

「ニコとは、どんな約束を?」

と聞いてきた。

でも、僕はそれに

「いや…ただ、皆を助けると約束しただけですよ。それよりも今は時間がない。具体的な方法を聞こう」

と言って、話を切り上げてしまった。


すると、ナーウッドもああ、そうだったなと言い、改めてリュックをテーブルの上に乗せる。

僕はそんな目立つところに置いていいのかと思ったが、まぁ、この方が見やすいし、話が早いと思ったのでそのままにしておくことにした。


「そう。それを使って助けると言ったな?」

「ああ、そうだ。これは……」

「いや、機械の説明はいい」


僕が制すると、ナーウッドはあ? と少し表情を厳しくする。でも、僕が

「説明したくても、よく知らないだろう? それは僕もあなたも同じはずだ。だから、そんなことより、それを使って皆を助ける方法だけを、より詳しく知りたい」

と言うと、渋々、納得してくれた。


「わかった。確かにその通りだよ。じゃあ望み通り、単刀直入に言うがな、ラシェットさん。俺はあんたに、皆と同じ「場所」に行ってもらいたいと思ってる。これを使ってな」


ナーウッドはリュックを叩きながらそう言った。

それを見て、僕はその言葉の意味を必死に考える。

同じ場所?


「……それは、僕もその機械を被り、皆と同じ状態になればいいということか?」

僕は腕を組みながら聞く。

「ああ。そうだ」

それにナーウッドは頷く。

でも、僕にはまだよくわからなかった。


「なるほど? しかし、ナーウッドさん。あなたも同じ機械を持っている。もし、同じ状態になるだけでいいなら、あなたもすぐになれるはずだが?」

僕がそう指摘すると、ナーウッドは首を横に振り、

「いや、ダメなんだ。確かに、同じ状態にはなれるが、いつ帰って来れるかはわからない。そうなると……」

「そうか、あの生命維持装置が必要になるんだな…?」

と言ったから、今度は僕が話を継いだ。

それにナーウッドは苦笑し

「……ああ、そうだ」

と肯定する。それを受けて僕が


「ふむ、じゃあ、まるっきり僕もショットの実験台になるわけか」


そう言うと、ナーウッドは一瞬僕を睨みつけてきた。

でも、すぐに目を伏せる。

どうやら「実験台」という言い方が気に食わなかったようだ。

「あ、ごめん。言い方が悪かったな」

「いや、いいんだ。その通りだからな…」

ナーウッドは寂しそうにそっぽを向いた。

僕にもそうしたい気持ちはなんとなくわかった。


でも、僕達は落ち込んでいる場合ではない。

悲しいかな、そうなのだ。


「ふぅ……話を続けるが、もちろんそれにも僕は協力しよう」

僕がそう言うと、ナーウッドは

「本当か!?」

とこちらに向き直る。なかなか忙しい男だ。


「ああ。本当だ。でも、それだけじゃダメなんだろう? 帰るのに時間が掛かるということは……他に何か「向こう」でやることがあるはず」


僕がナーウッドとは対称的に、厳しい表情を崩さずに言うと、彼はまたニヤリと笑った。

「へへっ、あんた、やっぱり勘がいいな」

と。

忙しいばかりでなく、調子もいいみたいだ。


「別にそうでもないさ。あなたは、助ける方法が見つかったと言っていただろ? だからそう思っただけだ……で、その方法とはなんだ? 僕は「向こう」で何をすればいい?」


僕はストレートに聞いた。

すると、ナーウッドは頭を掻き、

「それがな…あんたには暗号文とやらを探し出してもらって、それをヤン達に教えてやって欲しいんだが……」

と言ったのだが、僕には

「ん?」

と、これまたよくわからない言葉が出てきてしまった。


「暗号文?」


そこで僕は、ナーウッドから掻い摘んでその情報を得るに至った経緯を教えてもらった。

それはキミとミニスという、あのキミを助けてくれた女スパイと一緒にアスカ遺跡の最奥部に行った時の話だった。そこでナーウッド達はサマルの居場所の情報と、ヤン達を助ける方法の情報を、アンドロイドと呼ばれるロボットから得たらしい……


「アンドロイド?」

「ああ」

「ふーん、まぁ、相変わらずよくわからないが、とくかくその情報源は信用に足るんだな?」

「ああ。それは信用してもらっていい。キミさんもそう言っていた」


ナーウッドはそう語る。

うむ…そう言われたら、僕も信じるしかない。キミの勘はいつも正しいのだ。それにしても……この気難しそうなナーウッドまで簡単に信頼させるとは、さすがキミだな、と僕は思った。


