調べもの
無言で座り、考え込むマリアの後ろ姿は凛々しいとしか言いようがなかった。
その肩越しに、キミが
「何を調べてるの?」
と聞く。すると彼女は首も動かさずに、
「そのサマル・モンタナという人物についてです」
と言い、さらに付け加えて
「しかし、そんな人物のデータはありませんでした。できればその人物のDNAがあればより正確にわかるのですが……でも、もしこのデータ通りだとすると、サマル氏が古代人だという可能性はかなり低くなりますね」
と結論付けた。
DNA? とミニスは思うが、
「本当か!? だとしたら……?」
と、その発言にナーウッドも肩から顔を出して聞くから、聞きそびれてしまう。
しかし、それにしてもやはり距離が近い。
こいつはきっと女性に勘違いさせる男だなとミニスは思う。
だが、マリアは機械だ。そんなことは全く思わない感じで
「サマル氏はアクセスキーを知っていた。もしくは、何かしらの方法でアクセスキーを割り出した、と考えた方が自然でしょう。まぁ、疑問は残りますが……」
とナーウッドの方を向き、言った。
その言葉には、さすがにほっとしたのかナーウッドは
「そ、そうか……」
と呟いて肩の力を抜く。
良かった。
この様子なら大丈夫そうだ。
ほんと、ナーウッドは心配事が多過ぎるのよね。
ミニスはそう思い、キミの隣に並ぶ。するとキミはナーウッドに向かい
「なによ、サマルさんのことを信じてるんじゃなかったの?」
とちょっと怒ったように言った。
それにはミニスもナーウッドも思わず苦笑してしまった。
なるほど、キミはマリアの推測には惑わされていなかったみたいだ。
それでまた二人はなんだか力を取り戻した気がした。
「ところでマリアさんは、他にはこれで何を調べることができるの?」
ミニスは試しに聞いてみた。すると、
「なんでも。と言ったら語弊がありますが、このデータベースにあるものでしたら、全て調べることが可能です」
と、それにマリアは当然のようにそう答える。へぇー、これは頼もしいとミニスは思った。
「じゃあ、早速調べて欲しいことがあるわ。それは『記憶の遺跡』っていう遺跡がある島のことと……」
「あと、『アンチオリハルコン』のことについてだ! できればその作り方や、その情報がある遺跡のことも知りたい!」
ミニスの言葉を遮り、俄然やる気を取り戻したかのようにナーウッドは言う。
「……了解しました。やってみます。が、よりによってそんなことですか。これは早々に先ほどの発言を撤回しなければなりませんね」
しかし、そんな二人のリクエストにマリアはバツの悪そうな顔をした。
そうして、マリアはまた端末の側面に触れ、また調べものを始める。
「調べ難いことなの?」
それに横からキミが聞いた。
「イエス。残念ながら。なぜなら遺跡に関する事柄というのには、特殊なアクセス制限がかかっている場合がほとんどなのです。そして、記憶の遺跡の位置情報についても、アンチオリハルコンについても、その制限内の情報の可能性が非常に高いです。しかし…できる限りはやってみましょう」
どうやら厳しいらしい。が、マリアはそう言ってくれた。
「ありがとう。私達に何か手伝えることはある?」
だからキミはそう聞いた。でも、マリアの返事は「特にない」とのことだったので、三人は結局、部屋の中をうろうろと探索するしかなかった。
ーー「皆さん、来てください」
マリアの声で三人はまたPCの前に集合した。やはり難しいことだったのか、あまり時間はかからなかった。
「まず、わかったことから簡潔に申し上げます」
そう前置きすると、マリアは端末を外し、話し始めた。
「やはり記憶の遺跡があるという島の位置情報については正確にはわかりませんでした。しかし、どの辺りを移動しているのかはわかりました。それと、アンチオリハルコンについてですが、データベース上では、その存在すら定かではありませんでした。が、あくまでもデータベース上でのことです。ですので、不確定要素は多いですが、いくつかの参考になる記述を調べました。そして、それによると『神話の遺跡』にその詳細があるという情報が一番多く、確認する価値があると判断しました。簡単にですが、以上です」
「はいっ」
マリアが言い終わるとキミは手を挙げた。
「マスター」
マリアはキミを指す。
「その『神話の遺跡』っていうのはどこにあるの?」
「それは現在でいうところのサンプトリア大陸、そのジャングルの中と思われます」
それを聞いたナーウッドは
「あそこかぁ……」