「で、その暗号文…アクセスキーと言ったか? それはどこで知ることができるんだ?」

僕が続けて素朴な質問をすると、ナーウッドはバツの悪そうな顔をし、


「すまないが、それはわからない。サマルが帰ってきた事から察するに、向こうで調べられそうではあるんだが……」

と煮え切らないことを言う。

僕はなんだか呆れてしまった。


「なんだ…つまりは一か八かの賭けじゃないか。それでよく頼み事なんてできたものだな」


僕が思ったままを言うと、ナーウッドは

「だから、さっきからすまないと言ってる」

と、不貞腐れてしまった。

僕はその様子を見て、ふぅと、ため息をつく。お調子者で、さらにちょっと子供っぽいな、と。


しかし、まぁ、わからないことだらけなのは仕方のないことなのかもしれない。あの三人については、ショットですら、ただ手をこまねいて待っているだけなのだ。僕にしてもそう。あとは、本当に一か八か飛び込んでみるしかないだろう。僕だってついさっきまで、最終的にはそうしようと思っていたじゃないか。


「血筋に、固有の暗号文ねぇ……僕の家にもそんな言い伝えはないなぁ」

僕はひとり呟く。

それを聞いたナーウッドは、僕が結局は、前向きに考えていることを察してくれ、

「サマルの家族の方はどうだった?」

と、良い質問をしてきた。


「いや、サマルのご両親は普通な感じだし、そんな話は本人からも聞いたことはない」

「そうか……じゃあ、どうやってサマルは……」


ナーウッドが頬杖をつき、考え込み始めたので、僕も頭の中をもう一度整理する。そして、コーヒーを飲み、カフェの時計をちらりと見た。

もう5分以上過ぎている。

くそっ、このままのペースでは10分で薬局に帰ることはできない。

だから、僕はひとまずこの話を終わらそうと、


「まぁ、いい。わかった。とにかく、僕が行ってなんとかしてみよう」

と、半ばやけくそで言い、さらに

「でも、いくつか気になることがある」

と切り出した。

それにナーウッドも思考から帰ってきて、ん? なんだ? と言う。

僕は段取りの最後の詰めの部分を確認するため、話し始めた。


「ああ。もし、僕を含め、首尾よく全員が意識を取り戻したとしよう。でも、現在、皆の体は見る影もなく衰えてしまっている。この一年の寝たきりの生活でだ。あれでは、きっと逃げることもままならない。その場合の救援措置はどうする気だ?」

まずはそう聞いてみた。

でも、それに対するナーウッドの答えは


「大丈夫だ。その時は俺が意地でも助け出しに行く」


という、なんとも無茶なものだった。

それを聞き、僕はガックリと肩を落とす。なんだ、何も考えていなかったのか? と。でも、僕は気を取り直して、


「あと、それと、僕達が意識を取り戻すタイミングなんだが…それはどうやってあんたは知るんだ?」

とも聞いたのだが、それについても


「いや、特に考えていない。大丈夫、たぶんわかるだろう」


と言うから、僕はさらに肩を落としてしまった。

何というか、後先考えない男なのだろうか? 僕は彼の頼み事を聞くのが、なんだか不安になってきてしまう。


「参ったなぁ……」

しかし、作戦も準備も不十分でも、やらなければならないのに変わりはなかった。

そしておそらく、もうそんなに迷っていい時間的な余裕もない。

ヤン達にしても、サマルのことにしても……


「わかった。それについては僕も何か考えよう。でも、最後にもうひとつ、気になることがある」

僕はそう言うと、ナーウッドを見つめた。

こんな不利な状況でも強気な輝きに満ちている、彼のグリーンの瞳。僕は気圧されながらも、なおも見つめる。そして、


「どうして僕に頼もうと思ったんだ?」


と、ずっと引っ掛かっていたことを聞いた。

すると、ナーウッドはふっと笑い、でも顔は厳しく引き締めて、


「それは、サマルがあんたを選んだからだ」


と答えた。

「…選んだ。それはあの手紙のことか?」

「ああ。そうだ」

「でも、あの手紙にはそんなことは書いていなかったぞ? 書いてあったのは、自分を探して欲しいということだけだ」

僕は手紙の内容を思い出しながらしゃべる。すると、ナーウッドは自信ありげに


「だとしたら、きっとこれも捜索の一環なのさ」


と、言ったから、今度は僕が驚いてしまった。

「なっ!? どうしてそんなことが、あんたにわかる?」

「わからない、ただなんとなく、そう思っただけだ」

「なんとなく……?」


それで僕はまた、彼のことがわからなくなってしまった。それは、その「なんとなく」という言葉が、どこかナーウッドには似合わない言葉のような気がしたからだった。

でも、彼はなんとなくそう思うと言う。まるでキミみたいに。


しかも、僕はそんな彼の言葉を、すんなりと受け入れてしまえるような気がしていた。

「捜索の一環……? そうか…もしかしたらサマルは最初から…」

そう思いながら。


しかし、おかしな点も多々ある。それは、そもそも僕がここに来たのは、偶然、とは言い難いが、少なくともサマルの手紙が導いたからではなく、リッツの手紙とトカゲの策に落ちてしまったが為にここまで来てしまったという側面の方が大きいのだ。とすれば、あのリッツとトカゲの行動も、もしかしてサマルの指示によるものだったのだろうか……? いや、でも確信はない。確信はないが……


僕がそう瞬時に考えていると、ナーウッドが

「俺からもひとつ聞きたいことがあるんだが」

と言ってきたから、僕はそれで思考を止めることができた。

そうだ、考える事は後でもできる。今は少しでも情報を入れなければ。

「あ、ああ…なんだ?」


「あ、いや、大したことじゃないんだがな。ラシェットさん、あんたは何かショットから聞いていないか? あの機械と三人について。こんな街まで出てこられるくらいだ、話をすることもあるんだろう?」

「あっ」


そのナーウッドの言葉を聞いて僕は、うっかり大事なこと聞き忘れるところだったと思い出した。

それはショットの言っていた、三人に共通する「何か」。思い出のことだ。


「そうだっ! ナーウッドさん、何かあの三人との共通の思い出はないか? なんでもいい、それが絶対に必要になると、ショットが言っていたんだっ!」


僕が初めて、声を大きくしていうと、さすがのナーウッドも少し退き、

「なっ? お、思い出? そんなのはたくさんあるけどよぉ。大学時代のこととか……」

と言う。

「大学時代でもなんでもいい、とにかく何か印象深いこととか、思い出深い場所とかはないかっ?」

僕のその言葉に戸惑いつつも、うーん…とナーウッドは悩んだが、やがてあっと思いつき、


「そう言えば、皆が社会人になってから本格的に全世界の遺跡調査を始めたんだが……それは特に思い出深いかもしれないな。その中でも、全員が参加できたアスカ遺跡の調査と、ベルト山脈の調査は」


と言った。

「ベルト山脈?」

聞き慣れた地名が出てきたから、僕は眉をひそめる。


なんだ、うちの実家のすぐ横の山ではないか。サマルのやつ、そんなところまで来ていたのなら、一言声を掛けてくれてもいいのに……あ、でも、その時僕はたぶん、まだ第1空団にいただろうから、会えたかはわからないな…

僕がついそんなことを考えていると、ナーウッドは


「ああ、そうだ。なにせ、皆社会人になって金はできたのはいいんだが、時間は逆になくなっちまってな。全員の都合が合ったのはその二回だけなんだ。しかも、ベルト山脈の調査の時は酷くてな。途中で崖崩れが起きていたんだよ。だからそれ以上進めなくなって、結局調査もできず、近くにあった古い山小屋で一晩過ごして帰ったんだ。随分殺風景な山小屋だったなぁ。でも、今考えると、あれが一番思い出に残っているんだから……不思議なもんだ」


と、昔を懐かしむように言った。

それをぼんやりと聞きながら僕は

「山小屋?」

と思う。

なんだろう…何かが引っ掛かる気がする。しかし、それは僕の中ではまだ不鮮明で見透すことができそうになかった。なんだか、頭もモヤモヤする。


「まぁ、思い出と言えば、それが一番の思い出かな? どうだ、何か役に立ちそうか?」

ナーウッドが聞いてきたので、僕は

「ああ。何も聞かなかったよりは随分と助ける。ありがとう」

と言った。

それに、ナーウッドは照れたような仕草を見せ、

「いや、いいのさ。礼を言うのはむしろ俺の方だ。ありがとうな……それと、すまなかった」

と応えたのだが、お礼の意味はわかるが、謝られる意味はわからなかった。

だから、なんで謝るんだ? と、聞いたが、ナーウッドはこっちの話だ、気にするな、と言うばかりで一向に教えてくれるつもりはないようだったので、僕は仕方なく聞くのを諦め、