と言う。それに
「知ってるところ?」
とミニスが反応を示す。すると、ナーウッドは
「ああ。行ったことはないんだが、知り合いの爺さんがそこに行ってるんだ」
と、なにやら考えるように言った。
まぁ、ナーウッドが知っているなら、それは幸先が良い。
「じゃあ、そこには行ってみなくちゃね。それと、もう一つ。島の位置なんだけど……」
キミが言うとマリアは頷き、
「はい、それは正確にはわかりませんが、様々な記録から割り出すと、ナン大陸の北。ジュノーと呼ばれる小さな大陸のやや東。その辺りでの目撃情報が多いようです」
と言った。
「目撃情報?」
「イエス。ミニスさん。ですが、それは島の目撃情報というよりも、嵐の目撃情報です。と言いますのも、その島はなんでも、強い嵐に守られているらしいのです」
「嵐に…?」
「えっ!?そ、それじゃあどうやって上陸すればいいの?」
ミニスとナーウッドは聞いた。が、
「残念ながら、それは不明です。アクセス制限内の情報でした」
とのことだったから
「そ、そっかぁ……」
それではミニスはそう言うしかなかった。だって自分が何かを調べたわけではないのだ。強く追求するなんてできない。
それに、マリアの情報は確かなのだろう。それは申し訳なさそうな目をするマリアを見ればすぐにわかった。
「……なるほどな。でもサマルは行ったんだ。何かしらの方法は、必ずあるはずだろ?」
ナーウッドは腕を組みながら言う。それにキミも賛同して
「そうね。それに、まずはそのアンチオリハルコンって変な薬を先に手に入れないといけないんだから。慌てる必要はないわ。まずは、その神話の遺跡に行ってみるべきなのよ」
と言った。
確かに。現状ではそれしかなさそうだった。だから、ミニスもそうね、とキミに同意する。
「じゃ、方向性は決まったな」
そう言うと、ナーウッドはヘルメット型の端末を見下ろした。
それは今、ひとつはマリアが、そしてもう一つはナーウッドが持っていた。ナーウッドの手にまた力が入る。
ナーウッドは迷っていたのだ。
それをどうするべきかと……
「やっぱり……不安?」
ミニスはナーウッドに歩み寄り、問いかける。すると、ナーウッドはしばし難しい顔をした後、ふっと諦めたような笑顔になり
「いや、不安じゃないですよ。もうわかりましたから。これは皆をあんな目に遭わせた物でもあるけど、皆を救うこともできる物だって……」
と応えた。
結局端末は二つとも回収していくことになった。そして、そのまま一つはマリアが身につけ、一つはナーウッドがリュックに入れ、持つことになった。
部屋の中にはそれ以上、サマルやショットについての有益な情報はなさそうだった。
もちろん、この部屋の中にあるあらゆる「生命」に関する情報は凄まじいもので、見る人が見れば、それはこの地上の環境すらも、あっという間に激変させられたであろう情報だらけだったが、三人にとってはどうでもいいことだった。
それよりも今は目の前の問題をちゃんと解決したい。
そして、信頼してくれる人達の期待に応えたい。
三人には、そんな気持ちの方がずっと大事だった。
「では行きましょうか。マスター」
「えっ? マリアさんもついてきてくれるの?」
キミはマリアを見上げて言った。それに、マリアは
「もちろんです。こんなところにまたスリープ状態でいるのは、退屈で仕方ありません」
と、人間と同じような理由を言う。
「退屈とか、わかるの?」
「イエス。かなり辛いものです」
その実感のこもった言い方には、思わず三人で笑ってしまった。
「電池切れとかにはならない?」
「問題ありません。永久電池です」
「え、永久? まぁ、よくわからないけど、大丈夫ならいいわ。じゃあこれからよろしくね。マリアさん」
ミニスがそう言って握手すると、マリアはキミともナーウッドとも握手を交わした。
その手の感触は相変わらず慣れなかったけれど、さっきよりも少し温かった。
帰りの廊下には、あの石像は出て来なかった。マリアが制御してくれたからだ。ということは、マリアがいなかったら、またあの石像の群れと戦闘になっていたということか。それだけでもミニスはマリアに手を合わせたくなった。
扉からも出る。
出る際にはキミがウルクに声をかけた。そうしないと扉が開かないからだ。
するとウルクはマリアを見て
「ほぅ。これは珍しい。連合国後期の作のアンドロイドだな。こんなものがあったとは知らなかった」
と言った。
そんなウルクに対し、キミは