「まぁ、じゃあこんなところか? 他に僕に頼みたいこと、聞きたいことはあるか?」


と言った。それにナーウッドは

「いや、特にない。あんたが引き受けてくれただけで十分だ」

と言う。


僕は改めて時計を見てみた。

すると、もうすぐ十分経過するところだった。本当に時間がない。いくらスコットだからと言っても、そろそろ薬局に戻ってくる頃だろう。

「悪い。時間がなくなってしまったな…」

僕が時計を気にしているのを見て、ナーウッドはそう言ってくれた。

「気にしないでいい。もともと無茶な接触だったんだ」

その言葉に、僕はそう応える。


が、僕はどうしても聞きたいことがあったので、

「でも、ひとつだけ聞いていいか?」

と言った。


それにナーウッドは「ああ」と頷く。

どこか肩の荷が軽くなったような顔をしていた。

けど、僕が


「なぜ、サマルは死ななければならないのか……あなたは知っているのか?」


と言ったから、その途端、そんな気分もどこかへ吹き飛んでしまったみたいだった。


彼の表情がみるみる曇っていく。


しかし、僕は容赦なく彼の目を見続けた。


本当は僕にも色々と聞きたいことはあった。キミの居場所だとか、一緒に行動している人達のこととか。遺跡の情報とか。

しかし、僕は何がなくとも、サマルが自殺なんてしなければならない、その理由だけは知っておきたかった。そして、きっとナーウッドならその理由のさわりくらいなら知っているはずと踏んだのだが、どうやら僕の予想は当たったらしい。それはまたガラリと変わったこの場の空気でわかった。


僕は刻一刻と進む時計の針を見て、

「時間がないんだ、知っているなら早く教えるくれ。嘘をつこうなんて思うな? 僕にはわかるからな」

とナーウッドに向かって言う。


すると、ナーウッドは意を決したように、ガバッと席から立ち上がり、逃げるのかと思いきや深々と頭を下げた。そして、


「すまないっ。それは、俺のせいなんだっ」


と言った。


その声にテラスにいた人、全員がこちらを振り向く。


僕もその反応には、さすがにキョトンとしてしまった。が、このままでは目立つと思い、慌ててナーウッドを席に座らせ、話を続ける。


「あ、あなたのせいって…それは、どういうことだ?」

「ああ…正確に言えば、俺とリッツとサマルの三人でなんだがな…」

「さ、三人? 三人で何をしたんだっ?」

「ショットさ。遺跡の最奥部で眠っていたショットを復活させてしまった」

「は、はぁ!? ショットを?」


僕は思わず、素っ頓狂な声を上げてしまった。

ショットを「復活」ってどういうことだ?

あいつはやっぱり、ただの人間ではないのか?


僕の中に無数の疑問がブワッと湧き出てきた。しかし、それら全てを聞く時間は残念ながらないので、やはり質問の的を絞り、


「で、でもなんで、ショットを復活させたくらいで、サマルが自殺を…? もし、それが本当なら、またショットを元の場所に戻すように、サマルも僕らと協力し合えばいいじゃないか? それだけの話だっ! それとも何か? そんなに、手に負えなほど危険な人物なのか? ショットは?」


と聞いた。その質問にナーウッドは冷や汗を掻き、


「ああ。ショットはとびきり危険なやつだ。でも、それだけならよかったんだ……それだけなら…」


と言う。だから僕は

「それだけなら? ってなんだよ……まさか、ショットが世界を滅茶苦茶にするとでも言うのか? 」

と、さらに聞いてみた。

するとナーウッドは一層、俯いて、


「いや、ショットじゃない。滅茶苦茶にするのはサマル本人だ」


と苦しそうに言った。


「……え?」


今、なんて…?


今、なんて言ったんだ……?


僕は「えっ?」より先の言葉が、口から声になって出てこなかった。


こいつは一体何を言っているのだろうか? サマルが? バカな、そんなこと、間違ってもサマルがするはずないではないか。こいつは何か勘違いをしているんじゃないか?


「……10分経ったな。俺は行く。悪いが、皆のことは頼んだ」


僕がまだ混乱の最中にいると、ナーウッドは静かにそう言って立ち上がった。

それを僕は最初、黙って見送ろうとしてしまう。

しかし、僕は何とか反応し、噛みつくように、


「待てっ! まだ話は終わっていない。まだ聞きたいことが山程あるんだっ! 情報交換だっ! 約束だろう?」


 と言った。しかし、ナーウッドはなんとも言えない感じで帽子を目深に被り、

「すまない。やっぱり、俺はあんたを裏切ったな。でも、これ以上は本当にダメなんだ……そもそも、俺とあんたが直接、接触することも本来はサマルから禁止されていた。だから、今回は大目に見てくれ」

とだけ言い、僕に背を向けて歩き出してしまった。


なんだ? どういうことだ? 僕とナーウッドが会っては? くそっ、ダメだ、頭が全然うまく働かないっ……


僕は立ち上がり、遠ざかって行くナーウッドの背中をただ見つめていた。

もう、タイムリミットは過ぎている。

しかし、何か……

何か最後に一言、聞いておかなければいけないことがある気がした。


なんだろうか……? 僕にとって大事なこと、ナーウッドにとっても大事なこと、そして、あの三人にとっても、ニコにとっても大事なこと……


そうだ。

サマルのお願い。


「あんたはっ! サマルを殺す気なのかっ!?」


僕はカフェテラスから出て行こうするナーウッドの背中に向かい、叫んだ。


その声に、ナーウッドはピタッと脚を止める。

しかし彼は、振り向きもせず、肯定も否定もせぬまま、黙って歩き去って行ってしまった。


そうして、その場には、感情の行き場を失くした僕と、氷の解けたアイスコーヒーだけが残された。



ーー「おっ? なんだ、スコット。お前、仕事サボってどこに行ってたんだよ。もう買い物も済ませちゃったぞ?」


僕は薬局の一階で、たっぷり化粧品の入った紙袋を手に言った。

僕の目の前では、気の毒なくらいぜぇぜぇ息を切らしたスコットが、僕を見上げるように睨みつけてきている。どうやら、まともに立つこともできないらしい。ほんと、気の毒なことである。


「き、貴様ぁっ! よ、よくも抜け抜けと……っ!」


僕の言ったことと、態度によっぽど腹が立ったのか、彼は顔を真っ赤にして怒っている。人って、こんな怒ることができるんだなぁ、と僕は思った。


「なんだよ、その言い草は。まるで僕が悪いみたいじゃないか。僕はずっとここで買い物をしてたのに……」

「嘘をつけっ! 貴様は、私が店員を呼びに行っている隙にいなくなっていたではないかっ!」

「はぁ? いやいや、ちょっと待ってくれよ。僕はずっといましたよ。一階に」

「い、一階だと!? 嘘だっ、私はずっと階段を見張っていた。貴様は、あの横の非常階段を使って…」

「じゃあさ、その時ちゃんと店の一階の隅々まで調べたのかい?」

「うっ…そ、それは……」


スコットは言葉を詰まらせた。

どうやら、予想通りここで決着がついたようだ。

やはり、スコットはちょろくていい。みんなこんな奴の世界だったら、もしかしたら世界はもっと平和かもしれない。まぁ、わからないが。


「ほら、見てないんだ。僕はずっといたのに…」

「くっ……では、証拠だっ! お前がずっとここにいた証拠をだな…」

「そんなもん、店員さんに聞いてくれ。ま、もっともそんなこといちいち覚えている店員さんなんて、いないと思うがな。それと、証拠って言うんなら、あるんだろうな? 僕が非常階段を使ってここから逃げたって証拠が」

「うっ……」


僕はそんな無駄話をスコットとしながら思っていた。

ヤン達のこと、ナーウッドのこと、そして、サマルのことを。


やっぱり、皆がショットと関わってしまったことには理由があったのだ。

でも、それを聞いたからといって、僕の気持ちはちっとも変わっていないから、そのことだけは、ほっとしていた。


たとえ、どんな事情があろうと、僕は必ず皆を助けるのだと。


もちろん、それはサマルも例外ではない。

僕はサマルを救ってあげたい。あの時、僕が池に落ちたのを救い上げてくれたみたいに。今度は僕が手を差し伸べるべきなのだ。


でもそれは、あのナーウッドが許さないかもしれない……


僕はなおも、怒っているスコットをなだめながら思った。

彼にとっても、サマルは大切な友人ではなかったのか?


いや、もしかしたら…だからこそ彼はあえて、サマルの望みを……


「バカ正直なやつ……」

「あ? なんだとっ? 貴様、私をバカと言ったか?」

「言ってませんよ。バカだなぁ、もう……」


僕は歩きながら、歯を食いしばった。

彼の決意はわかった。

じゃあ、僕の決意は?

いざと言う時、僕はやはり彼と戦って、勝たなければならないのか?


僕はそんなふうには、踏ん切りがつかぬまま歩を進め、スーパーマーケットを目指す。

目はつい、街の雑踏の中にナーウッドを探してしまうが、その姿は当然見当たらなかった。


もうすぐ日が沈みそうだ。


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