「ここのログなのに知らないの? それに、あの石像の制御もできないし、転移についても何も教えてくれなかった。ねぇ、どういうこと?」
と迫る。それにはウルクは笑ってしまった。
「ははは。いや、すまないとは思う。だがなキミよ。私達、ログという存在は、本当に部屋の中のことには触れることができないのだ」
「ふーん、どうして?」
「ふふっ、それはきっと私達が一応、既に役目を終え、死んでしまった人間だからだよ。だから必要以上に干渉してはならない。まぁ、そういうことなのだろう」
ウルクはそう言った。
でも、キミはなんとなく納得できなかった。
だって
「でも、あなたはまだここにいるじゃない」
そう思ったから。
ウルクにとってみれば、それは嬉しい一言だった。なるほど、そう言われてしまえばもう彼は謝るしかない。
「ははは。そうだな。私はまだここにいるのにな。いや、助けられなくてすまん。ははは」
と。
「じゃあ、無事に過ごせよ。キミ、ミニス、それにナーウッドよ。マリアも三人のことをよろしく頼む」
「イエス。システムマスター。善処します」
そう言うと三人はその場を後にした。
帰り道は途中まで同じで広場に出てからは、近道があった。
でも、その前に少し休む。
罠をマリアがサーチしてくれた分、道中は楽だったがやはり疲れは溜まっていた。それを熱いコーヒーとビスケットで癒す。ミニスはマリアにコーヒーを勧めたら、彼女は躊躇なく飲んだので驚いた。少しの水分くらいなら人間と同じように飲めるらしい。でも、さすがに食べ物は無理だと言った。そんな可笑しなマリアに三人は微笑み、また癒された。
地上への近道はナーウッドもマリアも知っていた。
「マリアは文字も難なく読めるし、道も知ってる。これじゃあ、ナーウッドも形無しね」
キミがまた厳しいことを言った。でも、ナーウッドはもうめげないぞと言わんばかりに
「いいさ。俺はマリアさんに文字を教わるんだ。なんたってこれ以上の先生はいないからな」
とニヤッと笑って言った。
「いやぁ、今からワクワクするぜ。へへっ」
「ふーん、よかったわね」
「ねぇ、キミちゃん。ずっとナーウッドにつっかかるけど、まさかまだナーウッドがラシェットさんのことを悪く言ったのを根に持ってるの……?」
そんなふうにバカ話をしながら三人は最後の通路に差し掛かる。
なんというか、三人は達成感と、これからの調査のことで頭がいっぱいだった。
だから、当然といえば当然なのだが、その気配に最初に気づいたのもやはりマリアだった。
「止まってください」
「えっ?」
先頭を歩くマリアが手で道を塞ぎ言う。
その剣幕にキミは驚いた。
でも、ミニスとナーウッドはそこでさすがに意識を切り替えた。そして、ようやく外の(上の)異変に気がつく。危ないところだった。かなりの数だ。
「誰かいるの?」
キミがミニスに寄り添う。
「ええ。かなりの団体さんよ。でも、一体誰かしらね…心当たりがあり過ぎて……ナーウッドはわかる?」
そう言われるとナーウッドも
「さぁな。俺も心当たりがあり過ぎて」
と思う。
「でも、こんな風に遺跡の出入口を固めるやつはあまりいない。なぁ、マリアさん。あんた索敵はできるか?」
「イエス。ナーウッドさん。このような地下では正確さを欠きますが、電波での広範囲索敵は可能です」
マリアはナーウッドの目を見て言った。
「よし。じゃあそれを頼む」
「了解」
そんなやり取りを見ながらキミはナーウッドに近づき、
「まさか、ショットなの?」
と聞く。が、ナーウッドは
「いや、ショットじゃない。たぶん俺の……」
と言葉を濁した。
「索敵結果が出ました」
と、その時マリアが言った。
「ありがとう。で、質問なんだが、遠くの茂み、そこに伏兵らしき影はあるか?」
「イエス。この辺りの動物に紛れてわかり難いですが、相当数の伏兵を確認できます」
「よし。じゃあもう一つ質問だ。この近くの茂みに大型の二人乗り飛行機が停まっているはずなんだが、それはあるか?」
「ノー。車はありますが、飛行機の影は確認できません。少なくとも索敵の範囲には」
「……そうか。わかった」
そう言っていくつかのやり取りをしたナーウッドは、心なしかうんざりした様子になった。
「なにかわかった?」
ミニスも聞く。それにナーウッドは頭を掻き
「ああ。間違いない。俺の知り合いだ。それも性質の悪いな」
と答えた。
「なんなの?アストリア兵とか?」
「いや、同業者だ。でも、今回はアストリア兵を引き連れているんだろう。金で雇われるのが上手いんだ、あいつは……」
ナーウッドはじっと前方を凝視し、考えていた。
だから、キミとミニスはナーウッドに判断を任せようと思う。が、一応
「突破は無理そうなの?」
と、聞いてみる。
「俺一人ならできないこともない。だが、全員でとなると厳しいかもしれないな」
ナーウッドは正直に言った。
「マリアさんよ。あんた、戦闘の方はどうだい?」
「この端末の転移装置があればある程度は。ですが、先程から無線ネットワークの信号が切れかかっています。ですので、不確定です。私は元々戦闘用ではなく、人間の身の回しの世話をするために作られましたので……」
マリアもそう言う。
「なるほどな……」
これでナーウッドの中での方針は決まった。
「ミニスさん」
ナーウッドは振り返って言った。
「ええ。なに?」
ミニスは膝をつき、サブマシンガンの弾倉をチェックしながら応える。
「ここで一旦、別れましょう。皆は元来た道を引き返してください」
ナーウッドは冷静に言った。
「……あなた一人なら、本当に大丈夫だって言えるの?」
「はい。なんとか」
「でも、引き返しても道はないわ。どちらにせよ、捜査が入れば見つかってしまう」
「そうとも限りません。奴らはミニスさんとキミさんがいることを知らない可能性もあります」
そうナーウッドは言った。でも、キミはすぐに
「それはないと思うわ。だって私達の乗ってきた車があるもの。きっと勘付かれてるはずよ」
と言った。
「……では、部屋の相互転移装置を使いますか?」
三人で話合っていると、マリアがまた初めて聞く言葉を持ち出した。
「相互転移装置? なんだそれは?」
ナーウッドは興味ありげに聞く。
「はい、それは同じ役目を持つ遺跡同士を繋ぐ移動装置のことで、部屋に備え付けられているものです。ここでしたら同じ『生命の部屋』同士を繋いでいます」
マリアは例のごとく、簡潔に答えた。
「それは今も使えるのか?」
「イエス。先ほどリンクを確認しましたが、問題ありませんでした」
「で、行く先はどこに?」
「ボートライル大陸のベルド山脈。その中腹です。そこにもう一つの生命に関する遺跡があります」
「……へぇ。よし、じゃあそれを使おう」
ナーウッドはそう判断した。
それはやや早計のように思えたが、なにせ時間がないのだ。選択肢があるなら、迷っている暇はなかった。
「ナーウッドさんは一緒に来ないの?」
キミは言った。その目をナーウッドは見る。しかし、その目の光を見て、ナーウッドはむしろ安心した。
「ああ。俺はちょっと抜けたところがあるからな。ヘマをしかねない。苦手な相手だしな。だから、ここは二手に分かれて、少しでも確率を上げておきたいんだ」
ナーウッドは言った。
「どちらかが調査を継続できるようにね?」
ミニスも聞く。それにナーウッドは微笑む。
「ええ。こんなふうに考えたのは本当に久しぶりです。俺は皆さんにここで会えて良かった。俺は一人で戦ってるんじゃないって知ることができたから……」
「なに言ってるのよ」
そこでキミは呆れたように言った。そんなの当たり前じゃないと。
「それに、これからも一緒に調査するのよ?次の集合場所は『神話の遺跡』。遅れたら許さないんだから」
キミは腰に手を当ててそう宣言した。
それにはミニスも同感だった。
「そうね。ここは仕方ないにしても、また集合しましょ。どんなことがあっても。ね?」
「……キミさん、ミニスさん」
ナーウッドは二人を見て呟いた。そして、マリアを見る。マリアも頷いてくれた。
「へへっ。そうだな……そうこなくっちゃな!」
「ふふっ」
四人の視線には決意が満ち溢れていた。
「端末も手分けしていいのよね?」
「ああ、俺も調べたいことがあるからな」
「了解。じゃあ、気をつけてね」
「ああ、お互いにな」
そう言うとナーウッドは親指を立てた。そして、キミとミニスとマリアの三人は元来た道を、また部屋へと向かった。
意外にあっさりと。
きっとそれは信頼の証だった。
その後ろ姿を見送るナーウッド。
「……じゃあな。頼んだぜ」
そう独り言を言い、ナーウッドは懐からオートマチックを取り出す。それはカジから借りたものだったけれど、もう手に馴染みつつある。そして思う。俺にも仲間ができたんだなと。その冷たい感触にも関わらず、この銃を持つとそう思わずにはいられなかった。
「…さてとっ。いっちょ派手に暴れてやるかっ……」
ナーウッドは目を瞑り、また目を開けるとそう言った。
そして、ずっと行き詰まっていた調査に見出した、新たな光明を目指すかのように、また遺跡の外へと足を踏み出した。